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大江山の鬼女とガロット・デ・ロワ

カルデアにも小さい子供のサーヴァントが増えた。子供には甘いものと安直な考えをしてしまうが、実際好評なのだから仕方ない。

湊はキッチンに立って袖をまくった。今日はエミヤやブーディカといった料理上手な英霊もレイシフトに参加していてカルデアにいない。少なくとも今は安心して一人でキッチンを使えるというわけだ。
意気揚々と取り掛かろうとしたそのとき。

「……おい、そこな女」
「ひぅ!?」

突然話しかけられ、変な声が喉から出てしまった。おそるおそる振り向くと、金の着物を身に纏った美しい鬼。茨木童子だ。湊が奇声を発したからか、茨木童子は眉根を寄せている。

「何だ。声をかけられたくらいで軟弱な奴よ」
「急に声かけられたらびっくりするに決まってるでしょ」

茨木童子とは今まで縁がなかった。彼女は鬼。人間が嫌いなのだから当然だ。しかし先日のハロウィンでほんの少しだが絡むようになった。その用件といえば、

「ちょうど良い。菓子を寄越せ。なければ作れ。汝が作り終えるのを待ってやる」

甘いものを寄越せ。それだけである。彼女は甘いものが好きらしい。ハロウィンのときもロビンフッドや湊によくねだった。湊からすれば鬼とは恐怖そのものだ。けれど妖怪も人間と同じものを好んだりするのだと、そのときは微笑ましかった。
とはいえ何度もやられれば鬱陶しいことこの上ない。それに、茨木童子は恐ろしくも愛らしい容姿をしているが、中身は高圧的で全く可愛らしくない。ナーサリーライムやジャックザリッパーなら顔いっぱいの笑顔を振りまいてくれるのだが、嬉しそうな気を纏わせて菓子を頬張り、特別礼も言わず去るのだから。

断れば面倒なことになることは分かり切っている。それに美味しそうに食べてくれることは嬉しい。だからナーサリーライムたちの分と一緒に作ってもいいのだが、湊は別のことを考えた。

「……作ってもいいけど、茨木童子も手伝って」
「む。吾がか?」
「そう。自分で作ったらもっと美味しくなるよ」
「誰がそんな面倒なことを……」
「そっかあ、茨木童子が手伝ってくれたらもっと早く渡せるんだけどなあ。仕方ないなあ」
「早く準備をしろ人間」

チョロいな。すぐに凛々しい顔つきでキッチンに立つ茨木童子を見て、湊は冷めた目を向けた。まず彼女に予備のエプロンを手渡す。

「エプロンつけて。着物汚れるから」

顔をしかめたが素直に彼女はエプロンをつけた。金の着物とエプロンのミスマッチ感が面白い。着物とエプロンといえばモダン的で似合うだろうと思ったが、着物が豪奢で似合わなかった。

「しかし、貴様は手伝えと言ったが、吾は料理などしたことはないぞ。焼くか、煮るか、そのくらいしか吾にはできん」
「分かってるって。だから、茨木童子にもできるようなことをしてもらうよ」
「無茶なことを押し付けたら貴様を焼いて食うからな。……して、何を作るのだ」
「ガロット・デ・ロワっていう、フランスのお菓子。パイ生地にアーモンドクリーム入ったやつ」
「パイ!」

茨木童子が金の瞳をよりいっそう輝かせた。こうしてみればナーサリーライムたちと同じ小さな子供に思える。茨木童子にばれないよう、湊は緩ませた口元を隠した。


まず、湊は茨木童子に丸口金をつけた絞り袋にアーモンドクリームを入れて、卵を塗っていない部分に中心から渦巻きを描くように絞り出すよう指示した。中心が少し高くなるように二段重ねて絞る。

「上手い、うまい」
「ふ、そうであろう。この程度、吾にできぬことではない!」

湊はそばで見守りながら、逃げられぬように茨木童子をおだてる。実際、茨木童子は綺麗に渦を作っていた。製菓とはいえ、茨木童子も人に褒められて悪い気はしないらしい。角があり、紋様がある以外は普通の少女に見えた。

茨木童子が絞ったクリームの表面を湊がパレットナイフでならし、ドーム状にする。クリームが流れ出ないよう、また生地を端から空気が入らないようにぴったりと重ね、そのまわりを指で押さえつけていく。生地の縁を押さえながら、側面にナイフの背で浅く切り込みを入れる。

「さすがに手馴れているな」
「まあ、練習してるからね。ガロットだけでできた技術じゃないけど」

胸を張ると、茨木童子はふうんと興味がなさそうに相槌を打った。

そのまま表面に溶き卵を塗る。茨木童子がやりたいと騒ぐので、乾いてから彼女に塗らせる。その後、湊はナイフの先で中心から外側へ弧を描くように筋模様を入れていった。パイを全て切ってしまわないように、表面だけ切っていく。茨木童子に竹串を渡して中央に空気穴を開けてもらう。それから二百度のオーブンで三十分焼く。焼き上がったら表面に粉砂糖をふり、再び二百二十度に上げたオーブンに入れる。

オーブンに入れて待っている間、茨木童子がじいっとオーブンを睨んでいた。腹の鳴る音が聞こえた。英霊に食事など必要ないが、甘いもの欲しさにお腹が減っているのだろうと湊はまた笑った。

「はい、できた」
「吾が手を貸してやっても、全然早くないではないか!」
「出来上がる姿を見て楽しかったでしょ」
「早く出来上がらぬかと苛々したぞ」

しかし、言葉とは裏腹に顔は満更でもなさそうに赤らんでいた。彼女は異形の姿をした鬼であるというのに、湊は彼女をとても可愛らしく思った。顔が緩んだのか、茨木童子は牙を見せつけた。

「なんだ、貴様は!笑うな!」
「はいはい。じゃ、半分は茨木童子の分ね」
「全部ではないのか」
「当たり前じゃん。これ、元はと言えばナーラリーライムたちの分なんだから」
「……仕方あるまい」

湊は襲い掛かってくることを危惧していたが、茨木童子はあっさりと引いて皿に盛ったガロットを頬張った。そして満足そうに笑みを漏らした。彼女が本当に美味しそうに食べるものだから、湊もつられてしまう。

すぐに茨木童子はガロットを食べ終えた。半分でもかなりの量だったはずだが、茨木童子にはそんなことはないらしい。一息つき、茨木童子は湊へ告げた。

「吾は人間が嫌いだ。特に、汝のような陰陽師はな」
「はあ」
「だが、吾を封じ込もうなどと愚かなことを考えぬのであれば。吾と酒呑専属の料理人にしてやってもよいぞ」

湊は、鬼が怖い。美しい少女の姿をしていても恐ろしさを増すだけだ。

「光栄だなあ」

けれど、ここカルデアであれば。そんな甘いものが大好きな鬼のパティシエールにはなってもいい。



番外編茨木ちゃんです。可愛いですよね。いません!!!が、イベントなどで何となく口調を知っているのでこう。掴めていませんが……。