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胸に巣食うカカオ86%

そういえば全然部活行ってないや。
荷物をカバンに入れながら、湊はふと思った。

全く参加していないが、部長である玉藻には何も言われていない。活動日に「今日こういうことをします」といった連絡はくるものの、出席を強制しない文面である。今までトラブルに巻き込まれたり興味がなかったりで行かなかったが、このままだと幽霊部員扱いになるし、玉藻にも悪い気がする。
今日は確か「花嫁修業」ということで料理や着付け、華道を教えるとのことだった。それに六月ということで、ウェディングドレスを着て撮影もするらしい。
断じて湊がウェディングドレスを着たいというわけではない。華道や着付けの方に興味があるだけだ。心の中で勝手に言い訳をして自分を納得させる。そして、活動場所はどこだろうかとメールを確認した。


掃除当番のせいで開始時間を大幅に過ぎていた。広すぎてゴミ捨て場が分からなかったせいだ。湊は早歩きで活動場所に向かう。

しかし、ここまで来て、少し不安が湊の胸に宿る。良妻賢部は部員以外でも気軽に活動へ参加できるため、知り合いがいることも十分にありえるのだ。
いや、湊が良妻賢部なんて部活に所属していること、ロビンにバレなければ、あと口の軽い連中にバレなければいいだけだ。玉藻はそのあたりちゃんとしているし、大丈夫だろう。明るく考え直し、湊は一人不審に頷く。

そうして湊が活動場所を探しているうちに、会話に花を咲かせる女子の声が耳に入った。それには玉藻の声も混じっている。

「あら、湊さん。来てくださったんですね。いくつか終わってしまいましたけど、どうぞどうぞ」

「ありがとう」

席に座ろうとすると、意外な人物たちがいて目を開く。

「……生徒会の人、なんでいるの?」
「セイバーが生徒の模範になるような風紀委員として、女性らしく振る舞いたいってことで来たわけよ。気にしないでちょうだい」

青子の言葉を受け入れ、湊は輪に加わった。

それにしても。生徒会のメンバーを一瞥する。
黒髪姉御蒼崎青子、金髪碧眼女騎士王セイバー(アルトリア)、ツンデレツインテール遠坂凛、金髪天然吸血鬼アルクェイド、純和風アンニュイ両儀式。ここに眼鏡健気後輩マシュはいないらしい。

――――生徒会メンバー属性盛りすぎワロタ。つーか美女の中に一人いるの拷問すぎるんですけど?

「さて、湊さんが来たところでお次です。華道などの習い事でおしとやかな面を見せるのも効果的ですね。お華に詳しい先生をご用意してございます」

湊が一人遠い目をしていると、玉藻がごそごそ準備し始めた。「用意してきた」からしてかなり無理矢理連れてきたらしく、呻き声が聞こえてくる。
可哀想に。誰だろう。花に詳しいっていっても華道ではないし、ロビンじゃないだろう。冷めた目をしていたら、

「よっと。緑茶先生で〜す」
「もごもご、〜〜〜〜っ」
「は!?」

ロビンだった。しかも口にはボールギャグを入れられ、だらしなく唾液が垂れ流しになっている。だが全く性的には見えず、むしろ哀れみを誘っていた。
ロビンはないと高をくくって呑気にしていたらこれである。湊は逃げ出そうと椅子を退いたが、もう遅い。

「全く、狩人が狐に捕獲されるなんて洒落にもなんねぇ……。ん?お嬢、なんでこんなとこいんすか?」
「……単に着付けとか教えるんでどうですかって誘われて来ただけだけど」

別に間違ったことは言ってない。にやにや笑う玉藻が鬱陶しいが、湊は無視した。

「そうっすか。……ん?良い花いっぱいあるじゃない。スズランにシャクナゲにジギタリスに……」
「流石森の人、とてもお詳しいんですね」
「――――しかし、キョウチクトウにトリカブト辺りは欲しいところよな」

突然美女が現れた。
冷然としつつも高貴な振る舞い、美しい髪、尖ったエルフ耳、優雅で傲慢な色が浮かぶ瞳。人間離れした(実際人間ではない)美しさを持つ女性はたくさんいるが、この美女は一線を画しているように思えた。

「お姉さん分かってるね〜」

唐突に第三者が会話に入ってきたにも関わらず、ロビンは平然と同意する。

「良い毒が作れるんだよな〜」「良い毒が作れるからのぅ……」

そしてロビンと美女が怪しげに、まさに毒のように笑い合う。その様に周囲は口元を引きつらせていた。――――湊を除いて。

名前を呼んでいないのだから、おそらく知り合いではない。二人とも毒に詳しい者同士意気投合しただけだ。分かっているのに、胸がちくちくと何かに刺されてひどく痛い。痛みを抑えるように、湊は胸を軽く押さえた。

「邪魔したな」

名も知らぬ美女は湊を横目で見た後、それだけ言い残して去った。
何かしたかな。睨んではないはず、だけど。湊は軽く首を傾げる。

「で、オレも帰っていいか?オレのは華道とかそういう雅なもんじゃないんで」
「仕方ないですねえ。次に行くのでとっとと帰っていいですよ」
「本当とんでもねえ女だな、おい」

玉藻の言葉にロビンが思い切り顔をしかめた。それもすぐに元の顔つきに戻り、湊へ視線を向ける。

「お嬢、オレ終わるまで待ってるんで、連絡ください」
「え?いいよ、帰ってて」
「いっすよ、別に。んじゃ、また後で」

ひらひら手を振ってロビンは教室を出ていく。その後ろ姿を見送っていると、何やら背中がむずむずしてきた。湊は怒りを滲ませた表情で振り返る。

「彼、貴方の彼氏?」
「そういえば登下校一緒なのよく見るわね」
「仲睦まじいのですね。良いことです」
「いいなー、私も明日志貴と一緒に帰ろ〜っと!」

蒼子と凛はにまにま口元を緩ませ、セイバーは温かな眼差しを送り、アルクェイドは無垢に笑っている。名前のない青年との関係をいじられたり見守られたりするのは初めてではない。だが、何度やられても胸がくすぐったくなって、隅っこで俯いて身を縮めたくなるのだった。微笑ましそうにする生徒会の面々の中、式だけはどうでもよさそうに腕を組んでいる。式の態度だけが湊の救いだった。
湊は玉藻に次を促す。

「部長!次行こう次!」
「そうですね、では……」


あの後は散々だった。言峰教会を利用しようとしたら生徒会が頑なに止め、性行為の口座に入ろうとしてセイバーが怒り、果てにはいつの間にかネロが乱入して収拾がつかなくなり、部活動は中止を余儀なくされた。
教室を出た湊はロビンへメールを送る。すぐに校門で先に待っていると返信が来た。

せっかく来たのにほとんど後半みたいだったし、そもそも全然やらなかったから身にならなかったな。湊は肩を落とす。だが、内容が気になればまた参加する意思はまだ残っていた。前の湊なら良妻賢部なんて怪しい部活、入りもしなかっただろう。それが良いか悪いかは分からないけれど。きっと名前の無い青年のおかげだ。

感謝しながらも、先ほどの美女が頭をよぎった。毒に詳しい女性というとかなり限定的だ。少し調べれば名前が分かるはずだが、湊は美女の正体などどうでもよかった。苛立ちと悲しみが混ざり、湊の心を蝕む。

――――こういうところは全然成長してない。

湊はため息をついた。校門に向かうと、待ち人は宙を見つめて佇んでいた。

「ごめん、お待たせ」
「気にしないでくださいよ。で、なんか収穫ありました?」
「全然。ネロが入ってきてごたごたして終わったし」
「……そりゃあお疲れさん。んじゃあとっとと帰りますか」

湊はロビンの言葉に首だけ縦に振った。

二人で歩き出しても湊の心は上の空だった。受け答えはしているものの、ロビンと目を合わせられない。我ながら子供だ。そんな自分に嫌気が差してもう何千回とも分からない。またため息をつこうと息を吸い込む。

「おい、聞いてんのか?」
「え?あ、ごめん。なんて言った?」
「……今度は何考えてんだよ。あの怖そうな女帝様のことか?」

的確な答えを出され、湊の動きが一瞬止まる。ポーカーフェイスなんてスキルはない湊など、観察眼が優れたロビンにとってあまりにも分かりやすすぎるらしい。隠しても無駄なので素直に白状する。

「まあ」
「お、今日はやけに素直だな」
「意地張ったら余計子供っぽいもん」
「子供っぽいっつー自覚はあったわけだ」
「なかったらこんなめんどくさくなってない。たぶん」
「そんなもんかね。……つーか、お嬢のそういう可愛い嫉妬は初めて見たわ、オレ」
可愛い嫉妬って何?怒りよりも疑問が先走る。湊は首を傾げて尋ねた。
「何?どういうこと?」
「いやあ、お嬢ってオレが誰か他の女といて嫉妬するとかなかったでしょ。失礼というかオレの自惚れもあるが、意外だなあと」

今までロビンと絡んだことのある女性といえば、BBにネロに玉藻、白野、エリザ、パッションリップだ。あくまで湊が知っている範囲なので、メルトリリスと話したことがあったり、全く知らない女性と話したことがあったりしたかもしれない。とにかく見知った顔ばかりで、しかも白野(男女含む)にしか熱い好意を向けていないから、心に暗い気持ちが湧いてきたことはなかった。それに彼女らといるときは大抵厄介事に遭遇するときなので、嫉妬とか独占欲が生まれる余裕もない。

「……知ってる顔ばっかりだったから、そういうこと考えたことなかった」
「なるほど。今回は知らない女だったから嫌だったわけだ」
「それもあるけど……」
「あるけど?」

そこで唇を結んだ。目をあちこちに泳がせる。ちらりと隣の青年を見れば、いたずらっぽくも優しい眼差しで湊の返答を待っている。湊は前を向き直し、口を開いた。

「ああいう悪い顔、初めて見たなって」

湊が見てきた名前の無い青年といえば、いつもの食えない笑みやからかいの表情、怒りで満ちた顔、まっすぐな目、切なさがにじんだ瞳、そして穏やかな微笑み。あんなあくどい顔は初めてだった。これからも普通に過ごしていれば湊に見せなかっただろう。それを見知らぬ女性に引き出されて、何だか悔しかった。

「あー、お嬢と悪だくみとかしねえし、こんなとこで戦いなんざねえし、ないだろうな」

青年はやはり楽しそうに、嬉しそうに口元を緩めている。湊が手を繋ごうとしたり、キスをねだったりするようなときにいつもする顔だ。

「……何、その顔」
「なーんも?お嬢は可愛いなあって思ってただけですよ」
「バカ」

なんでこうほいほい可愛いなんて言えるのか。さすが色男は違う。その言葉を素直に受け入れたくても胸がざわついて落ち着かない。何度音にされても頬が熱くなってしまう。湊がそっぽを向いても青年は笑みを崩さないでいるから、なおさらまっすぐ見れる気がしなかった。

「じゃあまた明日」

小川寮に入ったらすぐではなく、わざわざロビンは湊の部屋の前で別れてくれる。結構な頻度で部屋が壊れるような音が聞こえることはあるが、寮内は特に危険があるわけでもないのに。
ロビンが背を向ける。このまま部屋に帰るらしい。少しずつ距離が開いていく。

――――青年は可愛いなんて言って終わらせてくれたけれど、やはり言わなければいけないことはあるはずだ。湊は追いかけて、青年の学ランの袖を引っ張った。

「……名前の無いひと」
「何です?」

俯いた顔をきちんと上げ、綺麗な緑の目と目を合わせた。

「いつも、ありがとう」

くだらない嫉妬をしても、素直に受け止められなくても、一緒にいてくれて、優しくしてくれて。好きだと口にしてくれたときから湊は青年に感謝している。こんな一言で終わるようなものではないけど、十分の一でも伝わればいいと思った。
袖を握る力が強くなり、青年を見つめる夜の瞳にひたむきな思いが宿る。

「どういたしまして」

そんな湊に名前の無い青年が微笑む。尋ねるでもなく、驚くでもなく。
その微笑みを見るたびに、湊の心はときめきや喜びといったきらきらした気持ちでいっぱいになる。きっとこの顔は、湊しか知らないのだ。縁の深い人も見知らぬ人も知らない優しくて柔らかな微笑み。なら、まあいいや。胸の内の暗い感情が薄れていく。

袖を握っていた手を離す。それから、また明日ね、と湊は笑い返した。



六月の良妻賢部の話でした。日をまたぎまくって書いていてどう落とそうか悩んでダメになりましたね。ひたすらに緑茶が優しい話だなあと書いていて思います。一応元ネタは会話文の方にありまして、きちんと書きたいとは思っていたので形にはなってよかったです。
カカオ86%は結構苦いですけど甘味はまだあって、今回の嫉妬はそんな感じかなと思いました。