修学旅行というのは、最高学年になってから一番の楽しみといっても過言ではない。それは椚ヶ丘中学校でも同じことである。どうせいつものようにグリーン車か普通か等で差別されるんだろうが、そんなことは些事だ。
「湊、一緒の班になろうよ!」
皆好きなように班決めをしている。湊も誰となるべきか決めあぐねていた。そんな折に友人であるカエデが誘ってくれた。
「いいよ」
特に断る理由もないため、軽く承諾する。正直苦手な人がいなければ誰でもいいのだ。E組のクラス雰囲気は殺せんせーが来てからだいぶ良いため、そんな人物は少ないのだが。
「あ、やっぱり湊も同じ班だ」
「っていうか、カルマ君黒瀬さんいなかったら別の班行く気だったでしょ…」
「うん」
カエデに連れられたスペースには当然のごとくカルマがいた。カルマを視界に入れた途端顔が歪んだのは仕方ないことで。そんな湊へカエデが苦笑して謝る。
「え、えっと湊、ごめんね」
「ううん、なんかもう予測できたし、大丈夫だよカエデ。奥田さん神崎さんよろしくねー」
カルマの他には潮田渚と野球少年杉野友人、化学少女奥村愛美にストレート美人神崎有希子。渚はいつもの通りとして、奥村はカエデが誘って神崎は杉野が誘ったんだろうということは容易に想像できた。彼女は清楚で誰でも好かれそうな性格をしているからだ。
「あ、はい!よろしくお願いします、黒瀬さん」
「よろしくね、黒瀬さん」
可愛いなとか美人だなとか一瞬妬んだがすぐさま消える。机を寄せ合い、旅行雑誌を広げてどこへ行くか話し合う。その途中、誰かが湊に抱きついた。背中に伝わる規格外なくらい柔らかい弾力はイリーナだろうか。
「湊、ちょっと仲間に入れなさいよ!」
「え、ど、どうしたんですか?」
「湊まで私を留守番にする気じゃないでしょうね!?」
「あの話読めないですイリーナ先生」
混乱する湊を放って一方的にまくしたてるイリーナ。戸惑う湊に代わってカルマが言う。
「ちょっとビッチ先生、湊は俺のだよ」
「まだあんたのじゃないでしょクソガキ。あ、ここいいわね行きたい」
つまり一人置いていかれるのは寂しいということらしい。なんだ、可愛いな先生。湊は微笑ましくなる。カルマの戯言は無視することにした。
「もうそろそろ俺のになるし」
「湊はやらないわよ!湊、こいつと半径100メートルは近づくのやめなさい」
「んな無茶な」
そこからカルマとイリーナとの喧嘩になり、烏間がイリーナを引っ張ってったのは五分後のことである。
そして待ちに待った修学旅行当日。新幹線に乗りこむ椚ヶ丘中学三年生。やはりAからD組はグリーン車、E組は一般車だった。一緒に行けるだけ良心的なのだろう。おそらく。
「湊ー、一緒に座ろ」
「カエデー、座ってい?」
「う、うん。いいよ」
「完全スルーって悲しいよ湊」
カルマの言葉を右から左へ受け流し、湊はカエデへ尋ねた。少しは他の男子とも仲良くするべきだという配慮である。渚以外と一緒にいる場面を見たことがない。強いて言うなら杉野くらいなものだ。
「カルマ君すごいね、場所変わっても…」
席に座るとカエデが引きつっていた。やめてほしい。神崎がねえ、と少しうんざりした顔の湊へ話しかける。
「黒瀬さんって赤羽君嫌いなの?」
「嫌いではないけどうざいかな」
「い、一刀両断ですね」
そうだ、嫌いではないがうざい。これに尽きる。一人で勝手に納得する。この話題から何か別の物へ変えようと、湊はリュックを漁りカードの束を取り出した。
「そんなことよりウノしようよ」
「あ、いいね!」
「誰か切るの上手い人ー」
「私やろうか?」
「じゃあ神崎さんお願いー」
「う、ウノ?」
「奥田さん知らない?おいおい教えてくねー」
なんか修学旅行っぽい!どうでもいいことで感動してみる。窓から過ぎ去っていく風景を見て、これからの数日間が楽しくなる予感がした。
だが現実は、何が起こるか分からない。超生物がやってきた日のように。
「…ッ、犯罪ですよねコレ。男子達あんな目に遭わせといて」
高校生が男子達を暴力で気絶させ奥田を除く女子を拉致。カルマでさえ油断して倒れた。どう見ても豚箱行きの行動である。不良少年がつい出来心でと答えて許されるものではない。
気丈に振る舞い睨むカエデをけらけらと笑ってリーダー格の男は言う。
「これから夜まで、台無しの先生が何から何まで教えてやるよ」
ぞわり、と。何をされるのか想像して、戦慄した。鳥肌が、産毛が立つ。拉致さられるなんて当たり前だが始めてだ。年齢と男女の差は歴然、抵抗をしてもやられるがままだろう。息が自然に荒くなっていく。カエデと神崎は気を強くしている。湊はとてもじゃないが真似できない。怖いものは怖いのだから。
――――もし、もし私のこと好きなら、助けに来いよ、バカルマ。
そんなことを一瞬思ってしまった。嫌いではないけれどうざい。そのはずなのに。自分でもよく分からなかった。窓を見れば、日が落ち始めていた。
しばらくして、殴られ気絶したカルマたちが目覚めた。カルマは激怒していた。湊が攫われた。その事実が許せなかった。高校生たちに、ではない。もちろん彼らもだが、一番は自分に、だ。好きな子を守れない。なんて情けない男だろう。
「とりあえず死刑決定だね」
俺をパイプで殴ったあいつは去勢でもしてやろうか。物騒なことを考える。感情が限界に達した人間は無表情になるらしい。カルマも無表情だった。そんなカルマに渚や杉野、奥田は話しかけない。
「あ、これ…!皆見て!」
そう言って渚が見せてきたのはあの分厚いしおり。そこにはクラスメイトが拉致られた時、と書いてあった。
「……よし、これであいつら殺…探そうか」
不気味に笑うカルマに冷や汗を垂らし、渚は携帯を取り出した。
「と、とりあえず殺せんせーには連絡しよう」
殺せんせーに電話する渚を横目に、カルマは遠くを見つめる。湊は危ない目に遭っていないだろうか、その前に助け出さなきゃ…湊が好きな漫画みたいにね。そんなことばかりが頭を横切っていく。
――――君が好きすぎて、俺は心配だよ。
脳裏にはカルマの言葉に顔を赤らめた湊が移った。
修学旅行前篇。ということで。本当は修正前もここらへんでいい感じに切りたかったのです。
なんでカルマ君はヒロインがそんなに好きなの?とかは後々説明していきます。
タイトルはJ.S.バッハより。