何だかうちの応用生物学部と調理学部でよく分からない対決が始まった。正直さっさと帰りたい。負けた方は吸収されるらしいんだけどどうでもいいし。
舞先輩と戦った女の子可哀想に。追われる私は怯える気持ちよく分かるよ、なんて同情してたくらい。
次は視覚対決。ってことはウラジ先輩出るんだ。
「瀬尾梨、東条先輩だよ!」
「彼氏の勇姿ちゃんと見ときなよー」
両隣にいる友人がマジでウザい。つーかアホなことしてるしあの人ホント恥ずかしい。
あ、今度も女の子なんだ…私と違って可愛い。まぁいいですけどね!
そんな風に自嘲していると、ウラジ先輩が相手の子に顔を近づけていた。そりゃもう近く。近くね?もうちょっとでキスできちゃうじゃん。なんでそんな近くにいるわけ?心の中がもやもやしていく。
ふと隣を見ると友人たちがニヤニヤしている。ものすごく殴りたくなる顔なんだけど。なんなん。
「瀬尾梨やきもち妬いてるー」
「かーわーいーいー」
「はァ!?そんなわけないから!」
「もういいよこのツンデレ!」
「リア充めが!」
「だから違うっつーの!」
あぁもうこいつらの相手してたらいたちごっこだ。やめよ。苛立ちは消えず、ただ試合を見ていく。
ウラジ先輩が勝ちそうになったそのとき、イケメンカニ頭さんが現れる。ウラジ先輩蹴られて大丈夫かな。あれ絶対痛いだろうし。
話の流れで雲居さん?が勝負を受け継ぐことになって――――先輩が、負けた。メープルシロップの海に落とされ、律儀に約束通り全部飲みほして、どろどろになって出てきた。
「ちょっとトイレ行ってくる」
「行ってらー」
多分嘘だってバレてるだろうけど、別にいい。移動しようとする先輩を待ち伏せする。のろのろとこっちに向かってくる。視界に私を捉えた。
「……名無し?」
「お疲れ様、です」
労わりの言葉をかけると、先輩は嘲笑した。
「俺、だっせーよな。負けちまった」
そう言いつつも表情はどこか晴れやかで。
「本当の本物ってのは、どんな奴にでも分かるんだな…」
ウラジ先輩は本物が分かるから、昔から馬鹿にされてきて。だからさっき女の子に馬鹿にされたときだってそのことを思い出したに違いない。
でも、でも。
「先輩って最低ですよね」
「何だよ急に!」
「だってあの子貧乳って言われたくないから詰めてるんですよ?胸がないの気にするのって野郎が身長低いの気にするのと同じです。ホントデリカシーないですね」
「人が落ち込んでるのに畳みかける名無しの方がデリカシーねぇよ!」
「だって…」
「だって、何だよ」
先輩から目を逸らす。だって言えないじゃん。美少女と顔近かったからムカついてますなんて。馬鹿じゃん。フツーに恥ずいじゃん。黙る私にウラジ先輩はニヤリと笑った。
「はーん、お前まさか…」
「何ですかニヤニヤして気持ち悪いですよ」
あーもー。気づかれた見たい。ほんっと恥ずかしい。誤魔化すために暴言を吐いてみるけど、何の効果もない。
「お前、やっぱ可愛いな」
「んなっ、」
か、かわ…っ!?不意に言われて焦る。顔、茹でたこみたいになってそう。金魚のように口をぱくぱくさせてしまう。でも、これは言っておかないと。
「あの、先輩」
「あン?」
「勝負は負けちゃいましたけど…その、かっこよかった、ですよ?」
あー、くっそ。俺の羞恥心が既に限界点突破してるんだけど。もうやだ死にたい。
そっぽを向いていると、口元を歪めたまま先輩が近づいてくるので慌てて止めた。それに眉間に皺を寄せる先輩。
「何だよ」
「先輩メープルシロップでどろどろなんで、落としてきてくださいよ」
「……チッ」
そしてそのまま進むウラジ先輩の背に向かって付け加える。
「落としたら、その…好きなこと、していいです、よ」
「………すぐ落とすから俺のラボの前で待ってろ名無し!」
そう言い捨ててメープルシロップを辺りに散らしながら走り出した。…言わない方がよかったかな。でもまぁ、いいか。たまには、ね。ラボの前で、待っててあげよ。
今日は家に帰れそうにないな、なんて思いながら、私もようやく中央競技場を出るのだった。
タイトルはこれですけど別に某曲はイメージしてません。それ以前にメープルって蜂蜜じゃないし。
この後洗ってるイソギン待ってて北方先輩に「このバカップルが」みたいな目で見られる。北方先輩は先輩で可愛がってくれてますが。