サーヴァントや概念礼装は年をとるということがない。全盛期の、もしくは願った姿で存在する。また、食事などを摂取する必要性もない。食事自体はすることができるが、その行為による栄養などはあまり意味がない。
意味はない、が。
「やっぱり食べると太る気はしちゃうよね……」
人間ならば小腹がすいてくる微妙な時間帯に、湊は冷蔵庫の前に立ち尽くしていた。体重が増えるとか、そんなことはないはずだし、腹がすくということもないはずなのだが、人間であったことを思い返し、食事を摂っているとそんな気がしてくるのだった。
今、食堂には誰もいない。誰も見てないし、何か食べても構わないだろう。湊はちらちらと食堂を確認しながら冷蔵庫を開けた。
「あんた、何か食べるの?」
湊は急いでドアを閉めた。
「……何そんなに驚いてんのよ」
「あ、うん、何でもない、よ。うん」
やけに苛立ったトーンで話す女性といえば、湊が声を聴いたことのある範囲だとジャンヌ・ダルクオルタしかいない。首だけ後ろを向けば、声音と同じように顔をしかめて湊を見つめていた。
「ジャネットこそ何してんの?」
「……少し、つまもうと思って」
彼女が少し頬を赤らめてそっぽを向く。湊と同じ目的らしかった。
ジャンヌ・ダルクオルタは、湊にとって友達のカテゴリーに入る人物である。彼女は「はぁ?あんたと私が友達?そんなわけないでしょ」と頑なに否定しているが、よく食事を一緒にするし会話するしボートゲームやテレビゲームだってするし、湊としては友達と思っている。名前も呼んでくれるし。それでいい。
「じゃあ、私何か作るから一緒に食べようよ」
「し、仕方ないわね。寂しいあんたに付き合ってあげるわ」
単純だなあ。口を滑りそうになるのをこらえ、湊はジャンヌオルタに笑いかけた。
「軽いやつでいいよね」
「……そうね」
「じゃ、ジャネットも一緒に作ろ」
「なんでそうなるのよ!?」
「簡単だし、自分で作るとなおさら美味しいよ。それとも嫌とか?」
「はっ!嫌なわけないでしょう。いいわ、やってあげる」
ちょろいなあ。先ほどよりもさらにひどい感想を心の中で呟く。
いつものようにエプロンをつけ、ジャンヌオルタにも適当なものを貸す。彼女の恰好にエプロンはちぐはぐで、湊は笑いをこらえるのに必死だった。
「ちょっと。何か文句あるの?」
「何でもない」
「……で、何作るのよ」
ジャンヌオルタの突っ込まないでおいてあげるわ、という含みを持った視線が刺さる。湊はあまり胃に重くなく、かつ小腹は満たされるようなものを思案し出す。最終的に出た答えは、
「……サラダ?」
「野菜で腹をふくらませる気?」
「変なの突っ込んで夕食食べられなくなって、でもまたお腹がすいて、より全然マシだと思う」
「……それもそうね」
「ということで、ムスクランを作ろう」
「何、それ?」
「フランスのサラダだよ。要は若菜の葉を混ぜたやつって言ったら簡単かな」
「ふうん」
「適当に切って混ぜるだけだし、ジャネットでもできるよ」
「湊、あんた馬鹿にしてるわけ?」
「してないけど、包丁とか使うの嫌だろうなあと」
「そ、そんなことないわよ!」
湊の予想では包丁があまり使えないのではないだろうかと思うのだが、村娘だったことを思い返すとそうでもないのかな、とも考えた。ただ反応からすると得意というほどでもないらしい。湊は彼女にばれないように薄く笑った。
二人で野菜を洗う。湊が切る。ジャンヌオルタが野菜を千切ったりする。更に盛り付ける。
途中でジャンヌオルタが「なんだか菜食主義者みたいね、これ」などと言い始めたので、ラスクも数枚つけることにした。オリーブオイルなどをかけ、
「はい、終わり」
「……料理したって感じしないわ」
「だってサラダだし」
サラダもきちんとした料理のひとつだが、ダシを取ったり煮込んだりするわけではない。過程が少ないことが嫌だったのか、ジャンヌオルタは不満そうに眉根を寄せた。湊は苦笑いつきで返す。
「湊」
「何?」
器を持ったまま彼女の方を見た。視線を泳がせたまま、口だけ動かしている。無視するときっと彼女は怒って不機嫌になる。湊は黙って見守った。しばらくして、ようやくジャンヌオルタは言った。
「……今度はちゃんとしたの、教えなさいよね」
青白いともいえる顔には照れが見え隠れしていた。
ジャンヌオルタは、素直ではない。素直ではないと軽く言っているが、もっとひどい。だが、湊にはある意味自分を守るように壁を作って棘を出しているだけのようにも思えた。最初は当然湊にも今以上に言いたい放題だった。けれど、彼女は変に真面目で付き合いが悪いわけではない。言葉が悪いだけで。
誰かに望まれて生まれた聖女は、きっと根は寂しがりなのだ。復讐に心を燃やしていても。どちらも悪いことではない。
「もちろん」
湊はそんな友達に明るく笑って頷くのだった。
ジャンヌオルタ可愛いなあ。という話です。いません。
ジャネット、と呼んでいるのは外国でよくある崩れた(?)愛称です。ジャンヌ・ダルクと混ざるし、オルタもいるし、ということで。ジャルタは語呂悪いですし、超個人的な意見なのですがものすごく嫌なのでジャネットです。
追記:アポクリファでシェイクスピア宝具展開中にジャンヌ母が「ジャネット」と言っていた、ような記憶があります。(原作を長い間貸しているので未確認です)それを使って気を悪くするような気もしますが、このままで…。