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童話の少女と緑の狩人とボンボンショコラ

世界が危機に陥っていようと、バレンタインというものはあるらしい。
カルデアの英霊も女性がたくさんいる。英霊であろうと女、そういったイベント事が気になるのだろう。女性から男性へチョコレートを贈るなんて日本が主だし、チョコレート会社の戦略のひとつであるという説も濃厚なのだが。相変わらずここは切羽詰まっているんだか呑気なんだか分からない。何してるんだかと呆れながら、自分も彼に何をあげようかと考えているのだから、同じかと笑った。


凝ったものをあげたいけれど、せっかくだしやっぱりチョコレートを使ったお菓子の方がいいんだろうか。それとも物の方がいいんだろうか。湊は思案しながらカルデアの廊下を歩いていると、誰かにぶつかってしまった。

「す、すみません……」
「すみません、じゃないのだわ!」

弱々しい声で謝罪すると、少し怒りを含んだ愛らしい声が返ってきた。ふわふわとした髪、たくさんのフリルがついた服、大きくきらきらした瞳。いわゆる概念英霊、ナーサリーライムだった。
湊はよく彼女やジャック・ザ・リッパー、ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ(未だに彼女のことはなんと呼べばいいのか分かっていない)などにお茶会用のお菓子を作ってあげたりしているので、仲はそれなりに良好だ。

「他の英霊だったら危なかったのかもしれないのよ?湊はもっと気をつけて歩いた方がいいわ」
「……確かに。もっと気をつけるよ」

今の湊はただの「概念礼装」という存在である。ただの人間よりも多少丈夫だが、英霊に敵うわけもない。ただでさえカルデアは気難しい英霊が大半である。湊のような見た目も中身もただの少女でしかない存在など、少しでも琴線に触れれば霧散してしまうだろう。

「湊もやっぱりバレンタインのことを考えていたの?」
「……うん。何にしようかなって」
「湊がくれるものなら、緑の狩人さんはきっと何でも喜んでくれるわ!」

不安そうな湊とは対照的に、ナーサリーはにこりと無邪気な笑みを浮かべた。


「だって狩人さんは湊のこと大好きだもの!」


ロビンは優しいからね。そう返そうとしたら突然純粋無垢な言葉を続けられた。湊の顔に熱がたまっていく。ナーサリーも少し恥ずかしくなってきたのか、薔薇色の頬が赤くなっている。

だって狩人さんは湊のこと大好きだもの。あまりにも熱くなってしまい全身が炎になったような感覚になる。が、きっとそれは事実なのだ。


いくらあの名前の無いひとが優しかろうと、月の裏側で出会った「黒瀬湊」と同一存在ではない湊のことまで好きになってくれるなんてないし、そもそも彼自身もあの「アーチャー」と同一存在ではない。あくまで自身が体験したものではなく、「記憶」なのである。
それに彼は大事なものをつくらない人だ。湊でない湊が体験したことから分かる。大事なものとつくっても、きっと不用意に近づかない人だ。それは自分には不相応なものだからと。ある意味「黒瀬湊」と同じように卑下する人だ。そんな顔の無い青年はとても優しい。そう言ったらきっと彼は綺麗な顔を思い切り歪めて否定するのだろうけれど。大事なものをつくらないはずの彼が、湊に近づいてそばにいてくれる。だからたとえ「記憶」であろうと、優しい彼を好きだと思う。

「うん……そうだと、いいな」
「大丈夫よ!わたしが保証するわ」

ぎゅっと手を握られる。金属のそれは温かくはないはずだが、湊には人肌と同じ熱を持っているように感じられた。

「ありがとう」

湊は笑顔のナーサリーにつられて破顔する。

「今ならきっと食堂空いているわ。だってみんな働いているもの」

チョコ工場やらでサーヴァントは基本働いている。休憩時間などになったら帰ってくるが、少なくとも今のカルデアはいつもより静かだ。

「ナーサリーはやらなくていいの?」
「わたしはちょっと抜け出してきちゃったの。ジャックたちもどこかへ行っちゃったし……。だから湊、森の狩人さんにチョコを作りましょう!前はなかったけど、キッチンに行けば材料もあるわ」

いいんだろうか。私も怒られたりしないんだろうか。などと不安が湊の頭をよぎるが、ナーサリーの輝く大きな瞳を見ているとまあいいかと諦めた。怒られたらそのときはそのときだ。恋する女は労働などに屈しないのだ。湊は別に概念礼装という役割なので、基本戦闘にしか参加していないが。

「じゃあナーサリーも一緒に作ろうか」
「いいの?」
「うん。ナーサリーもマスターとかジャックたちに渡そう」
「……ええ、とっても楽しそう!」

くるくる回って笑うナーサリーはとても可愛らしい。湊は自然と頬が緩むのを感じた。
幸いキッチンには誰もいなかった。そろそろ戦場になってもおかしくはない頃なのだが、やはりチョコ生産で忙しいようだ。湊は道具と材料を用意しつつ、ナーサリーにも小さなエプロンをつけてやる。

「ほんとに誰もいないし、作ろうか」
「何を作るの?」
「ボンボンショコラだよ。ロビン、お酒結構好きだから」

結構、というかかなり好きだろう。何せよく飲んでいるのを見かける。飲んでいるときの彼は楽しそうで、少し混ざりたくもあった。年月は過ぎても年を取るわけではないので、もう飲んでしまってもいいんじゃないかと魔が差しそうになるがやめている。

「ボンボンショコラ……お酒だとわたしたち、食べられないわ」
「ボンボンショコラってお酒入ってるやつのことじゃないよ。中に詰め物をしたチョコレートのことだから、お酒入れなければただのチョコだし」
「そうだったのね」

感心したようなナーサリーの目を正面から受け止められない。湊は咳ばらいをして、ナーサリーに手順を説明する。


まずは下準備。センターと呼ばれる詰め物用のチョコレート湯せんにあてて溶かして冷ます。バターは常温に。型にはベーキングペーパーを敷く。模様をつくる転写シートを一口サイズに作る数分カット。
それからラズベリーピューレを小さめの鍋に入れて加熱し、転化糖を加えて混ぜる。溶かしておいたチョコに先ほど作ったものを加え、ゴムベラで混ぜ合わせる。全体が均一に混ざったらチョコを半分にする。半分にはフランボワーズ入れ、もう半分には入れずにどちらもそのままレモン果汁、バターを加える。また混ぜていく。

混ぜるだけなら簡単なのでナーサリーにすべてやってもらう。奮闘するナーサリーが愛らしい。ロリコンの気持ちが分かるなあと不純な目で見てしまっていた。

馬鹿な考えを振り払い、湊はベーキングペーパーを敷いた流し型に混ぜてくれたものを入れ、平らにならしていく。

「そうしたらどうするの?」
「冷蔵庫に固めるんだけど……冷蔵庫に入れておいたらいろいろ混ざって怖いしバレても恥ずかしいので、ちゃちゃっと固めます」
「ちゃっちゃと固める?」

すっと術式が書かれた札を貼り付けて凍らす。少し時間を置いたらまた別の札を貼り付けて氷のみを溶かす。湊の行動にナーサリーが大きな目を丸くさせた。

「ねえ、湊。こんなことをしていいの?」
「えーと、テレビなら良い子は真似しちゃダメだよってテロップが流れるところ」
「……わたし、たまに湊の言ってることが分からないわ」
「うん、ごめん。ご都合ってことで許して。本来なら急に固めても全部固まらないけど私は訓練された人だから」
「そうなのね……?」

あまり納得し切っていないナーサリーの目から逃れるため、湊は不自然に説明を続ける。


固めたチョコの片面に少量垂らし、薄く塗る。固まったら裏返してもう片方の面にも塗る。それをナーサリーが丸抜き型で抜いていく。
終わったら湊がコーティング用のチョコをテンパリングする。だんだんチョコに艶が乗っていくのを眺めてナーサリーが感嘆のため息をつく。

「チョコレートがとっても綺麗……!わたし、知ってるの。テンパリングって難しいんでしょ?」
「難しいけど、コツだけはあるからね」
「コツ?」
「今度また一緒に作るとき教えてあげる」
「本当?約束よ、湊」
「うん」

トリュフフォークに乗せてテンパリングしたチョコにくぐらせ、表面をコーティングする。余分なチョコを落とし、ベーキングペーパーの上にのせる。カットしておいた転写シートを乗せ、空気が入らないようにそっと指で押さえて貼り付けて固める。最後に転写シートのフィルムがナーサリーの小さく細い指によってそっとはがれて、

「できあがりね!」
「うん。美味しそう」

シンプルな模様のもの、可愛らしい模様のもの。お酒が入ったものと入っていないものはきちんと分かれているので安心だ。お酒が入ったものが混ざってしまったら本当に湊が怒られてしまう。

クーラーボックスを少し拝借し、別室でラッピングする。湊はおしゃれで高級感が漂う箱に、ナーサリーはポップな箱に仕上がった。そこで湊は気付く。

「あれ、ナーサリーは箱ひとつでいいの?」
「いいの。ちょっと早いけど、みんなで食べるんだから」
「そっか」

湊は相槌だけ打つ。マスターの分は?と聞くのはやめておいた。ナーサリーも少し幼いとはいえ少女で童話。湊には突っ込んできたが、マスターへのプレゼントは内緒にしておきたいのだろう。

「わたし、みんなと食べてくるわ!湊、ありがとう」

私もありがとう。口にする前にナーサリーは部屋からいなくなってしまった。

さて、どうしようか。一人残された湊はチョコが入った箱を見つめるのだった。

「……お疲れ様」

そこからしばらく。ロビンフッドの部屋の前待っていた湊は、帰って来た部屋の主を労わった。ロビンは疲弊した表情を隠さず手をひらひらと振った。

「おう。あー、チョコの見過ぎでもう見たくねえや」

そうだった。彼の言葉で我に返る。チョコの大量生産をしているのに何故チョコなんて作ってしまったのか。せめてチョコを使わないものにすればよかった。せっかくバレンタインなんだし、ではない。湊は後ろに隠していた思いの詰まった箱を潰す勢いで握った。

「そ、そうだよね。本当、お疲れ」
「んで、お嬢、何持ってるんです?」

目敏い。ロビンの視線が湊の手へと向けられる。湊は目を泳がせた。
無言が続く。彼は口を閉ざしたままだ。きっと何であるか察しのいい彼は分かっているだろうに。湊から言わせたいのだ。唇をぎゅっと結んで彼を睨む。心臓の音が大きく聞こえてきた。顔もひどく熱い。

「……バレンタインにはちょっと早いけど、あげる」

湊は勇気を出して、握ったせいで少しよれた箱を差し出した。

「どうも。ありがたくいただきますよ」

受け取った彼は垂れ目を細めた。頬が緩んで楽しそうでもあり嬉しそうでもある。まだ食べた感想すら聞いていないのに、湊は胸がいっぱいになった。


――――湊は月の裏側にいた「黒瀬湊」ではないし、名前の無い青年も月の裏側にいた「アーチャー」ではない。それでもこの胸に灯る思いは本物だ。だからきっとそれでいいのだ。

「んじゃ、部屋で開けて食べますか」
「うん」

部屋に入った途端に彼の指を掴んだ。一瞬そのままにしていたが、すぐに彼の細く長いが男らしい指が湊の指に絡んだ。それは、森の日差しのようにあたたかった。



もうとっくのとうに過ぎてますが。
ナーサリー、可愛いですよね。いませんが!!!アニメはひたすらにしんどかったです。幼女をいじめるのはやめてください。カルデアではせめてありすの代わりにたくさんお友達作って欲しいですね……。

なんかよく少女漫画の転生者や人と人外カップルモノとかで「あなたが見てるのは私じゃない」みたいなのありますけど、正直別にいいんじゃないかなあと場合によっては思ったりします。あくまで場合によってはです。あなたと経験したのは私自身ではないけれど、私自身である、みたいな。
緑茶が記憶があっても好きになってくれるかと言うとどうなんだろうと思いますが、自分にもそういう存在がいて、そんな存在と同じ子がいてくれたなら、きっと味方になって、あのときの自分のように好きになってくれないかなあと。
そんな風に静謐ちゃんの幕間などでちょっと思うところがありまして。読んでいないとちょっと唐突な話になってしまうため注意書きを一応つけました。今更感半端ないですが。