※FGOの終局クリア後をお勧めします。ネタバレはありませんが雰囲気的に……。
世界は救われた。
たった一言にすればひどくあっけない。でもとても短い日々だった。それこそ夢のように。実際、夢なのだけれど。湊は帰還したカルデアで一人呆けていた。あの緑の青年とお別れなのだと、朧な存在の身に感じていた。
人理焼却を防ぐという名目がない以上、英霊たちはここにいる理由がない。先ほどから探しているが、彼の姿が見えない。そもそも周りにいるマスターやマシュ、ダヴィンチ、カルデアスタッフ、人型化している概念礼装以外に誰もいない。もしかして彼は英霊の座に還ってしまったのか。
概念礼装として存在する湊はそうやってすぐ消えることができない。人型でなくなり思考を停止するのもいいし、マスターに頼んで消えるのもいい。そんなことを考える。
喜びに沸き立つ周囲の声がやけに遠い。湊は体の温度が急激に下がっていくのを感じた。寒い。生前、よく感じた寒気。それは寂しい気持ちから来るものだと、湊はそのときようやく自覚した。
今までずっと寒かった。良くしてくれた人がたくさんいたけれど、同時に見知らぬ他人は冷たかった。どれだけ頑張っても心は傷だらけで、寒くて寒くてたまらなかった。でも月の裏側、最期の最後で湊ははじめて温かさを感じた。カルデアに来てからも。エリザベートと一緒に恋バナをして、ジャンヌオルタと言い争って、ネロと料理を作って、玉藻と相談し合って、エミヤと料理対決をして、彼とデートをして、……。あたたかな日々だった。どうしようもなく幸せだった。
マスターの顔いっぱいに広がる笑みも、マシュの柔らかで幸福を体現した笑みも、普段なら世界の危機だけれど平和だと矛盾した気持ちで見ていられるのに。今はただテレビの中で主人公とヒロインが笑い合っている、そんなシーンを見ている気分だった。湊はそれを直視することができずにその場を去った。誰も気付く者はいない。
何もなく、人工的な光に照らされ無機質な廊下。まるで湊の心そのもののようだった。歩いていても何もいない。彼はもちろん、顔の見知った英霊も、ろくに言葉を交わしたことのない英霊も、いない。どんどん目も心も虚ろになっていく。世界は、人類は、救われたのに。湊のセカイは世界が救われたと同時に滅んでしまった。
自然と足は彼が使っていた部屋に向かっていた。そこに行っても彼のぬくもりですらもうないことなど知っている。けれど、使っていた気配くらいは感じ取ることができる。我ながら本当に気持ち悪い、未練がましい女だと自嘲する。十分思い出を味わったら。そうしたら消えよう。そうして黒瀬湊は三度目の死を迎えるのだ。ありえないはずだった夢から目覚めなければ。
ドアを開ける。――――いないと思っていたベッドに、探していた人が座っていた。湊は土気色にまでなっていた顔を上げて目を見開いた。
「……ロビン」
涙が声になってこぼれ落ちる。それに彼は神殿に入る前と変わらぬ表情を見せた。意地悪で、けれど優しさが垣間見える顔。湊が好きな、胸がぎゅっと掴まれて切なくなる顔。
「まだ、いたの」
気を抜くといろんなものが落ちてしまいそうだった。視界がぼやけていく。
「行ったら泣いちまうお嬢さんがいるんでね」
そんな湊と違い、彼はからかいながらも落ち着いた声音で言う。見えないけれど、きっとマスターにすら見せたことがない、湊しか知らない、穏やかな顔をしているのだろうと思った。
湊はおぼつかない足取りで彼に近づいた。足が重い。生まれたての小鹿のようだ。自分の足であるはずなのに、上手く動かせない。彼は笑わずに腰かけたままだ。そして、湊は彼の細身のようでいてしっかりとした体に抱きついた。夢を見始めてからずっと感じたぬくもり。先ほどまでの寒気はもうない。
「……泣いちゃうから……離れずに、そばにいて。私の、名前のないひと」
クラス名であるアーチャーでもなく。英雄の名前であるロビンフッドでもない。この緑の青年の名を、湊は知らない。だからこそ名前のないひと、と。愛を込めて口にする。
名前のない青年が笑ったような気がした。からかいではない。仕方ないと呆れたような、当たり前だと頷くような。
「……オレの大事なお嬢さんの、仰せのままに」
そうして彼からあたたかなくちづけが注がれる。湊もそっとお返しした。
――――ああ、そうだ。私、この人のこと、愛してるんだ。
幸せを、愛を分け与え合いながら、湊は今更そう思った。
世界は救われた。
でも、まだもう少し。もう少しだけ、彼女は彼と一緒に夢を見たい。世界を救う手伝いをしたのだから、これくらいは許されたっていいはずだ。
ありがとうFGO。
残る英霊、還る英霊、いろいろいますが、彼は残ってと言ったら残ってくれるタイプではないかな、と思います。