恋する友達を見て、私とは違うなと思った。
かっこいい。好き。ふとしたら考えてる。好き。一緒にいたい。好き。そんな風にぽんぽん恥ずかしい言葉を出しても、全く気にしていなかった。恋している自分に酔っているわけじゃない。真剣に、純粋に、その人のことを想っていた。
私は、そんな友達がどんな美少女よりも可愛く思えた。私はなれないだろうな。羨ましくもあり、悲しくもあった。
でも、ある春の日、彼を見た。
体育館。落ちたボール。シューズの音。野太い声。せわしなく動く選手。その中で、彼が一際輝いて見えた。
あの時から、彼のことが忘れられない。彼のことを思えば、あたたかな気持ちがこみ上げてくる。そして気付いたんだ。
ああ、これが恋なんだな、って――――。
2学年に上がり、担任やクラスメートが変わる。周りの環境の変化にそこそこ慣れてきた、5月の昼だった。
「あのね、バレー部の先輩がめっちゃカッコいいの!」
「ふーん」
サンドイッチを食べながら、友達の細田が鼻息荒く言った。私は無表情で相槌を打つ。
私が通う梟谷学園の男子バレー部は強い。全国出場という横断幕が去年掲げられたくらいだ。その中でレギュラーをもぎ取った先輩が好きなのだと、細田が荒ぶっている。
「この人!木葉先輩って言うの!」
そして見せてきたスマホの中には、釣り目でさらさらな髪の男子と、気だるげな目で猫っ毛な男子が映っている。
どっちなんだ。猫っ毛な男子は学校で見たことがあるような気がする。それにしても、いつ撮ったんだろ。
「どっち?」
「釣り目の方!」
「あんた、こーゆーのタイプだっけ?合わなくない?」
いつもテレビでも漫画でも、キャーキャー言うのは爽やか系だったはず。この釣り目の男子みたいな、軽そうで食えない系じゃない。
冷たく突き放す私に構わず、細田は続ける。
「そうだけど。好きになっちゃったもんは好きになっちゃったの!」
こんな大声で話すことなのか、それは。ここ教室なのに。
熱っぽいため息をつく彼女はまさに恋する乙女だ。顔をしかめて恋バナを聞く私とは大違い。
「ふーん。こっちの男子は誰?同じレギュラー?」
片方の男子が気になって尋ねた。細田は信じられないと言わんばかりに目を見開く。
「え、瀬尾梨知らないの?赤葦君だよ、6組の。体育同じじゃん」
だから見たことあったんだ。あー、そっか、と納得する。
細田曰く、彼は2年にしてバレー部副主将。クールで長身だからモテるんだとか。そういえば、時々名前耳にするな。私は色恋沙汰に疎いから知らないけど。
「瀬尾梨ってほんと、興味ないことには関心示さないよねー」
「うん」
名前聞いただけで気になるなんて、芸能人じゃないんだし。自ら行動するほど積極性があるわけでもない。部活にも入ってない私は、情報はもっぱら数少ない友達からもらうことになる。何回も会わないと人の名前をろくに覚えない私が、覚えているだけで快挙だと思う。
「ね、明後日私部活ないから、バレー部の練習一緒に見に行こうよ」
それよりも、と身を乗り出して細田は提案してきた。うわ、めんどい。
「え、やだよ……それに邪魔になるじゃん」
「だからちょっとだけだって」
お願い!そう両手を合わせる細田は、不本意ながら可愛い。私は肩をすくめた。
「…………本当にちょっとだけね」
「やった!」
顔をあげて細田は笑った。
恋する乙女は、強いなあ。
「おーい、瀬尾梨」
放課後、エナメルバッグを持ってさっさと教室から出て行く。まっすぐ帰ろうとしたら、私よりも先に廊下に出ていた担任に呼び止められた。舌打ちしたいところを何とか抑えて振り返る。
「何ですか?」
「この後倉本先生にこの書類渡しといてくれないか?俺、この後部活行かなきゃいけなくてさ。そっから用事ですぐ帰んなきゃいけねーし」
「はぁ」
「倉本先生、バレー部の顧問だから多分体育館にいると思う。じゃ、よろしくな!」
体育館って、ここいくつあると思ってんだ。バレー部ってどこでやってるんですか?尋ねる前に、先生は私に書類を渡して消えてしまった。
知ってそうな細田ももう部活に行っちゃったし……こうなったらしらみ潰しに行くしかないか。私はようやく重い足を動かした。
まずは校門近くの体育館にやってきた。理由はここだったらすぐ帰れるし、楽だと思ったから。もし違ったら悲惨なことになるんだけど。
まだ始まる前だからか、何も音がしない。部室で着替えてる頃か。ドアを開けて中に入ってもボールすら準備されておらず、どこの部活か分からない。
どうしよう。手にしている書類に視線を移す。他の体育館に行くのも面倒だ。
「あの、どうしたんスか」
男子の声が聞こえて、声がした方に目を向けた。気だるげな目をした猫っ毛の男子が、すでに運動着で立っている。
この人、赤葦君、だっけ。昼休みに見た写真と脳内のおぼろげな姿と一致する。
向き合って彼を見るのは初めてで、不躾ながらも観察してしまう。
180はありそうな長身。無表情ながらも大人っぽい雰囲気。顔だって平均より上。それでいて、2年にして強豪バレー部の副主将というスペック。そりゃモテるわ。
視線が合ってしばらくして、赤葦君から口を開いた。
「瀬尾梨、さん、だっけ。どうしたの?」
……なんで私の名前知ってるんだろう。クラスは遠いし、ちゃんと会ったことすらないのに。
「昨日、表彰式で壇上に上がってたから……」
思いっきり私が不審な顔をしてしまったのか、赤葦君が気まずそうに言う。
そうだった。昨日、料理コンクールでの賞貰ったんだった。うちの学校、表彰式にも隣に何故かスクリーンあるし、顔も昨日ならまだ覚えてても不思議はないか。
納得した私は彼に謝った。
「あ、そ、そっか。ごめんなさい。えっと、君は赤葦君、だよね?バレー部のこと、友達からたまに聞くよ」
「そうなんだ……ありがとう」
赤葦君は一瞬目を見開いたけれど、すぐに元の表情に戻った。
それから私は彼に聞いた。
「赤葦君がいるなら、ここバレー部で合ってる?」
「うん。どうかした?」
「河野先生にこれ倉本先生へ渡してくれって頼まれて、探しててさ。今いるかな?」
「あー、倉本先生はついさっき職員室行ったから、俺が渡しとこうか?」
「えー、じゃあお願いしてもいい?」
「いいよ」
彼に書類を渡す。別のドアからどんどん部員らしき男子がやってくる。
「赤葦君、練習頑張ってね」
私は月並みな応援をして体育館を出た。
任務は終わった。早く帰って、課題やって、たまったアニメ見よ。
「瀬尾梨、バレー部見るよ!」
二日後。ホームルームが終わり、席を立った私の腕を細田が掴む。バレー部見るんだっけ。完全に忘れてたわ。
私はいつもより二割増笑顔の細田をじとり見た。
「本当にちょっとだけだからね」
「分かってるって。最初準備してるだろーから、30分教室で待とう」
とは言ったものの、30分どころか1時間弱も教室で他愛もない話をしてしまった。かといって慌てる必要は特にない。私と細田はのろのろと男子バレー部が使用している体育館へ向かった。
そういえば、赤葦君、今日もいるのかな。一昨日会った彼を脳裏に思い描く。レギュラーだし、真面目そうだからきっといるだろう。
目的地に近づいてきた。開いているドアから声が漏れている。同時に運動部特有の音も聞こえた。
私たちはそっとドアに手をかけたまま覗きこんだ。すぐにコートにいる赤葦君を見つける。
でも、昨日会った彼とは違った。気だるげだった目に、強い意志が表れている。目が離せない。
「あ、木葉先輩!かっこいいなあ」
騒ぐ細田の声も頭に入らない。
素早くボールも人も移動する。スポーツの知識がほぼゼロの私には、何が何だか分からない。それでも私は赤葦君から目を動かさなかった。
赤葦君がボールを上げた。素人の私でも分かるくらい綺麗な円を描いて、特徴的な髪をした男子に行き渡る。
その人はそのままボールを打った。床に強く叩きつけられたボールは、体育館の壁に当たって跳ね返った。
「ヘイヘイヘーイ!!」
強烈な攻撃をした人は、それは嬉しそうに赤葦君に絡む。赤葦君は鬱陶しそうにしながらも、軽く微笑んだ。
息を飲む。顔が、熱い。顔だけじゃなくて、胸も、頭も熱い。まだ夏じゃないのに。
きゅん。そんな音が、胸から聞こえた気がした。
「あー、木葉先輩、カッコいいしか言えないや。見れてよかった!じゃ、帰ろっか、瀬尾梨。……瀬尾梨?」
「え、あ、うん」
ぼーっとしていた私は細田の声でようやく現実に引き戻される。慌てて体育館から距離を遠くした。
「いやあ、スポーツマジックってすごいね。誰でもカッコよく見える」
「そんなことないって!先輩はいつでもカッコいいよ!」
「え、まさか三年の階に入り浸ってんの?」
「違うってばー。確かにバレ―してる時が一番カッコいいけど!」
興奮している彼女の話が右から左に流れていく。何とか返しながらも、頭は赤葦君の真剣な表情と微笑みでいっぱいだった。
じくじくと胸の奥が痛む。でも、それはちっとも不快なんかじゃなかった。
――――カッコよかったな。
そんな風に、単純に思ったのだ。
始まりましたすみませんでも反省しません。
私の作品は相手から言い寄られるのがほとんどなので、ヒロインが恋するのってすごく珍しく新鮮なんです。なので、書きたくなったのです。です!!!
5話前後で終わる予定です。いつも通り少女漫画。最初のポエムとかそんな感じですよね。甘酸っぱいになれたらいいけど多分ならない。
ヒロインはチョロインなので許してください。あと友達割と出張ります。地味に友達の方も進んでいる描写をするかもしれないので、そこも見ていただけたら。
タイトル配布元:taste様