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星になるための仮眠


すっかり夜の緞帳が獄都の空に落ち切った頃。瀬尾梨は談話室の窓から星を見ていた。

獄都の天候や時間帯はこの世と対応しており、太陽や月が見える。今宵は新月のため月は見えず、空にはいくつもの星が瞬くのみである。
いつもは騒がしい談話室に音はない。いつも騒ぎの原因である他の獄卒は任務か外に出かけているか、部屋で過ごしている。任務を除けば誰か一人いる談話室に瀬尾梨一人というのも何だか不思議な気持ちだった。

中の明かりは暖炉だけ。窓から降る光もないため部屋はとても暗い。普段なら当然明かりをつける。ただ、任務から館への帰り道、何気なく空を見上げていたら妙に星が綺麗で。足を止めて惚けてしまうくらいには星が綺麗で。いつもは気にも留めていなかったから余計にそう思って。

だから、星の光だけを見たいと思ったのだ。

寒々しいからか、それともこの世のほど空気が汚れていないせいか。藍色の空に浮かぶ星は美しい。

瀬尾梨は星の名前を知っているほど博識ではない。夏の大三角形や射手座といった星座は耳にしたことがあるくらいだ。佐疫や抹本、意外に知恵がある田噛ならば、今一番空で輝く星の名を知っているだろうか。

「明かりはつけないのか、瀬尾梨」

誰よりも威厳がありながら、かすかに慈悲を感じる声に瀬尾梨は目を見開いた。すぐに隣にやってきた上司へ言う。

「特別理由があるわけではないので、肋角さんが談話室に留まるならつけてください」

「いや、俺は構わんが。どうしたんだ」

肋角の紫煙が吐き出され、瀬尾梨の鼻を刺激する。煙はゆらゆらと揺れて部屋中を覆う。
煙草の臭いは、好きだ。肋角の匂いがするから。瀬尾梨は少し深く息を吸った。

「夜空が綺麗だったので……空を見ています」

「月もないのにか」

「はい」

「何か悩みでもあるのか?」

瀬尾梨は一瞬だけ隣の肋角を見た。尋ねる肋角の赤い瞳は、瀬尾梨を撫でるように見つめている。他の獄卒を見るときと同じ目だ。すぐ視線を空へと戻す。

「いいえ、何でもありません。本当に、何となくです」

「そうか。確かに月がなくとも夜空は綺麗だな」

静寂。何か言わねば。そう考えながら、何度も小さく口を開いては閉じてを繰り返す。言葉は音にならず、暗がりに吸収されていく。
肋角は口元を一瞬緩ませて言った。

「知っているか?こちらで見える星の光は、過去の光らしい」

「そう、なんですか?月も?」

「月は衛星という星の一種だ。衛星や惑星は自分では輝けず、恒星……太陽のような星の光が反射しているだけだが」

「星は全部自分で輝いているんだと思ってました」

あんなに光っているのに自分で発しているものではないのか。肋角に対する感嘆と、星の光の事実にため息が漏れる。

「俺も専門家ではないから詳しくは知らんが、そうらしいな。俺も災藤から聞いた」

「災藤さん、何だかそういうの好きそうですしね」

「……それは暗に災藤のことを女っぽいとでも思っているのか?ならば、瀬尾梨がそう思っていたと伝えておこう」

「や、やめてください!そういうわけではないので!いろいろなものに精通していそうと言いますか!」

怒った肋角も怖いが、災藤も怖いのだ。基本的に穏やかな災藤は激怒するまではいかないだろう。たが、力強く瀬尾梨の頬をつねるくらいはするかもしれない。災藤もかなりの力を持っているため、激痛になることは容易に想像がついた。

「冗談だ」

取り乱した瀬尾梨を肋角がくつくつと笑う。笑えない冗談だ。変な脂汗が出てしまった。瀬尾梨は心臓を落ち着かせるために深呼吸する。


ふと。肋角の話を聞いて、尋ねたいことが頭に浮かんだ。口にしないでおくべきだろうか。しかし、今聞かねば、もう二度と機会はないような気がした。混沌としたこの感情に少しでも光が灯るならば。瀬尾梨は唾を飲んだ。

「あの、肋角さん」

「何だ?」

「私は衛星ですか?恒星ですか?」

瀬尾梨は獄卒として優秀かと言われると、そうではないと思っている。何かやらかして肋角に投げ飛ばされた経験はないものの、大きな成果も出してもいない。淡々と任務をこなしているだけだ。
時々胸がぎゅっと絞られていく感覚がある。自分は、肋角の役に立っているんだろうか。肋角に、捨てられやしないか。
もともと明るくない部屋が少し暗くなった。瀬尾梨は制服を小さく握る。

「――――瀬尾梨は自分で輝けているだろう。何せ、この俺が選んだんだ。自分で輝いていてもらわないと困るな」

静かで、優しい語り口だった。

この特務室の獄卒は、肋角が拾ってきた者が獄卒となる。瀬尾梨も例外ではない。獄卒になった経緯はあまり覚えていないが、肋角が手を取ってくれたことだけは胸の奥にしっかりと存在している。

肋角の言葉に瀬尾梨は目を細め、唇をほころばせた。

「そう、ですよね。変なことを聞いてすみません」

「気にするな。そういうこともあるだろう。……俺は執務室に戻る。瀬尾梨、星を見るのもいいが、早めに休むように」

「はい。もう寝ます」

肋角が頷き、談話室から離れた。だんだん音は遠ざかって聞こえなくなっていく。

再び静寂が訪れる。もう一度空を見上げた。それもすぐにやめて誰もいなくなった談話室を出る。そして自らの部屋に向かった。



夜雀さんから「獄卒夢主で切甘or甘肋角夢」でした。あまり切なくもないし甘いからは死ぬほど遠くなってしまい、申し訳ない限りです……。
肋角さん大好きなのですが、いかんせん書くのがかなり難しいです。
星というと死ぬか輝くかのイメージが強くいのですが、獄卒は死なないので輝く方を取りました。「肋角さんに見てもらえるような星になる」みたいなイメージです。仮眠要素がないのがダメダメですね。
夜雀さん、リクエストありがとうございました!ご期待に沿えたかは分かりませんが、楽しんでいただけたなら幸いです。

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