たまに、眠れない日がある。
サーヴァントは睡眠を必要としない。しかし、ここカルデアでは話が別だ。一時的に受肉している場合もあるからだ。とはいえ、概念礼装という存在の湊には関係のない話なのだが。当然湊にも睡眠は必要ないが、人間だった頃の感覚が抜けない。精神的疲労も眠れば取れる。睡眠は重要だ。
だが今は眠れなかった。今日はエリザベートの部屋に邪魔していたが、横になろうと一向に休まらない。健やかな寝顔をする彼女を起こさぬよう、音を殺して湊は外に出た。
「……あれ、エミヤさん」
食堂に赴くと、髪を下ろしたエミヤがいた。エミヤと言うともう一人いるらしいが、湊は実際に見かけたことがない。きっと話すこともないだろう。だから、彼のことはエミヤでいいと思っていた。
「……湊君か。眠れないのか」
「はい。エミヤさんは?」
「君と同じさ。眠れなくてね。何となく食堂に来てしまった」
エミヤは湊にふ、と微笑してみせる。いつも浮かべているドヤ顔ではない。どこか自信のない、暗い顔。
湊はエミヤとはよく話す。主に料理で。二人でああだこうだと言い合い、バトルし、最終的には認め合ったりやはり相容れなかったりする仲だ。彼のことは基本的に嫌いではないが、「可愛い子は好きだよ」などという発言をエミヤが滑らせたために、そういった点においては死んでしまえと思っていた。エミヤに同族嫌悪する、とはいっても狩り競争やトラップ談義するくらいの仲であるロビンフッドと結託してエミヤを陥れることもある。
そんな彼が陰のある表情をしていた。もしかすると、ロビンフッドと同じように彼もこの顔が素顔なのかもしれない。湊は、理由は問わずに彼に尋ねた。
「エミヤさん、紅茶飲みますか?」
「眠れないのにカフェインを摂取するのかね」
「コーヒーよりマシですよ」
「……いただこう。いや、私が淹れようか」
「エミヤさんよりおいしく淹れるんで大丈夫です」
ばちり。エミヤと湊の間に火花が散る。優しげに笑う湊に、エミヤが眉根を寄せる。
「……ロビンフッドに似てきたな、湊君」
「全然似てませんけど……?」
「いや、似ている。そうやって私を挑発するところなんか特にな」
好きな人に似ている。そう言われて湊は満更でもなかったが、挑発する点が似ていると指摘されてもあまり嬉しくはない。
エミヤは得意そうに口角を上げている。湊はからかうエミヤから背を向け、キッチンへ向かった。
「何飲みます?ダージリン?アッサム?アールグレイ?あ、キームンなんてあるんだ」
「ダージリンでいい。湊君、ミネラルウォーターを用意してくれるか」
「はい」
冷蔵庫に備えてあったミネラルウォーターを手渡す。そのままエミヤがヤカンにミネラルウォーターを入れる。小さな泡が出るまで沸騰させ、鉄分のないポットとカップに注ぐ。一度ポットにお湯を捨ててからポットに茶葉を入れ、その後にお湯を注いで蒸らす。
エミヤが勝手にやってしまうため、手持無沙汰になった湊があるものを見つけた。
「あ、エミヤさん、ティーコジーありますよ」
「あったのか……知らなかった」
エミヤは目を見開いている。長くキッチンを使っているのに見つけられなかったのが悔しいのだろう。湊はそんなエミヤに子供っぽく勝ち誇った笑みを向けた。
シンプルだが上品なティーコジーをポットに被せてさらに保温させた。湊は時計を見てエミヤに聞く。
「もういいですよね」
「ああ。注ごう」
湊がカップのお湯を捨て、エミヤがカップにそのまま淹れる。ダージリンの上品で爽やかな香りが鼻をくすぐった。
「やっぱ紅茶はダージリンですよねー」
湯気が立った紅茶を、息を吹き冷まして一口。温かさとすっきりとした味わいが全身に広がる。
「ストレートで飲むならそうだな。それぞれ良さがあるが。砂糖はいるか?」
「大丈夫です。味を楽しむならいらないんで。まあ、たまに黒砂糖とか入れるんですけど」
「同感だ。あまり砂糖やらミルクやら入れるべきではないな」
エミヤが飲みながら頷く。
眠れない日は、大抵どうにもならないこと、くだらないことが連鎖して落ち込んでいる日だ。寝付けないとさらに嫌なことを想像してしまい、吐き気すらしてくる。本当に嫌だった。でも、
「……湊君。なんで笑っているんだ」
「いや、寝れなくても、こうやってエミヤさんと紅茶飲めてよかったなって」
たまにはこういう日があってもいいと、初めて思えた。
微笑む湊に、エミヤは同意するように笑い返した。もう先ほどあった陰はどこにも見当たらなかった。
ということで、締めは飲み物。紅茶ということで、赤弓でした。彼ほどキッチンに立つ姿が異様に似合う英霊はそうそういないのではないでしょうか。いろいろうるさそうです。
リストランテ・ボヌールはこれにて完結です。英霊たちと人類救済の間の小さな時間、食事を食べてほのぼのしたいなという考えからのシリーズでした。女の子英霊がほとんどで友情といった感じですが、あまり見かけたことがありませんし、これはこれで。書いていて楽しかったです。思いついたら他の英霊も番外編で書いてみたいですね。緑茶ももちろん。
読んでくださった方々、ありがとうございました!