ロマンスはたった一度だけ
※「名前のないおとぎ話」、「リストランテ・ボヌール」を読まないと分かりにくいです。
よろしければどうぞ。
イシュタルカップが始まり早何時間か。恋仲である名無しと、途中からビリーとも共にロビンは観戦していた。
「水辺いいなあ」
今は水辺のコースを選手たちが走っている。それを見て、名無しがぽつりとこぼした。
日差しは肌を刺激するどころか的確に攻撃しにきているほど強い。湿気はそこまでなく乾いているものの、熱気がすさまじいせいで暑いことには変わりがない。そんな中で長袖チャイナワンピースなど着ていれば呻きにも似た声になるのも当然だろう。
料理を作ったり、砂漠に連れてこられて砂嵐が痛いなどと言ったりするので、概念礼装という存在であっても五感はサーヴァントと変わらないらしい。
「そりゃそうだろうねえ。かくいう僕も暑いけどさ。それ、着替えられないの?」
「うーん、やろうと思えばできると思うんですけど」
「じゃあやりゃあいいじゃないすか。暑いんでしょ」
ロビンとビリーが言えば、名無しは顔を歪ませる。しばらくしてぼそぼそ何かを呟いた。
「何です?」
「だって……センスが問われるじゃん……」
そこなのか。ロビンは呆れた顔で、ビリーは多少納得がいったような顔で名無しを見た。
「あのねえ、生前ろくにおしゃれなんてものに触れなかった奴がいきなり服装を考えてみてって言われて悩まないわけないでしょ!」
目を見開き断言する。男と比べ、ファッションに様々なバリエーションがある女なら致し方ないことなのかもしれない。
そこでロビンは月の裏側での格好を思い出す。長いジャケット、キャミソール、ショートパンツ、サンダルに近いブーツ。夏の恰好にはぴったりだ。
「じゃあお嬢、あれは?月の裏側のときの恰好なら、ジャケットなしにすればちょうどいいと思いますけど」
「んー、そうだけど……」
またもごもごと口を動かす。あまり気が乗らないようだ。何か他の案はと考えるロビンとは違い、ビリーは何か察したらしく楽しそうに目を細めた。
「なるほどねえ。だったら誰かに相談してみたら?例えば、」
「ジャネットはなんか絶対自分が好きなセンスで言ってくるし、エリザとかおそろいにしようとか言ってきそうだし、BBは馬鹿にしてくるだろうし、アタランテはいないし、嫌です」
ビリーの言葉を遮り、仲の良い女サーヴァントたちを並べて却下する。容易に想像できてしまうのは、ロビンがその様子を遠くから近くから見てきたからだろうか。月の裏側の頃も、初めてここに来た頃も、友達なんていなかったはずなのに。同性と楽しそうに会話する名無しは、戦いなど知らぬ少女そのものだ。微笑ましい反面、ほんの少し、ほんの少しだけ、そちらを優先しすぎて嫉妬してしまうこともあるけれど。
眉間に皺を寄せたままの名無しにビリーは苦笑する。
「違うって。グリーンに相談すればいいじゃない。ねえ?」
「は?オレ?女もののことなんかあまり分からねえ、よ……」
口にされて気が付いた。ああそうか。このお嬢さんは、オレに違う恰好を見せたいのか。頬を赤く染めてあたふたしている少女を見て、口角を上げる。
「僕、ちょっと売店でも見てくるよ。興味あるしね」
お邪魔虫は退散しますとばかりにビリーがそそくさと消え去った。
あたふたしていた名無しは体育座りをして顔を隠している。ほんの少し顔を上げてロビンを睨んだ。とはいっても可愛らしいもので全く痛くない。むしろ顔がにやけてしまいそうになるだけだ。
「……せっかくなら違う恰好したいっていうだけだからね」
「はいはい、そういうことにしておきますかね」
「…………ロビンはどういうの、好き?」
急に瞳を潤ませていじらしく言うものだから、ロビンの胸に矢が刺さった。一瞬サーヴァントたちの声が聞こえなくなあった。特別美少女というわけでもないのに、たまにぐっとくる表情や声音をするから困る。しかも無自覚らしいからタチが悪い。
ときめいたのを誤魔化すように視線を青空へ向けて言う。
「そうっすねえ、せっかくなんで、水着とか見たいですねえ」
「水着……」
再び名無しが思い切り顔をしかめた。先ほどの少女と同一人物とは思えないくらい渋い表情だ。
「ああいうやつ?」
名無しが指した巨大なスクリーン上にはバーサカーならぬランサーの源頼光と三蔵法師が映っていた。二人とも面積の少ない水着で、大きな胸を揺らしている。三蔵法師に至っては実は水着ではないというのだから驚きである。
大きな胸には嫉妬と憧れがあるのか、名無しの目つきが鋭くなっていく。
「さすがにそういうのはお嬢が嫌なんじゃねえの」
オレは気になりますけど、という言葉を飲み込む。名無しの胸は決して大きくはないが、小さくもない。それに恥ずかしがる名無しを見てみたい気持ちもあった。そんなことを口にしたらやっぱりやめる!と言うに違いない。大人しく黙った。
「でも水着とか、ほんと着た覚えないから分からない……」
「そうっすねえ……」
ちょうど視界にセイバー、ではなくライダーのモードレッドが入った。白いセーラーワンピースに身を包んでおり、普段の厳つい鎧姿から想像もつかない無邪気さを醸し出している。
「ああ、ああいうの、お嬢に似合うんじゃないです?」
「……やってみる」
しばらく考え込んだ後、名無しが目をつむる。すると光に包まれ、恰好が変わっていた。白いセーラーの襟。注視しそうになる胸元のリボン。普段と同じワンピースとはいえ水着だからか丈はかなり短く、少し脚を動かしただけで縞々のパンツ部分が見える。背中は横にストラップ部分があるだけで丸見えだ。
月の裏側では脚は出していたものの、露出することに抵抗がある名無しが。ここまで。ロビンは思わず舐め回すように視線を注いでしまう。
視線に耐えられないらしい名無しは先ほどよりずっと顔を赤くさせて言う。
「……何か言ってよ」
「いやあ、お嬢がめちゃくちゃ可愛いんで、すぐ言葉が出なかったわ」
「……ばか」
罵倒しつつも満更でもなさそうだ。素直ではない少女に笑みがこぼれる。
「そうやって変えられるんなら、たまにはオレのリクエストに応えて別の衣装着てくださいよ」
目を合わせようと覗き込むようにして見ると、名無しが言った。
「…………いいよ」
いつもは否定や軽い罵倒から入るくせに、こうしてたまに素直にロビンの言葉に頷くので、調子が狂う。
「可愛いぜ、名無し」
それを悟らせないよう、もう一度言ってやった。名無しはゆでだこのようになりながらロビンの手を握った。
瑞織さんから「緑茶とおとぎ話(リストランテ)の夢主の話」でした。
本当はシリアスを書くつもりでしたが、今年やたらと暑く、しかも今は2017の水着イベ復刻中で、夏の話にしようと思ってこれでした。しかし、他のサーヴァントもいる中で何をやってるんでしょうか。いつものことでした。
夏のロマンス=水着(になるのは)たった一度だけ。無理矢理感がすごい……。
早撃ちガンマンとコーヒーの後という設定です。あと夢主が着ているのはセーラービーチウェアです。
瑞織さん、リクエストありがとうございました!ご期待に沿えたかは分かりませんが、楽しんでいただけたなら幸いです。