赤羽業。業と書いてカルマと呼ぶ。いわゆるキラキラネーム、むしろDQNネーム。顔立ちは整っている。成績は進学校であるこの椚ヶ丘中学校からしてもとても優秀だ。だが、ひとたび口を開けばそれらはたちまち台無しになる。
特別顔が良いわけでも、進学校の中では特別成績が良いわけでもない、世間からすれば普通の黒瀬湊はそんな少年と顔見知りだった。とはいえ、彼が停学になる直前、ほんの少し話しただけだ。
「湊、久しぶりだね」
だから、再会してこんなフレンドリーに接されるようなことはないはずなのである。
「え、ああ、うん」
似合わないくらいにこやかに話しかけられたものだから、一瞬反応が遅れてしまった。
授業中、停学明けとはいえ遅れて彼はやってきた。軽く顔を赤くさせたマッハ20で動く超生物・殺せんせーを無視してまで自分に話しかける理由が湊には分からない。
「湊、彼と知り合いなの?」
「停学直前にほんの少し話しただけだけど」
クラスメートで友人の茅野カエデに尋ねられて湊も首を傾げた。本当にそれだけだ。湊としては特別なことを話したつもりもない。噂に聞く赤羽業は人と積極的に関わろうとする少年ではないはずだ。ますます湊は頭を悩ませる。
湊が話したことがあり、かつ名前を覚えている男子なんて、生徒会長の浅野学秀と目の前のカルマのみである。それ以外は必要事項しか話していない。浅野ですら一年のとき、同じクラスで隣の席の頃に数度話しただけだというのに。そんなレベルで覚えられるくらいで男子と会話をしたことがない。考え込む湊に彼は言った。
「やだなあ、キスした仲じゃない」
はて。今日本人にあるまじき赤髪をした奴は、なんとのたまった。
湊の時が止まる。クラスメートの叫びも一瞬遅れて聞こえてきた。いっせいに視線が地味な少女へと注がれる。
やめろ。やめてくれ。心の中で必死に叫ぶ。成績以外で目立ちたくない湊にとっていじめ以外の何物でもなかった。
というか、そんなことをした記憶がない。とすれば、あれか。思い当たる節を述べる。
「あんたがいちご煮オレ無理矢理飲ませてきただけでしょ。全然違うし」
お礼にあげるよ、とカルマが飲んでいたいちご煮オレを湊の口へと押し込んだだけだ。間接キスだ、わ〜恥ずかしい、などという甘酸っぱさなど微塵も感じられなかった。湊の中であれはカウントされていない。
「またまた〜照れちゃって」
「照れてないから。あれ照れる要素何もなかったでしょ。何?あんたの頭お花畑なの?」
湊は当然顔見知り程度でここまで罵倒することはしない。だが今の彼は想像していた彼よりずっとおかしい。それになんだこの自分への態度は。顔のいい女子といえば正統派美少女の神埼、巨乳な矢田、ギャル系の中村、ボーイッシュな岡野に、と、よりどりみどりなのに。からかっているとしか思えない。
「違うって。ただ単に、湊が好きなだから口説こうとしてるだけ」
ようやく赤羽業の噂に合致するような意地の悪い、しかしどこか色気のある笑みを浮かべた。
こいつは何を言っているんだ。イケメンに告白される、ここは通常ならときめくシチュエーションなのだろう。
でも湊は自分がカルマに好かれる理由など何ひとつ思いつかなかったし、あれだけの接点でどうしてそんなことが口にできるのかまったく分からなかった。ひゅぅと口笛を鳴らしきゃあきゃあ黄色い声を上げる周囲と湊の温度差は激しい。
「にゅやっ、黒瀬さんにそんな浮ついた話があるなんて……先生チェック不足でした」
「なんかメモってる!!」
「殺せんせー、全然違うんでやめてください」
静かだが確かな怒りの声に殺せんせーが慌ててメモ帳をしまう。普段大人しく本でも読むか勉強しているか、とりあえず喜怒哀楽の少ない湊の態度にクラス中が驚いていた。
「あれ、告白してるのに無反応なのつらいんだけど」
「だって信用できないし」
カルマは顔がいいし、きっと大抵のことはできてしまう。可愛い女子など選びたい放題だろう。対して、湊は顔も能力も普通だ。特別なものなどない。今自分でできることは全部努力したからで、かといってそれをカルマが知っているわけがない。だから嬉しいよりも不可解と表現する方が正しかった。
「じゃあどうしたら信用してくれる?ここでキスでもしたらしてくれる?」
ずいっとカルマが湊との距離を縮めた。何もかも見透かされそうな瞳に、不覚にも湊の頬が赤くなる。息がかかりそうなほど顔が近い。にやにやした表情に、熱がさらに昂ぶって体に広まる。
けれどもどうにも本気に思えなくて、馬鹿にされているとしか思えなくて――――。
「っ、死ね!」
彼の額に思いっきり頭突きした。
「った!」
「最っ低」
バランスを崩したカルマへ、顔を羞恥でいっぱいにしながら思い切り睨む。呆気に取られた皆の視線が痛い。
それでも湊は無視して旧校舎へ歩き出した。
赤羽なんて嫌い。最低。あのとき、あんな理由で停学になるからって慰めるんじゃなかった。
湊の顔の熱はしばらく収まりそうになかった。
――――これは、恋を知らぬ少女を少年が正しい精神に戻すための、物語である。
随分直しました。これからの展開も微妙にというか割と違いますし、そもそもヒロインがカルマ君に対して以前より冷たいというか、キツイと感じる方がいるかもしれません。最終的な方向性は変わらない(はずです)ので、待っていてくださった方は読んでくださればな、と思います。
タイトルはヴェルディです。内容のままです。