「ほら、湊ここ行きたかったんでしょ?」
テストで5位以内だったらデート。そんな約束をしっかり果たされたため、湊とカルマは日曜に駅で待ち合わせ、とある場所へ向かった。水族館である。休日ということもあって家族連れやカップルが多い。
「なんで知ってんの…」
確かに水族館には行きたかった、が、カルマへ言った記憶はいくら引き出しを探してもない。カルマはその問いに答えず受付嬢へとチケットを二枚渡した。
「え、ちょっといつの間にチケット買ったの?」
「テスト終わった帰り」
ということはよほど手応えを感じたのか。実際彼のテスト結果は良かった。しかし、嫌味な答えである。湊はジトリ見てみるが何の効果もなかった。
デートっていうのと相手が赤羽ということはこの際置いといて、めいっぱい楽しもう。気持ちの切り替えって大事だよね!そう考えて水族館へ入っていく。
久々に来た水族館に子供のように目を輝かせ、持参してきたデジカメで泳ぐ魚達を撮っていく。そこで湊がある生物を目にして指差した。
「あ、サメ!かっこいい!」
ジンベイザメである。あまり大きくないとはいえ、普通の女子高校生でサメが好きな者はあまりいないだろう。カルマもそれを聞いて一瞬何とも言えない顔をした。
「……女子なのにサメとかシャチが好きなんて、湊やっぱ変」
まさに変人の象徴のカルマには言われたくない。眉間に皺を寄せてカルマを睨みつけ、非難の声を浴びせようとする。その前にカルマが言い出す。
「まあそういうとこも好きだけど」
「―――――っ」
不覚にも顔が赤くなるのを感じた。こんなに人がいる場所でよくそんな恥ずかしいセリフを口にできるものだと罵りたい。そんな湊を見てカルマは笑っている。一発殴ろうとしたとき、いつの間にか視線を看板に移していたカルマが言った。
「湊、ペンギンとか好き?」
「す、好きだけど。なんで?」
「ショーやるよ。見る?」
「……行く」
少しはこいつに慣れたかな、湊はそう思った。
「見て見て赤羽っ、あのペンギンクソかわ!!」
ペンギンショーが開催される場所まで行くと、やはり人が多い。始まった途端飼育員についてきたペンギンを見て、湊は無意識にカルマの袖を引っ張った。あざとい。カルマは嬉しいものの、複雑な気持ちだった。
「俺的には湊の方が可愛いけどね」
「やばい撮らんと!!」
いつものように攻撃してみるも、何も聞いてはいない。受け流されるのは慣れたが、ここまで滑るのもどうだろうか。
好きな女子が隣で見たことないくらい輝く笑顔を浮かべている。それを見れたのはいいが、対象が自分でないことが悔しい。せめてもの仕返しに、横顔を写メっておいた。湊があまりにも夢中であること、周囲の音で気づいていない。早速カルマは待ち受けにした。
「見て、あのカップル可愛いー」
「彼女夢中ねー」
「中学生くらい?」
設定し終えて満足していると、近くでそんな会話が聞こえた。
そうか、他人から見てちゃんと恋人に見えるんだ。でもこれ、湊が聞いたら全否定するんだろうなあ。あー、好きなのになんで気づかないのかな。
自分でもこんなに好きになるとは考えもしなかった。けれど、この笑顔を見ていたいと思うのだから、やっぱり好きなのだ。
「あー、マジできゃわいかった…」
「満足?」
「うん!超満足っ!」
ショーが終わり、湊がどこか恍惚とした表情で呟く。カルマが尋ねると、湊はさっきペンギンに向けていた笑みと同じものを彼に向ける。一瞬カルマの脳が機能停止した。これは夢かと本気で考えた。湊は大体カルマには赤面か嫌悪の顔しか見せないのだ。
「そういうのってさあ、反則だよね」
地図を見てどこに行くか決めている湊に聞こえないよう、ぽつり呟いた。
親と友達にお土産買わないといけない。ということで、湊はグッズコーナーにいる。カルマは何も買わないらしく、外で待ってるよと言った。親と友達のを探し出し、自分にも買おうかと思っていたら、あるものを見て衝撃が走った。
「(な、何だこの凶悪的な可愛さは…!)」
アザラシのストラップである。いい感じに潤んだ瞳が湊に「僕と契約して、傍に置いてよ!」とでも言うように。すぐにそんな妄想を振り払った。
いくらだろうかと値札を確認してみる。そして驚愕する。高い。ストラップのくせに生意気だ。買うべきか迷うが、今日はそんなに金がない。そういうわけで潔く諦めた。
可愛かったのに。少し後悔しながら、会計を済ませてカルマの元へ戻る。
「ごめん、待たせた」
「あー、大丈夫大丈夫。湊、家まで送るよ」
「え、いいよ別「いいからいいから」
そう言って押し切られた。強引な奴だ。いや、最初からだったと思い直し納得する。
「じゃーね、赤羽。今日は、その、ありがと」
家まで結局送ってもらってしまった。何の迷いもなく歩くので、なんで知ってんだよと突っ込んだら妖しい笑みで「知りたい?」って言われたのでそれ以上追及するのをやめた。
「ん?俺がデートしたかっただけだし、むしろ俺が言うべきかもね。湊が来ると思わなかった」
そんなことを言いつつ、カルマはちゃんと湊が来ることを分かっていた。彼女の性格からして、守らないわけがないのだ。
「う…だって、まあ、一応約束だし…」
「そういう律儀な湊が好きだよ」
「その口縫い付けるぞ」
「あはは、怖い怖い。……じゃあ、また明日」
「ん」
手を振ってカルマが去るのを見送る。すると突然振り返って、何かを放り投げた。
「これ、湊に!」
落とさないようキャッチする。何だ何だ。掴んだ手の中にあったのは、湊が一目惚れしたアザラシのストラップだった。
買って、くれた?つかあいつ外にいたんじゃないの?いつ?疑問に思いつつも胸の中にあるのは嬉しい、という感情で。
礼を言おうとして顔をあげる。カルマはすでにいなかった。もう一度ストラップへ視線を落とす。
明日、もう一度お礼言ってやろう。湊は少しだけ頬を緩めた。
デート編でした。ほんの、ほんの少しだけ加筆しています。セリフ以外は修正しまくりです。多分。
次回の修学旅行編を書いたらようやく新しい話が書けるので嬉しいです。律ちゃんを早く絡ませたい。
タイトルはベートーヴェンより。