甘いもの。嫌いな者も多いというが、好きだと声を大にして言う者も多い。
もちろん湊は後者だった。調理より製菓の方が得意である。生クリームをふんだんに使ったり、果物を贅沢に詰めたり、チョコレートをたっぷりかけたり、考えるだけで楽しくなってくる。
湊はナーサリーライムにおやつを作ってあげると約束したため、どれにしようか悩んでいた。お茶会が好きな彼女のことだから豪華にしてあげようとも思ったが、今回はそうではない。ただのおやつだ。何なら喜んでもらえるかと思案した結果、
「よし、ムース作ろ」
いちごが冷蔵庫にあったような気がする。なければダヴィンチちゃんの素敵なショップで買えばいい。
「お、何してんすか、お嬢」
冷蔵庫を開けて食材を確認していると、ロビンフッドがやってきた。イベントやらで忙しい連日、今日は数少ない休暇だ。いつもはぴりりとした空気を身に纏っているが、ゆったりしていた。
「ナーサリーにおやつ作ってあげる約束してたから」
「なるほど。ガキには甘いっすよねえ」
「そんなことないけど」
カルデアに外見年齢が低い英霊は少ない。ジャックザリッパー、ギルガメッシュとイスカンダルの幼少期。その程度である。アンデルセンは中身が大人なので除くこととする。ナーサリーライムはその中で一番子供らしい。だから子供の扱いがあまり得意ではないとはいえ、ついつい構ってしまうのだった。
「俺も手伝いましょうか」
「いいの?休みなのに」
「休みだからこそお嬢と一緒にいたいんでしょうが」
「……馬鹿」
ロビンフッドがさらりと言ってくるものだから、顔が熱くなる。湊は小さく悪態をつくに留めた。慣れたロビンフッドは笑って尋ねる。
「で、何作るんで?」
「いちごのムース。メレンゲ作るから、生クリーム作ってくれる?」
「りょーかい」
カルデアには湊にとって嬉しいことに調理機器がたくさんある。元からあったのか、それとも誰かが増やしたのか。どちらにせよありがたく使わせてもらうだけだ。
メレンゲを作り、ピューレーにしていたいちごとレモンを入れる。ロビンフッドに作ってもらった生クリームとピューレー生地を混ぜ、型に流し込んだ。
「冷やすの五時間くらいかかるんだよね。でも」
「でも?」
「時間短縮のために呪術でちょちょっと凍らせます」
「呪術をなんだと思ってんだよ」
「すっごいデジャヴだけど、今回はいいの。急いでるからいいの」
「はあ」
術式が書かれた札を、しっかり守った型に貼り付けた。瞬間、氷の塊になる。
「……どうすんだよ、これ」
「剥がせばオッケー!ちょっと凍らせてる間、いちごソース作るよ」
「便利だな、おい」
いちごソースを作り終え、札を剥がし、皿に盛る。それから表面にいちごやミントを添え、いちごソースをかける。いかにも店で売っていそうないちごムースの完成である。
「できた!」
「うまそうだな」
湊は自分を褒めるように拍手している。時計を見ればちょうどいい時間だ。
「その前に味見しよ」
三つ分作ったので、そのうちの一つを手伝ってくれた彼にスプーンとともに渡す。そのまま自分で試食した。甘いいちごの味と、ムースの感触が舌に広がっていく。
「うん、我ながら美味しい」
満足しながら食べ続ける。しかし、ロビンフッドは食べていない。それに気づいた湊が不安そうに言った。
「え、何、何か入ってた?」
「いや、何も。ただ、食べさせてほしいなあって思ってただけですわ」
「は、はぁ!?」
ロビンフッドはいたずらっぽく笑っている。一瞬反応してしまったが冗談かもしれない。無視していたら、綺麗な緑の瞳がじっと湊を見つめてきた。湊はイケメンに耐性があるとはいえ、好きな人に見続けられると恥ずかしい。横目で見てみると、彼は真顔だった。
いつまでも熱い視線をスルーできるほど湊は器用ではない。ふるふる、自分のスプーンでロビンフッドが手にしているムースをすくった。
「ほ、ほら。あーん」
恥ずかしい。恥ずかしい。部屋ならまだしも、誰かが来そうなキッチンでこんなことをしているなんて。バカップルみたい。実際その通りなのだが。玉藻の前やジャンヌオルタなどはよく口にしている。
ロビンフッドは顔をいちごのようにした彼女に、他人には見せない微笑みを浮かべる。
「あーん」
そして差し出されたものを口にした。甘い味がする。幸せの味がする。
「ん、うまい」
ロビンフッドの顔が緩む。未だに真っ赤な湊は無言でムースを食べている。
「お嬢、俺のムースまだ残ってるんですけど」
「は?」
「お嬢食べさせてくれないと、俺食い終わらないじゃないっすか」
「……まさか、全部食べさせて、って言わないよね?」
「そうですけど?」
何を言ってるんですかとばかりにロビンフッドの口角が上がっている。
「拒否ったら俺はお嬢と作ったムース食えないし、誰か来るかもしんねーなー、あー、残念だし恥ずかしいことになるよなー」
それはもうわざとらしくロビンフッドは言う。湊は羞恥で体が震えてきた。
彼と一緒に作ったムースは食べて欲しい。見られても見られてなくても恥ずかしい。だが見られない方が恥ずかしくないに決まっている。
「……あ、あーん」
湊はロビンフッドに負けた。
「うまかったっすわ」
結局、全部「はい、あーん」で食べさせた。誰か来ないかとするたびにひやひやした。湊はどっと疲れてしまった。
「そういや、間接キスでしたね」
死にたくなっている湊に、ロビンフッドがそう零す。そういえば。湊は自分のスプーンで彼に食べさせていた。間接どころか直接キスを数えきれないくらいしているというのに、言葉にされるとまた顔に熱がこもってきた。
固まる湊にロビンフッドの端整な顔が近づいてくる。楽しそうな表情はやけに色っぽい。
「今キスしたらいちご味なんですかねえ」
彼が囁く声音は低く、甘ったるい。背筋がぞくぞくしてしまう。
湊は覚悟して目を瞑る。何となく瞼の向こうの彼が笑ったような気がした。次の瞬間、唇にいちご味のキスが降り注いだ。
デザートは甘いものですよね。ということでこの間の緑茶より砂糖どばっとしました。砂糖が好きです。
しかしキッチンで何やってんだこいつら。都合よく誰もこなかったか、バカップルがいるので退散したかのどちらかです。少なくともからかいそうな英霊たちは来ませんでした。
どうでもいいですがムースおいしいですよね。