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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -

純潔の狩人とさつまいものスープ

暇だ。

今日はレイシフト同行も与えられなかった。何もない日、湊は図書室へ行ったり、顔見知りの英霊たちと話しをしたり、遊んだりしている。人類の救済を任されているのに暢気なものだと思わなくもない。

湊は世界の終わりだとか、人類の危機だとか、そんなことはどうでもいい。紛糾されかねない考えだが、マスターはそれでも良いと言った。そう思っていてもいいから、力を貸してくれるだけありがたいと。たかが湊のような概念礼装にもそんなことを言うとは。つくづく変なマスターだと、皮肉を込めて思う。

比較的仲の良い英霊たちも今日はレイシフトに参加していて不在だった。仕方ない。湊はいつもの場所に向かった。

「湊か」

厨房に向かうと、美しい獣の少女がいた。月の聖杯戦争で組んだことのある、麗しのアタランテだ。手には薄汚れた袋を持っている。

「どうしたの?なんか探してるの?」

彼女は狩猟が得意だが、調理といえば原始的に丸焼きしかしない。ネロのように、料理しに来たのだろうか。

「ああ、良い芋があったのでな。食糧庫に持ってきたのだ」
「狩りじゃなくて、農業してたの?」
「少しな。汝は?」
「小腹もすいたし、暇だし、練習しようかなって」

腹を撫でて言うと、アタランテは手にしていた袋を持ち上げた。

「ならこれを使ってくれないか。私では美味いものは作れん」
「いいの?」
「ああ。汝が私の分もくれたら、嬉しいのだが」

普段は涼やかで引き締まった表情を浮かべるアタランテ。そんな彼女が、穏やかに顔をほころばせた。
そんな顔をされてしまって、断れる湊ではない。湊はカルデアに来たばかりの頃、全く馴染めずロビンフッドの後ろを歩いていた。そんな湊を、元サーヴァントというだけでたびたび構ってくれていたのだ。礼をいくら言っても足りない。何より、月の聖杯戦争のときから彼女のことは好きだった。

「もちろん」

湊も笑い返した。

夕食まであまり時間はない。ほんの少し、小腹を満たす程度のものでいいだろう。受け取った袋から芋を取り出す。

「あ、これ、さつまいもかあ」
「ああ。イノシシもいいが、芋は何にしても美味いと言うしな」
「確かに。さつまいももじゃがいもも、煮ても焼いてもめちゃくちゃ美味しい」

芋を嫌いな奴なんかいないよね!と断言してしまうくらいには好きだった。アタランテも同じようで大きく頷いている。
キッチンに常備しているエプロンを着る。横へ視線を移動すると、見ているつもりなのか、アタランテはその場に立って湊を見つめている。

「ね、アタランテも一緒に作ろうよ」
「私は、そういったことは……第一、湊の邪魔になるだろう」
「スープにするつもりだから、切って煮込むだけだよ。大丈夫、大丈夫。皮も剥かないし」
「だが……」

アタランテはいつになく弱気な表情を浮かべた。

「いいよ。やろ!」

湊が彼女に笑いかける。断ることができないと踏んだのか、アタランテは肩をすくめて湊の隣に寄った。

芋をそのままカットする。アタランテの包丁を持つ手つきが少々危なげだったが、湊はネロより安心できた。鍋に芋と水とブイヨンの素を入れ、沸騰させて煮込む。そのあと牛乳を入れ、ミキサーにかける。中火にして沸騰させ、火を止めた。

「シナモンを軽くかけて、完成」
「……できるものだな」

器に入れたものは、一時間ほど前までアタランテが手にしていたさつまいもから随分変わっていた。シナモンの香りと芋の程よい甘い匂いが食欲を刺激する。

当然アタランテは機械を使った調理などしたことがない。しかも誰かと共にすることなんて。月の聖杯戦争では、彼女は湊が調理している姿を後ろで見ているしかなかった。アリーナに赴きトリガーを取り終えたたび、アタランテに料理を振る舞っていたものだ。だから、アタランテは余計に不思議な心地がしていた。

「どうしたの?」
「いや。何でもない」

ふと、アタランテの優しげな笑みがこぼれた。大人びた彼女が年相応に見えて、湊は息を呑んだ。見惚れたのを誤魔化すために、頭を振って器を持つ。

「じゃ、食べようか」
「ああ」

口に含んだスープは、とても美味しかった。



アタランテは凛々しいし可愛いしで良いキャラですよね。