ハイキュー
赤葦京治という少年を好きな女子は少なくないと思う。
180以上ある高身長、強豪バレー部のレギュラー、高校生らしからぬ落ち着いた雰囲気と気遣い、でも完璧というわけでもなくちょっと抜けてそうな感じ。
こうも長所を並べ立てられて嫌いだと言う女子はどれだけ完璧超人を求めているんだろうか。
そう、名無しは赤葦のことが好きだった。もちろん名無しが知らないだけで短所もたくさんあるのだろうが、それでも好きだった。高校生の恋なんてそんなものだ。とはいえ、幼稚園だとか小学校低学年、脚が早くてちょっと顔がいい男子に何となくそれっぽい感情を抱いて以来の恋なので偉そうなことは言えない。
それでも、落ち着いた、悪く言えば冷めた表情の彼が、思いっきり感情を露わにしてバレーをする様子を目にしたときの胸の高鳴りを、顔の熱さを、名無しはまだ覚えている。
ちゃんと告白する気はなかった。ろくに接点もないのに告白して付き合えるなんて甘い考えはないし、しても多分バレーが理由で断られるはずだ。それでいいと思う。
「瀬尾梨さん」
「あ、赤葦君」
だから、こうしてちょっとした会話をする仲になるなんて全く想像もしていなかった。
掃除当番のごみ捨て。じゃんけんで負けてついてないなんて数秒前まで悪態をついていたのが嘘のように心が明るくなった。我ながら単純だ。
「赤葦君も掃除当番?」
「うん。じゃんけんに負けた」
「私も。意外とじゃんけん弱い?」
「普通じゃないかな」
平然と会話しているように見えて心臓の鼓動は速い。変な表情をしていないかが不安だ。
「……明日から全国大会だよね」
「うん。木兎さんも調子いいよ。まあ、今は調子よくても、本番は分からないから何とも言えないけど」
「でも、赤葦君は木兎先輩のこと信じてるでしょ」
信じてるなんて少し恥ずかしい言葉だが、実際それ以外の言葉は見つからない。
「……そうだね」
目を見開いていた赤葦がふっと笑みをこぼす。普段の大人びた様子よりずっと幼い微笑み、ひどく優しい眼差しが名無しの胸をぎゅっと掴む。
木兎のことが羨ましい。赤葦に尊敬も信頼もされていて。派手なプレイをするすごい選手で、底なしに明るいムードメーカーなのだから当たり前なのだろうけど。名無しは絶対になれないポジションで、絶対になれないポジティブさだから余計だった。
湧き出た黒い感情を誤魔化すように言う。
「全国大会行ってらっしゃい」
頑張ってねとは言わない。もう頑張っているから。せめて負担にならないように、単なる同級生からの精一杯の言葉を送る。
名無しなりの激励に赤葦はほんの少し口角を上げた。
「うん。行ってくる」
先程のような穏やかな微笑みに、また胸がきゅんとなった。
――――いつかこの思いを口にできるのかな。多分できないな。
そう思いながら、名無しはスカートを少し握った。
ちゃんと恋人になっても木兎の練習に付き合って夜遅いし木兎のフォローに回ったりするし木兎のことを尊敬してるし、木兎に嫉妬しそうだなあと思います。