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勝負を挑むのはおあずけ

「湊。暇ならこの後アシスタントしてちょうだい」
「あー、ごめん、今日は買いたいものあるから……終わった後でいいならジャネットの部屋行くよ」
「じゃあそれでいいわ。来るって言ってるんだから来なさいよね。原稿やばいんだから」

ギリギリに計画立ててるからでしょ。そう口にしそうになるのを抑え、湊は相槌を打つ。

今日は買わねばならぬものがあるのだ。今日でなくても構わないが、おそらく今日を逃したら次買おうとする勇気がないものを。

目的の店は街の少し離れた通りにあった。扱っている品が品なので、行きやすいようにしたのかもしれない。実際湊も少し周りを確認するだけで済んだ。知り合いはいないことを確かめ、その店に足を踏み入れた。

「いらっしゃいませ〜」

にこりと品のいい女性が湊に笑いかける。全体的に色素が薄く、そのせいで赤い目が余計に際立っていた。どこかで見たことがあった気もするが、今それを考えるべきではない。

「どんな下着をお探しかしら?」

ここはランジェリーショップである。通販で済ます手もあるが、身につけるものは試着した方がいい。だが、湊はただの下着を買いに来たのではない。それならこんなに喉が渇くことも目が泳ぐことも顔が熱くなることもないだろう。

「あの、自分で探すので。大丈夫です」
「あら!」

何を頭によぎったのか、可憐な店員は赤い目をきらきらさせた。

「ごめんなさい。そうよね、自分で選びたいわよね。何かあったら気軽に話しかけてちょうだい」
「ありがとう、ございます」

こんな可愛くて美人な、光属性の人に話しかけられるのだろうか。善意の塊みたいな笑顔に圧倒されつつ、湊は店内を回る。ランジェリーショップはこんなに広いものなのか。しかも本当にいろんな下着がある。経験のない湊は驚き、何故か照れてしまう。湊の他に客はいないようだ。それはそれで少し恥ずかしいが。

奥に行くとある下着が目に入った。透けた素材のもの、明らかに布面積が少ないもの、隠すべきところに布がないもの……。

そう、今日湊が買いに来たのは、勝負下着なのだ。

夏にロビンと繋がって以降、何度か行為をした。普段使いしている可愛らしい下着で。今でもそれでいいと思う。もっとしたいわけではなく。勝負下着で誘惑なんて湊にできるならほとんどの女子ができるはずだから。
ただ、そういう下着を身につけたら、彼はどんな反応をくれるだろうか。喜ぶのか、照れるのか、呆れるのか、心配するのか。それが知りたいだけだから。こんなことだけど、もし、彼が目を細めて唇をほころばせてくれるのなら。恥ずかしくってもやるべきなのだ。

さて、どういったものにするべきか。バイトを始めて初給料が先日手に入ったとはいえあまり高いものに手は出せない。それなりの値段は覚悟している。軽くある下着の値札を見た。

「たっか……」

途端、湊の眉根が一気に歪む。予想の範囲内ではあったが高い。
これでそこそこ安いものなら三着買えるぞ。ていうかゲームなら二本買えるし漫画なら下手したら全巻揃えられるぞ。なんで布面積少ないくせにこっちのが高いんだよ。そんな文句をつらつらと心の中で並べる。

あまり考え込んでいてもジャンヌオルタから「遅い!」と怒鳴られてしまう。どんなものか決めてサイズを合わせて買わねば。湊は唾を飲んで下着を選び始めた。



「うーん」

何とか選んで買った後一旦部屋に帰り、ジャンヌオルタの原稿の手伝いをしてその日は終了した。ちなみに部屋に戻る頃、ジャンヌオルタは死んでいた。朝はギリギリ教室に来たので何とか生き返ったらしい。
そして今は学校も閻魔亭のバイトも終え、部屋で例のものを着ている。
メッシュ生地の透けたギャザー、ウエストにリボン、そして胸の半分にも透けたレースがあしらわれた白いベビードール。
生活感ある部屋の中だと違和感がさらに増していた。モデルが違うのだから当たり前だが、雰囲気がネットとはまるで違う。子供らしさはないものの、色気が足りない。きっとジャンヌオルタが着たら映えるし、エリザが着たら体とのアンバランスさが逆に良く見えるのだろう。

「うーん」

湊はもう一度唸る。
ベビードールそのものは可愛い。大胆なデザインだが白のおかげで清純に見える。その着ている本人が清純とはほど遠いのだが。

「やめよう。うん」

行為に及び始めてまだ片手で収まるくらいなのにベビードールとか、ロビンに「うわ、やる気満々じゃねーか、マジ引くわ」とも思われかねない。自分が男なら引く。何故もっと早くに気付かなかったのか。
時間が経ってから使えばいい。お金を無駄に使ってしまったが、未来への投資ということにしておこう。湊は戦いに負けたような顔つきでベビードールを脱ぐ。そしてそのままベッドに置いた。

「お嬢、いるか?」

部屋着になったところで、ロビンの声がドア越しに聞こえた。いつもなら部屋に来るときは携帯機器からメッセージを送るのに。軽く疑問に思いながらドアを開ける。そこにいたロビンは何やら切羽詰まった表情だった。

「どうしたの?」
「少し匿ってくれ。頼む」

誰にも聞こえぬよう小声で、しかも廊下をやたらと確認している。誰かに追われているのか。そんな候補は何人か思い浮かぶ。このまま事情を聞くわけにもいかないので、素直に中に招き入れる。

「よく分かんないけど、いいよ」
「助かる」

ドアを閉めた瞬間、ばたばた何人かが廊下を駆け抜けていく音が響いた。「あれ酔ってるのかねえ!?」「誰だあいつら誘った奴!」などといった悲鳴が聞こえては遠ざかる。何かあったのだろうが、絶対に近寄りたくない。

「誰か酔って暴れてるの?」
「あー、オレら酒盛りしながらトランプやら花札やらで賭け事してたんですわ。以蔵が負けてキレたところを書文の旦那が止めようとして、んでいろい周りが手合わせだの言って受けたり逃げてたりしてたとこで」
「それは……大変だったね」

戦闘狂といえる武人は型月学園にはたくさんいる。戦うこともあるだろう。ビームが出たり光弾が放たれることはないが、近くにいたら危険なことに変わりがない。しかもそんな人たちは酒が好きだから余計だ。

「でもロビンって大人数で飲んでるイメージなかったな」
「少なかったり多かったりまちまちっすね。宴会の空気は好きなんで、どっちでも参加しますけど」

酒が飲めない湊がふぅんと相槌を打つ。おそらくこれから飲むこともないだろうから、飲み会の想像がつかない。盛り上がっている空気に身を置いていると心が浮き立つのは分かる。ジナコや刑部姫、巴御前などといった人物とでゲームをすると楽しい。……基本的に湊はゲームが上手くなく、絆崩壊ゲームをすることもあるため、何人か女が出さないような声や暴言が飛び出ていることも多々あるが。

よっぽど疲労が大きかったのか、ロビンは大きくため息をつく。それから目線をベッドへと向けた。

「そういや、お嬢にしちゃ随分と派手な下着持ってますねえ」

派手な。下着。何のことだろう、と首を軽く傾げたところで、湊は大きく目を見開いた。そのまま華麗にベッドへダイブし、例のものを抱えて体を丸める。

「み、見ないでよ!バカ!」

そうだった。ベビードールをベッドに放置していたのだった。ロビンが来た途端、そんなこと一瞬で頭から抜け去ってしまっていた。死なないけど死にたい。そんな相反した気持ちが湊を支配する。

「いや、見るなっつーのが無理でしょ。そんな堂々と置かれてんだから」
「そうだけど!っていうか、派手じゃないし!多分!」
「ほお。あんま見てなかったんで、もっかい見せてくださいよ、っうわ!」

にやにやするロビンに枕を投げつける。ロビンが避けたせいで枕を当てられたクローゼットが大きな音を立てた。

「まだ見せないから!」
「まだってことはいつか見せてくれるわけだ」

ロビンは人の揚げ足を取るのが上手い。湊が失言しやすいとも言える。まさに目的はそのためだったので、湊は俯いて押し黙った。
ロビンも何も言わず、湊の言葉を待っている。いたずらに笑っているのか、優しい目つきなのか。シーツと見つめ合っている湊には分からない。

少しの沈黙が通り過ぎた後、少女の唇から小さな声がこぼれた。

「……ひ、引いてない?」
「は?」
「いや、その……突然こんなの買って……引いてないかなって」
「オレ的にはかなりイイですけど」
「ほんと?気、遣ってない?」
「そりゃ、何の気もない女からそういう下着で迫られると引くけどな」

ですよね。さすがに青年にとって自分が何の気もない存在でないことは理解しているが、引くという単語に引っ張られてしまう。湊はタオルケットを握った。そこで青年が動く気配がして、ぽん、とこわばった体をほぐすように湊の肩を叩く。

「まだまだ初心なお嬢がそんなん着てくれるなら、オレとしちゃもちろん最高にテンション上がりますねえ」

そして、ひどく艶めかしく、同時に不安を絹で包み込むような優しくもある声音で、少女へ囁いた。
青年の声がじんわり胸に沁みていく。頬だけでなく心もあたたかくなって、湊はさらにぎゅっと抱いているベビードールを守った。

「……そ、そう」
「んで、今着て見せてくれるんすか?」
「まだ」
「まだかよ」

呆れているが大して落胆もない声。きっと次に何が出てくるのか何となく分かっているのだろう。そういう人だ。その予想に反する答えは出せない。ようやく桃色の唇がゆっくりと開いた。

「……その、今度、着てくる、から……」

照れが入って少し掠れた声に青年が微笑む。大きな男の手が肩から離れ、そのまま青年は少女から距離を置く。

「りょーかい。んじゃあ楽しみにしときますわ」
「……あんま期待しないで」
「はいはい。それじゃ、オレはこれで失礼しますよ」

湊はロビンに視線をやった。すでに喧騒は遠ざかり、廊下は静寂に包まれている。自分の部屋に帰るようだ。宴会の参加者たちがいなくてもこの型月学園にはトラブルを持ち込む人物があまりにも多すぎる。素直に身を案じ、湊は顔だけロビンへ向けた。

「気を付けてね」
「おう。匿ってくれてありがとな」

柔らかく口元を緩め、ロビンが扉を閉めた。

残された湊はベッドに身を委ね、隠していたベビードールを掲げる。白くて、可愛らしくて、透けていて、少しいやらしいもの。

――――テンション上がりますねえ。

そう言った青年の言葉が脳裏に繰り返される。湊の顔はとろけていく。とろけたまましばらく元に戻りそうになかった。



初めて勝負下着を買う話。本当は本番まで行きたかったんですが、区切り良いかと思い次に持ち越しです。次は勝負下着着てする話です。
ちらっと出てきたのはアイリ、ヘクトール、五次槍兄貴です。アイリがランジェリーショップの店員やっているのは完全に捏造です。社会勉強的な感じで…(?)