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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -

つり球


■宇佐美夏樹


海が好きだ。瑠璃色と橙が混ざったの水、豊かな匂い、爽やかな風。眺めるだけで胸が静かで優しい気持ちになっていく。慣れない土地に来た私を慰めてくれる気がするのだ。
息を吸い込み、海の壮大な空気を体に取り込む。遠くを眺めていると、船が戻ってきた。青春丸、なんて正直恥ずかしい名が刻まれた船はゆっくり白波を立てて停泊する。
船から降りてくるのは男の人と、同級生の宇佐美。何だか高そうな釣竿を手にしているから、今日も釣りに行ってきたらしい。

じっと見ていたら宇佐美と目が合った。そこでお互い止まったから、ばちりと音がしたような気さえした。数秒なのにひどく気恥ずかしくなる。慌てて、けれど悟られないように、ゆったりと視線を海へ戻す。

やっぱりぼーっとさざ波の音やきらめく光を見ていると、ぺたぺたとサンダルが近づいてくる。

「瀬尾梨って暇なのか?」

開口一番がそれとは失礼な奴だ。初めて会ったときより随分口調から棘がとれたとは思うけど相変わらずだ。ついむっと返答してしまう。

「うるさいな。海、好きなの。宇佐美だって好きでしょ」
「……まあ」

珍しく頷いた。ようやく隣へ目を向ける。海を見つめる黒い瞳は、海を輝かせる太陽の光を吸い込んできらきらしていた。学校で見かけるときは大抵唇を引き結んで退屈そうな眼差しをしているのに。
ずっと見つめていたら変な感情に頭を支配されそうだ。再び前を向く。

「釣りって沖まで行くんだよね。いいなあ」
「釣りしなくても観光客向けに船出るだろ」
「一人でぼーっとしたいから、そういうのとは違うんだよね」
「確かに一人で静かな海を感じたいっていう気持ちは分かる」
「でしょ?」

同意を得られて頬が緩む。
ばちん。宇佐美とまた目が合う。あまり人の目を見て話さないからか、男子とろくに話さないからか、やっぱりひどく体温が上がる。何でだろう。ちょっと前まではそんなこと思ったこともないのに。

宇佐美が目を逸らし、サンバイザーを深く被る。

「じゃあな」
「うん。じゃあね」

別れの挨拶を交わし、宇佐美が離れる。多分家に帰るんだろう。宇佐美の背を見送りながら伸びをする。

海が好きだ。正直海を眺めるためだけに船に乗ってみたいと思う。でも、宇佐美が釣り姿を近くで見てみたい、とも思った。



連載みたいに幼馴染でやろうか考えたんですがつまらないなと思ってやめました。同級生からちょっとずつ変わる感じ、いいですよね。

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