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その恋は祈りに似ていた

サーヴァントは結婚などできない。当然のことだし、そもそも結婚という単語が出てこないサーヴァントもいるだろう。ロビンフッドもその一人だ。生前だってそんな願いはなかった。

「―――あのね、私、夢があるの」

月の裏側、涙を流して言う少女と出会うまでは。


今日はロビンフッドも湊も課せられた仕事がない。貴重な休みだ、どこか二人で出かけましょうや。湊を誘えば、彼女は頬を軽く朱に染めて頷いた。

「静かだね」

ロマニに頼んでフランスに飛んだ。少し街の喧騒に触れた後、森へ赴く。鳥の鳴き声が耳に心地いい。あたたかな陽の光が当たって落ち着く。二人は木の切り株に座った。

エリザベートが諦めず歌のレッスンをしている、赤マントがうっとうしい、今日も見たことのない英霊がいた、マスターはいろんな英霊に好かれて大変そうだ。そんな他愛もない会話を二人で静かに、けれど穏やかで幸せな時間を過ごしているときだった。

「あのさあ」
「なんですかい」
「ロビンって、夢とかある?」

突然、湊は物憂げに目を伏せてロビンフッドに尋ねた。
名前のない青年が、ある意味夢と言えるであろうものは、以前老兵のマスターに叶えてもらった。今は、

「ねぇな」

隣の少女と少しでも共に居られること。そんなことを口にしたら、彼女は笑うのだろうか。彼には分からない。

「私はあるよ。あった、のがいいのかな」

ロビンフッドは彼女の夢を知っている。月の裏側で、涙を流しながら言っていたから。

「ある、でいいじゃないですか」

――――好きな人と結婚して幸せになりたいの。人間として何も間違っていない夢だ。ロビンフッドが彼女の夢を笑う権利はない。笑えるはずがない湊は頬杖をつき、遠い目をしながら呟く。

「だって叶わないじゃん」

湊が好きな人はロビンフッド、名もない青年。彼はサーヴァント。今の湊は概念礼装という存在。結婚なんて言葉は似合わず、別れがつきまとう。森の狩人は沈み始めた彼女を見つめながら言った。

「じゃあ、やるか」
「え?」
「結婚式ごっこでもよ」

目を丸くしている湊へ笑いかける。

「何それ」
「結婚式なんて大それたことできるわけねえし。できねえから、ごっこで我慢してくれ」

持ってるものは何もない青年が少女の夢を叶えてやるには、これが限度だ。ロビンフッドは手を広げて唇をほころばせると、湊は目を揺らしながら、

「いいの」

とだけ言った。何がと問わなくても、彼には分かる。

「ダメならここまで一緒に居ませんよ」

ロビンフッドはもう一度風が吹くように笑って頭を撫でた。彼より小さな手を取る。そしてそのまま手の甲へ口づけた。

「臆病者で、卑怯者で、何も持っちゃいないが……それでもよければ、結婚してください」

目の前の彼女は目を潤ませていた。喜びを頬に浮かべ、両手で彼の手を包む。

「はい」

落ちた雫は光に当てられ輝いた。



しばらく待っていてください。そう言って湊を待たせて数十分、彼はようやく彼女の元へ戻った。

「いいとこ見つけたんで、行きましょうか」

手を握って目的地へ向かう。不思議そうな、恥ずかしいような、嬉しいような、そんな顔をしながら湊はロビンフッドの手を強く握り返した。

「綺麗……」

着いた先は色鮮やかな花畑。たびたびフランスに来ては森へ赴いていたが、彼女は深いところまで入っていなかったせいか、こんな場所は見たことがなかった。

「いいだろ。前見つけたんだぜ」
「うん!素敵!」

湊は彼の手を離しくるくる回り始めた。自分へ曇りなく笑いかける湊を、ロビンフッドは可愛らしいと思う。彼女の後を追い、再び手を掴んだ。

「んじゃ、やりますか」
「……やるって言っても、何するの?」
「誓いと、指輪と、キスとか、んなもんでいいだろ。客なんていねえし」
「適当すぎじゃない?」
「ごっこだからな」

そっか。そう呟く湊を彼は見つめた。森の狩人は司祭が連ねる聖書の言葉なんて知らないが、ここだけならはっきりと分かる。

「汝、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい」

彼女は穏やかな目で見つめ返してくる。そして同じように繰り返す。

「汝、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「もちろん」

答えてから、湊は目を瞑った。少し赤らんだ顔が愛しい。青年はその頬に手を添えて、震える唇にそれを押し当てた。

幸せだ。このまま時が止まればいいのに。そんな馬鹿げたことを思う。生前もこれからも、一人の女に執着することなどないと考えていたのに。今では必死にこの少女を守りたいと、共に居るときだけは幸せにしたい。誰にも覚えられなかった青年は、そう感じていた。

一瞬のような永遠のような時間は、どちらかともなく唇が離れて終わった。
ロビンフッドは懐からあるものを取り出して、湊の手首につけた。

「指輪じゃねえけど。ほらよ、湊」
「……ブレスレット?」
「そ。こっちのがいいかと思いましてね」

暗めの緑と深い藍のブレスレット。こんなものどこで買ったのだろうと言わんばかりに、顔をしかめていた。フランスか、ローマで買ったのか、オケアノスかロンドンで探したのか、などと首を傾げている。
答えを言わずに彼は感想を求めた。

「どうですか。お気に召しました?」
「……うん。素敵」

私たちを連想させる色みたいだね。湊はそう言って目を細めた。

「大事にする。お母さんの指輪と同じくらい。……あ、じゃあ、私はお母さんの指輪あげる」
「は?それ、お嬢の大事なものだろうが」
「いいの。大事なものだから、大事な人にあげるの」

湊は無理矢理彼の手にネックレスにしてつけていた指輪を押し付けた。微笑む彼女を見てはいらないなどと言えなかった。

「……大事にする」
「うん」

名もない青年は、もう一度彼女にキスをした。唇を離したとき、照れて伏し目がちになった。次の瞬間、満足そうに笑う少女が愛しくてたまらなかった。



サーヴァントは結婚なんてできない。当然のことだし、そもそも結婚という単語が出てこないサーヴァントもいるだろう。ロビンフッドもその一人だ。生前だってそんな願いはなかった。

「―――私、覚えてなくても、きっと覚えてるから」

とあるフランスの森の奥、とろけそうなほど甘く穏やかな笑顔を浮かべた少女と誓うまでは。



緑茶と結婚式ごっこ。ずっと書きたかったので。