「んじゃ、また後でな」
「うん」
ロビンと別れて、私は部屋に戻ろうと歩き出す。でも何かねっとりとした視線を感じて足を止めた。何だろう。気持ち悪いんだけど、自分の身に危険が及ぶようなものじゃない。
疑問に思って振り返ると、褐色のイケメンがその整った顔を今にも崩しそうにしていた。感動しているのか、それとも何か別の感情を感じているのか、体を震わせている。品の良い貴族みたいな恰好をしているけど、彼は最近来たという海賊だったはずだ。もちろんそんなものに縁はないので本当に何の用か分からない。
訝しんでいると視線に気づいた男の人がこほんと咳払いをし、私に話しかけた。
「その……先ほどの緑の彼とは、恋仲だったりするのかい?」
「そう、ですね」
一瞬返答に詰まった。事実なんだけど、第三者から言わると恥ずかしい。私自身時々この人と手を繋いだりキスしたりしてるんだなと思うと、すべて夢のように感じる。ある意味夢のようなものだけれど。
でもまさかそんなことを確認するために声をかけたんじゃないはずだ。
「貴方は?」
「ああ、これは失敬。私はバーソロミュー・ロバーツ。美しいものを愛する海賊さ」
「えーと、私は湊です。サーヴァントではなくて動ける概念礼装……みたいなものです」
「そうか。よろしく」
褐色イケメン、もといバーソロミューさんは満足そうに頷いてため息をつく。美しいものを愛するとか逆に清々しくなることを言っているので、私自身に用があるわけではないらしい。ならロビンに用があるんだろうか。
「それで、バーソロミューさん、ロビンに用があるんですか?」
「いや、そういうわけではなくてね。――――その、突然なんだが、私は前髪で目を隠している少年少女が好きなんだ」
本当に突然すぎる。イケメンが顔を赤らめて言うことじゃない。しかも少年少女限定。困惑と嫌悪が顔に表れてしまっているだろうに、それを気にせずバーソロミューさんは照れくさそうにかつ喜々と続ける。
「宝石のような瞳を人前に晒さず、親しい者だけがその輝きを確かめられる……そういう秘匿性が好きなんだ」
わかる。
肯定したすぎて真顔で手を繋ぎそうになってしまった。危ない。一呼吸して落ち着かせる。それでも私の挙動を気に留めることなくバーソロミューさんが言葉を重ねる。
「それで、実際にそんなことをできそうな君たちを見て感動したんだ。申し訳ない」
――――そうか。そういえば、そうか。言葉にされて、私は気付いた。
例えば名前のない人と繋がるとき、下から見上げると隠れていた右目が現れる。常に前髪で覆われている右目だけは、動いている彼を注視しないと見えないものだ。確かに隠れている目は近距離でないとなかなか見えない。
それに、ロビンは、名前のない人は深く他人と関わろうとしない。そんな彼の右目を近くで見るのはかなり心の距離が縮んでいないとできないことだ。
「そうだったんですね」
「とても尊いものだ。大事にしたまえ」
バーソロミューさんがにこりと爽やかに笑う。海賊なのにその微笑みには気品が漂っている。同じ男海賊でも黒髭の奴とは大違いだ。背高くて女好きしそうな顔立ちでも海賊なのだから、それはそれで危険なことに変わりはないけど。
これで失礼しようかと思ったら、バーソロミューさんがぼそりと呟いた。
「しかし、彼が少年でなくて残念だ。本当に、残念だ……」
その悲嘆に暮れた声を聞いて、頬が緩んでしまいそうになっていたところを引き締める。ロビンが大人で良かった。本当に良かった。
「じゃあ、私はこれで」
そして私は愛想笑いになっていない愛想笑いでその場を去った。
そういうわけで、私は今隣に座っている青年の目を見ていた。深いグリーンの目は怪訝な色で染まっている。それから口角を上げた。
「何すか?そんなに熱く見つめられると照れますねえ」
うるさいなあ。いつもなら出てくる言葉も今日はしまう。そのまま私は何の断りもなく彼の髪のカーテンを開けた。ふたつの目が軽い驚きに変わる。
「オレの目になんかついてます?」
「ううん。両目見たいなって思っただけ」
「はあ。よく分かりませんが、オレの目なんかでよければいくらでもどうぞ」
同意が得られたので緑の生きた宝石を見る。そこから彼の気持ちを読み取るようなやましさは微塵もなく、美しいものを愛でるように観察していた。しばらく沈黙が漂っていたけど、そのうち彼が呆れた声を出した。
「……オレの目なんか見ても楽しくないでしょ」
「いくらでもいいって言ったのはそっちじゃん」
「言いましたけども。インスタントならとっくにできてる時間より長いとか思わないっしょ。ちょっと見つめただけですーぐ顔真っ赤にするお嬢が」
確かにそうだ。いつものように恋を込めて見つめているわけじゃないから、不思議と胸がかゆくなったりしない。いつもやられている仕返しになっているらしい。そういうわけではなかったけど、それはそれで。
何だか嬉しくなって頬を緩ませていると、目の前の彼はいつもの調子を取り戻していたずらに笑う。
「そんなオレの目好きなんですか?」
「うん」
彼の目が大きく開いた。素直に頷くとは思っていなかったらしい。自分でもすんなり言えていることに驚いている。普段は恥ずかしさが勝ってなかなか言えなくて、後で反省してでも反省するだけになってしまっているのに。バーソロミューさんのおかげだろうか。
私は名前のない人の目が好きだ。明るく見えるけど誰にも気を許さないように張り詰めた緑の瞳。でもたまに、仕方ないって呆れてるけどとても穏やかな光が灯ったり、甘く熱くなったりして、どきどきしてしまう。そんな目を近くで見つめるのが好きだ。この目は、私だけを映してくれている。私という根暗で嫌な女は優越感と独占欲、そして輝くほどの多幸感で満たされていく。
「大好きだよ」
そう言うと、名前のない人の目は、馬鹿だなこいつって思ってながら、それでもにじむような優しいものに変わった。
バーソロミューのセリフがあまりにも「わかる…………」すぎたので、キーボードを叩きました。
緑茶は同じメカクレ属のマシュ、小太郎君、フラン、アナスタシア、以蔵さん(ぱっと思いついたのがこの五人だったのですが他にもいたらすみません)の中だと一番「表面的な付き合いはすぐできても本音で言えるような関係になるには難しい」と思っていて。話しやすくなるのは早いのに、深くまで入り込むには他より時間がかかるといいますか……。
緑茶は他人と距離を置きたいから、感情を隠したいから「目を隠している」のだと思います。
だから本当に近くで緑茶が目を見せてくれるってすごいことなんだろうと。好きです。
追記・二部五章配信前に書いたものなので、もしかしたら緑茶に対して何か言ったりするかもしれないです。