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糖分過多の言の葉


二月十四日。バレンタインデー。世界だと男が女へ花などを手渡すことになっている。ただし日本は女がチョコレートを手渡す側だ。

白澤の恋人、名無しもチョコレートを使って何か作ろうと奮闘していた。わけではない。
仕事が立て込んでそれどころではないのだ。白澤には悪いが、何も用意していない。できなかったのだ。無理矢理取り繕っても意味はない。そう思いあえて名無しは仕事に集中していた。

「あれ、これ納期いつだっけ。今日の何時?」

バレンタインデーということを忘れるように仕事する。寂しいかもしれないが、あの世もこの世も似たような人たちが多いに違いない。
スケジュールを確認し、焦って完成させようとする。普段なら余裕を持って終わらせるが、今回は調子に乗って仕事を詰めすぎた。名無しは過去の自分を呪う。


半日以上そんな状態が続き、終わったのは既に夜だった。

「うっわ、もうこんな時間か…終わってよかったけど」

ぐっと体を伸ばし、一日まともに動かしていなかった筋肉をほぐす。ほとんど何も食べていないので腹が鳴いている。はあ、とため息をついた瞬間。


「名無しちゃん、お疲れ〜」


ここにいないはずの白澤の声がした。目を丸くし慌てて振り返ると、疲れからくる幻聴ではなくちゃんと白澤がいる。勝手に作った合鍵でいつの間にか入ってきたのだろう。

「え、あの、なんで…」

「今日バレンタインデーじゃない」

とは言うものの、もう外は黒に染まっていて出かけるような時間ではない。本当にそれだけのために来たのかと勘繰ってしまう。

「でも私、何も用意してませんよ」

「え?ああ、日本は女の子がくれるんだっけ。中国はね、男が女にあげるんだよ」

名無しは失念していた。普段は気にしていないが、白澤は中国に縁のある神獣なのだ。
ちょっと待ってね、と白澤が玄関に消える。そしてすぐに大量の赤いバラを持ってきた。花の甘い香りが鼻腔を刺激する。

「バラ?」

「あ、まだあるんだ」

「まだ!?」

持ってきた分だけで大量なのにまだあるの?名無しは驚くばかりだ。声も出な名無しに白澤は言う。

「だって九十九本持ってきたからね」

「はぁ!?何でそんな数…」

「天長地久。いつまでも変わらぬ愛って意味だよ」

はい。そう手渡す白澤は、いつも浮かべるへらへらした笑いではなかった。目は慈愛をたたえ、口元はゆるく弧を描いている。二人きりの時に見せる表情に名無しは胸が高鳴ってしまう。

今までバレンタインデーはチョコレート会社の策略と思っていた名無しには嬉しくて仕方がない。しかも相手は恋人……という点ではなく、女癖に難があった白澤。いつまでも変わらぬ愛なんて以前聞いたら鼻で笑うところである。今も正直信じがたい。それでも、目頭が熱くなる。

「……白澤さん。私、嬉しい、です」

「それはよかった」

「ちゃんと全部飾ります。それと、私も何か贈ります」

「別にいいのに」

白澤は言うが、名無しが気にする。何にするか今度決めようと思った後、あることに気付く。

「白澤さん、なんでこんな時間に来たんですか?」

普通なら昼に来るはずだ。白澤はああそれはねと答える。

「一回来たんだけど、僕に気付かないくらい忙しそうだったからやめたんだ。前邪魔したら本当に不機嫌になって怒られたし。だからちゃんと仕事してたよ」

いやそれは全体的に当然ですけど。突っ込みたいが、褒めて褒めてと言わんばかりに笑う白澤に毒気を抜かれる。これで白亜紀から生きてるというだから呆れる。軽くため息をつき、背伸びして白澤の頭を撫でた。すると今度は逆に名無しが頭を撫でられた。


「名無しちゃん、お疲れ様」


優しい手つきと声音、そして部屋を包むバラの香りに、名無しは疲れが吹き飛んだ気がした。


バレンタインデー、たまにはいいな。撫でられながら名無しは笑った。







今回は三位の白澤でした。もうそろそろホワイトデーだよ大遅刻。
エセ白澤感が半端ないぞ…どうしてだろう。
本当は「長」は中国語だと違うんです。でも環境依存文字になってしまうかもしれなかったので、日本漢字のままにしています。
投票してくださった方々ありがとうございました!短くて申し訳ないです。
バレンタイン爆発しろ!!


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