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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -

まぼろしを誘い込んだ手の平

好きな人と手を繋ぎたい。
湊とて十代の少女、そんな願望を持つのは当たり前である。しかも相手はもう二度と会えないと思っていた人。

たとえ、ここが「年齢とか世界観とかいろいろ無視して皆学校に入れちゃえ☆」という、よくある二次創作学園パロディものばりの世界であっても。

また会えたことが嬉しくて嬉しくて、これは夢ではないと信じたくて、彼に触れたかった。危険も殺し合いもない、ギャグだけど平和な世界。ならば手を繋ぐなど、自分が勇気を出せば簡単だ。簡単、なはずだ。

そう手を繋ぎたいと思って一週間。

――――なんで私はまだロビンと手を繋げてないんだろう。

湊はFXで有り金全部溶かしたような顔をしたくなるのをこらえながら登校していた。全く一緒にいなかったというわけでもないので、湊も悪い。悪い、のだが。

ロビンのマスターであったダン卿と話したり、月の聖杯戦争でパートナーだったアタランテと再会してお茶をしたり、白野とそのサーヴァントズに会って友達のようなものになったり、月の裏側でついぞ出会うことのなかったエリザベート・バートリーと殴り合い最後には握手してやっぱり殴り合いになったり、ジャンヌ・ダルク【オルタ】と出会って何とも言えない仲になったり、BBにも会って散々からかわれたり。
とにもかくにもいろいろありすぎて、二人きりの状況を作れなかった。だから今日こそはロビンと手を繋ごう。彼からしてもらうのではなくて、自分から。
湊は心の中で拳を握った。


授業らしい授業もあれば、授業とは一体何なのか考えさせる授業も終わる。ロビンとはクラスが違うので、すぐさま彼のいるクラスに向かった。ドアから教室を見回せば、ロビンはカバンに少ない荷物を詰め込んでいた。

「ロビン」
「お嬢」
「今から帰る?」
「ちょいと弓を引いてから帰ろうと思ってますけど」
「あ、そうなんだ」

この型月学園では部活もたくさんある。ロビンは弓道部と園芸部に参加しているらしい。湊は未だにこの世界に戸惑っているというのに。サーヴァントというやつは適応能力が高すぎる。

「じゃあ図書室で待ってるよ」
「あー、いや、一緒に帰りましょうや。別に弓なんかいつでも引けますし」

ロビンがカバンを持ってにこやかに笑った。反対に湊の顔が少し曇る。
「弓なんかいつでも引ける」と思っているのも本当だろう。ただ湊の方を優先してしまうのが申し訳ない。湊は先に歩き出してしまったロビンを引き留めた。

「あのさ、私、ロビンの弓見たいな」
「何すか突然」
「ね、ダメ?」

こうして湊が頼めばロビンは弓道場に行くはずだ。さすがに毎度誰にでもというわけではないが、彼は自分の意志よりも他人の意志を尊重できる。湊のわがままということにしておけばロビンの当初の目的が果たされる。

湊の唐突な言葉に不思議そうな表情をしていたが、湊の意図に気付いたらしい。端正な顔に憎たらしいほど良く似合う意地の悪い笑みを浮かべた。

「……仕方ないですねえ。お嬢様の仰せのままに」
「ちょっと、何それ」
「気にすんなって。行くなら行こうぜ、お嬢」
「あ、もう、待ってよ!」

変な呼び方に目を吊り上げるが、すぐに再び足を進め始めたロビンを追いかけた。



湊は弓道部員ではないため、観客席に相当する道で見学する。まだ何にも入っていないなら湊もやってみてはどうかとロビンに誘われたが、断った。

弓道場には部員が集まって弓や籠手などの整備をしていたり、弓を引いたりしている。アタランテも弓道部に入っているとのことだったが今日はいないようだった。
人数が多いので順々に弓を引いている様子を、湊は気抜けした表情で見つめた。この弓道部には元から弓道部だった少年少女とか、アーチャーのクラスに当てはまる英霊だとかが集まっている。矢が外れることはなく、まっすぐに的へ当たっている。矢を放つ姿勢も美しく正しい。それはロビンも同様だ。

「おや、湊さんじゃありませんか」
「きゃ……いや、ここじゃ玉藻、か」

皆綺麗だなあ。そんな風に眺めていると、キャスター・玉藻の前に話しかけられた。
玉藻の前。前に月の裏側で戦ったことのある、ような気がする、サーヴァント四基のうち一基だ。因縁はあるものの、今は敵同士ではないせいか、嫌味は言うものの友好的に接してくる。ロビンとはお互いに嫌っているようだが。

「はい。キャスターでも構いませんけれど、ここにはたくさんいらっしゃいますしねえ。不可思議なことではありますが」
「まあそうだよね。で、何してるの?」
「湊さん、部活、入る気ありません?」

玉藻がにっこりと愛想よく、しかし何か含みがあるように笑った。

「……何、急に」
「いえ、貴方どこも入ってないでしょう?部活に入るのはここの義務でもありますが、せっかくですしこの学園生活をもっと楽しんではどうかと」
「余計なお世話なんだけど。どうせ自分の部活に入れって言いたいんでしょ」
「そうなんですけれど。もう少し私の話を聞いてくださいよ」

湊は眉間にくっきり皺を寄せながらも、玉藻の話を聞き始めた。

「私、このたび『良妻賢部』という名の部活を立ち上げまして。活動内容としましては、愛する殿方といちゃいちゃすることを目標に、日々女性としての魅力を高めるようなことをしているんです」
「どういう部活だっつーの」

女性としての魅力を高める。これだけなら分かるが、名前や目標はツッコミどころしかない。湊の眉間の皺がさらに深くなった。
っていうか、目標が全てだろこれ。そう言葉になるのを何とか抑え、代わりに湊はため息をつく。

「さすがに私もそんな部活には入りたくないんだけど」
「そういうこと言っちゃいます?湊さんもロビンさんといろいろしたい〜とか思ってないんですかあ?」

ぎくり。体が固まった。湊のそのあからさまな反応に玉藻が意地悪い光を目にたたえて笑う。

「んふふふ。いいんですよ、いいんですよ、そう思っても。だって当然じゃないですか。で、どうせ湊さん、いろいろしたくてもできないんじゃないかと」

ぎくり。湊の肩が跳ねた。玉藻はさらに笑みを濃くする。そして湊との距離を縮め、肩を抱いた。

「良妻賢部はそんな方の後押しのための相談もしますよ。どうします?」
「……入る必要なくない?」
「利用しようとは思うんですね」

ぎくり。湊が俯いた。だんだん顔に熱がたまっていく。

「もちろん無理にとは言いませんから」
「おい、ピンク狐、お嬢に何絡んでんだよ」

ロビンの刺々しい声が二人の間に割って入る。玉藻は舌打ちして湊から離れた。

「お嬢に何か吹き込んでんじゃねえだろうな」
「そーんなことないじゃないですか。単に世間話してただけですけどぉ?」

玉藻はそう挑発的な口調で言い、湊と目を合わせる。玉藻の目力は強い。頷かなければ今ここで「ロビンと恋人っぽいことがしたい」という湊の気持ちを、声を張り上げて言うだろう。湊は何もないかのように首を縦に振った。

「うん、ちょっと話してただけ」
「……そうっすか」
「そうですよ。湊さんと恋人同士になった〜って聞いたもんですから、少しは丸くなったと思ったんですけどねえ」
「いや、オタク相手だから余計こういう態度なんすけど?」
「あーらそうですか。まあ私もですが。……では、私はこれで。湊さんまた」

不自然に笑って玉藻は去っていく。
湊からすれば余計なお世話である。玉藻もただのおせっかいではなく、部員が増えれば部費が増えるだろうとか何かするときのための人員とかそういうことも考えているはずだ。そんなことは分かっている、のだが。

さてどうしようかと悩んでいると、ロビンが言った。

「お嬢、あと何回か弓引いたら帰るんで、もうちょい待っててください」
「いいよ。好きなだけやってて。見るの楽しいし」

湊がそう返せば、ロビンは薄く笑って弓道場へ戻った。

――――愛する殿方といちゃいちゃすることを目標に、女性としての魅力を高めるようなことをしているんです。

矢が的に当たる音が青空の下よく響く。だが、それよりも玉藻の言葉が湊の頭の中で繰り返される。
良妻賢部なんて名前の部活に入るんだったら、もっとちゃんとした部活に入りたい。でも運動部は違う気もする。愉悦研究会も戦争を起こしてしまいそうだし、そもそもあのギルガメッシュがいる場所なんて無理だ。
どうしよう。弓道場の外にいるにも関わらず、湊は泥沼に落ちたように悩んでいた。



「お嬢、帰る前にどっか寄ります?」

日はまだ高く、カフェに行ったり買い物をしたりしても夜までには十分な時間がある。この一週間、学生がやりそうな放課後デートもできていない。以前はちっとも縁のなかったイベントのひとつ。こうして二人きりになれたのだからもう少しロビンと話していたい。

「うん」
「んじゃ、カフェかなんか探しますか」

そう言ってロビンが歩き出した。右手はしっかりカバンを持っているが、左手はふらふら揺れて手持無沙汰だ。

今ならいける。湊は唾を飲み込む。いくら慣れないからって、手を繋ぐくらい、良妻賢部、いや玉藻に頼らなくたってやってみせる。
ロビンに駆け寄り、おそるおそる右手を近づけた。急に動くようなことがなければいけるはずだ。心臓の鼓動がどくどく大きくなっていく。自然にやったように見せなければ。小さい子の手を繋ぐみたいにすればいいだけ。湊はそう自分を奮い立たせる。
会話しながらちらちら視線をロビンの手に向けている。もう少し。あと少し。そうしているうちに、湊の指が彼の指に触れた。
もう今しかない。湊は何も考えずに一気にぎゅっと握る。すると、触れあっている部分が異様に熱を持っているように感じられた。

「お、お嬢から手を繋ぐとか、明日は雨が降りますかね〜」
「う、うるさいなあ!」
「はいはい。お嬢、そんなにオレと手繋ぎたかったんですか?」

ロビンは楽しげに口元を緩めている。もしかして、湊が自分と手を繋ぎたいのを知っていて、徐々に手を近づいているのを見守っていたんじゃないだろうか。湊より異性の経験が豊富で観察眼が優れている彼のことだ。そうでなければ「そんなに」なんて言葉は使わない。
怒鳴りそうになるのをこらえ、湊は呟く。

「……ダメ、なの?」

ロビンを睨むのをやめ、目を伏せた。
こんなに平和な世界なのだから、好きな人と手を繋ぎたいって思ってもいいじゃないか。だって、好きな人と幸せになることが、湊の夢だったのだから。

沈黙。湊は気恥ずかしくなって握る力がだんだん緩んでいく。
とうとう手が滑り落ちていきそうになった途端、

「いいや?オレでよければ、いくらでもどうぞ」

ロビンは一瞬手を離し、湊とまた手を繋いだ。今度は指を絡ませて。隣の彼は優しい眼差しで湊を見ているような気がした。

「……ん」

湊は頬を桃色に染めながらも、名前のない青年の手を強く握った。


良妻賢部に入ってみようかと思いながら。



「はじめて手を繋ぐ」話でした。
ちびちゅき!時空は本当平和なので、何でもできちゃうんですよね。何にも考えなくていい。
配布元:ジャベリン様