目蓋は密やかに恋う
長い睫毛が、影を作る。透き通った白い肌はむしろ病的だ。彼女は、その肌と同じように白い紙へ何かを描いていた。
「名無し」
声をかけると顔をあげ、真剣な眼差しを一気に霧散させた。ぎこちないが、柔らかな笑み。それを見るだけで心が温まる。
「正雪君、もう…いい、の?」
「ええ。規則を破った生徒の処罰は他の者に任せました」
「そう、なんだ」
ほっとしたように息を吐く。いくらここでの生活に慣れ、名無しに手出しするなと命令したとはいえ、一人だとやはり怖いのだろう。周りは男ばかりだし、仕方ない。それでもいたいというのだから、よほど家は恐ろしいのかもしれない。だが、そこまで私が入りこんでいいものでもない。
「正雪君は、つよ…い、よね」
突然、名無しは言った。どうしたのだろう。自分には分からない。
「どうしたのです、急に」
「ううん。羨ま、しい…なって」
「……私は、強くありませんよ」
きっと、自分を守るのに精一杯で、貴女を守れやしない。名無しはそれを謙遜と受け取ったのか、ふるふると首を振った。
「あのね、正雪君。目……閉じて、くれ、る?」
「はあ、構いませんが」
瞼を閉じる。名無しが私に近付いてきた。少し動いただけで触れそうなほどの距離。何をするというのだ。それでも私は目を開かない。開いてしまってはいけない気がした。
軽く瞼に何かが触れた。触れたかもよく分からなかったが、柔らかいものだった。そこで目を開けた。彼女は青白い顔を赤くさせながら言った。
「本当に、強い…人は、弱さも…抱え、てる人、だから。正雪君は、強い、よ」
そして微笑む。
「名無しには敵いませんね」
離れた彼女との距離を詰め、頬に手を添える。
「正雪、君?」
私も同じように彼女の瞼に口づける。赤かった顔はさらに深くなる。熱でも出そうなほどだった。
「貴女のためにも強くならないと」
名無しはついに耐えきれなくなったのか、スケッチブックで顔を隠し始めた。
ああ、なんて、愛おしいんだろうか。
タイトル配布元:寡黙様