眩暈のない世界
※国擬人化漫画「ヘタリア」のキャラ夢です。
実在の国家・軍・史実などとは一切関係はありません。
福井弁は不勉強です。申し訳ありません。
よろしければどうぞ。
その瞳を見た瞬間、名無しは生まれて初めて恋に落ちた。
使い古された「宝石のような」が似合う翡翠の瞳、冷然とした眼差し。一目見て胸が知らない音を立てた。今までいくら養父に「結婚しては」なんて言われても、周りの男から言い寄られても曖昧な微笑みを向けていたのに。ずっと見つめていたい。
――――そう、その宝石の持ち主が雄々しいたてがみ、鋭い牙と爪があることなんて些事でしかないだろう。迷い込んだ森の奥深くにある古城の主は、獣だったのである。
獣は使用人曰くそれでも人間だったらしい。家具になっている自分たちを含めて。妹と弟を亡くしてから金に異常な執着を見せて、唐突に魔女に獣にされた。そして、獣の呪いを解くにはバラの花びらが散るまでに真実の愛を見つけなければならない。
名無しは呪いを解いてあげたいと思う。たが、どうすればいいかは分からず、呪いを解く手がかりを見つけようと無理を言って城に滞在していた。
「素敵なドレスね。どうしたの?」
そうして日が過ぎて城での生活も慣れた頃、獣――――オランダが、ドレスを名無しに渡してきた。繊細な布を爪で破かぬよう手のひらに乗せている。
「それを着て、夜7時に大広間に来ねま」
「貴方からダンスのお誘い?嬉しい」
淡々とした口調でも名無しは素直に目を細めた。2メートルはありそうな獣は、美しく笑う名無しを黙って見下ろしている。
黒を基調としたマーメイドラインのドレス。太ももの部分から裾まで星空のようなグラデーションが輝き、胸元も凝ったレースの刺繍がちりばめられている。肌触りも心地よく、最高級のものを使っているように思えた。金にうるさいオランダにとって無駄な出費だったのではないだろうか。
「このドレス、ものすごく高そうだけど、買ったの?」
「専門のとこに作らせた」
しかもオーダーメイド。出会った頃は飾ってあるものに触るなと、何か買うなら予算内に収めろと静かながらも口を酸っぱくしていたのに。そんなオランダが、自分のために。その事実がひどく嬉しく、名無しの胸に喜びが溜まる。
「……何や」
「何でもない。夜の7時に大広間ね」
楽しみにしてる。名無しが柔らかく微笑むと、オランダは、ほうけ、と相槌を打って背を向けた。
照れているのだろうか。可愛いひとだ。名無しは時計を見る。夜の7時まであと6時間。こんなに夜になってほしいと思うのは初めてだ。
再び受け取ったドレスに目を移す。自分はこんな美しいドレスが似合う女だと思われているのだろうか。そうであればいい。
夜の7時になった。
恋をしたのも初めてなのだから、男のために着飾るのも初めてだ。夜のドレスに袖を通し、化粧を施して、名無しは大広間に向かう。ヒールの音に気付いた使用人たちが恭しく礼をし、大広間のドアを開く。
豪奢なシャンデリアの下に、いつもと違うオランダがいる。きちんと礼服だ。唇をほころばせて歩み寄ると、オランダが手を差し出してきた。寡黙に、けれども優しく甘い眼差しで。それだけで名無しの頬が朱に染まる。熱いため息がこぼれそうになるのをこらえた。
「私あまり踊ったことないの。リードしてくれる?」
「ほな、ゆっくり踊ったる」
言葉通りオランダはきちんとリードしてくれたし、名無しのペースで踊ってくれた。見た目は獣だとしても王族としての気品があり、こちらの気を遣う様に粗雑な印象など一切与えない。
踊り終えた後、テラスで涼む。夜の風は少し火照った体を程よく冷ましてくれる。
「ダンス、楽しかったわ。ありがとう、ラン」
「……ほうけ」
礼を言えば獣が視線を逸らした。可愛らしい。笑うのをこらえるために名無しは口元を抑える。
ふとオランダを見ると、オランダの瞳に自分が映っていることに気付いた。
「何?」
「お前の目、夜みたいやな」
「口説いてるの?」
「おう」
オランダは何の照れもなく頷くので、今度は名無しが視線を逸らすことになった。惚れた男に口説かれるなんて嬉しいし照れるに決まっている。
君の瞳は美しいね。そんな口説き文句いくらでも聞いてきたのに。隣にいる獣になった男に言われると最上級の殺し文句に変わるのだから不思議だ。
夜のようだと称賛された瞳にたっぷりと愛を浮かべて名無しは言う。
「ねえ、ラン。私、貴方が人間に戻らなかったとしても貴方のこと好きよ」
オランダの目が一瞬揺れた。
「だって宝石みたいな目が、強い眼差しが残ってるもの」
「……は。目だけなんてひってぇ(ひどい)女やざ」
「確かにお金にはうるさいのは難だけど……でも教養もあって合理的で冷静で優しさもちゃんとあるでしょう。貴方の好きなところはたくさんあるけど、貴方の目が一番好きってだけよ」
「……」
オランダは金に執着しているが、頭が回る。理に適っていると分かれば対応するし金も預ける。急に押しかけて来ても女だからか乱暴に扱われることはなかった。むしろ紳士的な面もあったように思う。使用人の1人にティーカップになった子供がいるが、特にその子供には分かりづらくも優しく接していた。
共に過ごすうちに分かってきた長所。けれど、一番好きなのはやはり目だ。素敵な目。オランダの目は、世界で一番美しい。
告白した名無しの頬に手が添えられる。
「俺も、お前の目が一番好きやざ」
世界が止まった気がした。
息を呑んで目を見つめた。瞬間――――名無しの手より大きな獣の手が、人間の男のものに変わる。逆立てた髪、額に傷、鋭い眼差しに合うように男前な顔立ち、体格のいい長身、変わらぬ翡翠の瞳。
人間に戻ったということは真実の愛とやらを見つけたらしい。名無しが「人間に戻らなくても好きだ」と言ったからだろうか。分からない。今そんなことはどうでもいい。
世界で一番美しい瞳が近づいてくる。私たち両想いね、なんて茶化すこともできず、名無しは黙って瞳を閉じた。
美女と野獣パロディ。実はお互い一目惚れでした。
ベルベルとルクセンがいなくなって、もっと金に執着するようになった蘭兄さん。そこでやってきた魔女に金を要求すると獣に変えられてしまった。夢主はそろそろいい年なので早く結婚しろだの言われて逃げていて、ある日森に迷い込んでしまい城に転がり込むという前話。
蘭兄さんも夢主も書くのが久々でいろいろおかしくないか不安です……。
タイトル:英雄様
美しい瞳を見ていたいから眩暈なんかしていられない、ということでお借りしました。