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「#お仕置き」のBL小説を読む
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誰も知らず、誰にも分からない



夏休みも終わり、二学期の始業式になった。

湊は浅野からのメールを思い出し、気分が晴れない。今までろくな面識がなかったとはいえ、半年同じクラスで一生経験のなかったろうことを成し遂げてきたクラスメートだ。あんなになじられてきたA組に行ってしまうことに疑問を感じてしまう。

「おはよー、湊」

「あ、うん……おはよう」

家を出た少し先にカルマがいつものように待っている。だがA組を抜ける誰かのことを考えていたら、挨拶も気の抜けたものになってしまった。湊の返事を不思議に思ったカルマはすぐに尋ねる。

「どうしたの。そんなにぼーっとして。何かあった?」

「あー、何でもない。大丈夫。気にしないで。寝不足なだけ」

「ふーん?それならいいけど。式の途中で寝て他の奴らに寝顔晒さないでよ」

「……否定ができないのが悔しい」

なるべく忘れようとしたが、カルマとの会話もろくなキャッチボールができなかった。怪しむような目を向けられたが、見ないふりをした。



そして始業式が始まる。E組からA組の移動は発表するはずだ。気になっていつもなら聞いていない話もちゃんと耳を澄ます。

「…さて、式の終わりにみなさんにお知らせがあります。今日から…三年A組に一人仲間が加わります。昨日まで彼はE組にいました」

誰だ。そういえば、誰か一人いなくならなかったか。ふと気づいてE組の皆が並んだ列を覗く。それは、

「竹林孝太郎君です!」

竹林。男子とあまり話さない湊としては、珍しく話す男子である。二人ともジャンルは違えど同じ二次元オタクだからだ。意外、ではなかった。予想の範囲ではあった。けれど実際に現実を突きつけられると、ショックなのは隠せなかった。

竹林がE組を貶めつつ努力してきた文を読み上げる。体育館に拍手が沸き起こる。歓迎ムードの中、ただE組だけが取り残されていた。


始業式が終わった後、皆が皆憤慨する。湊は怒るのはまた違うような気がして、黙っていた。

「……湊は怒らないんだ?」

虚空を見つめていると、隣のカルマが話しかけてきた。

「うーん、ひどいこと言ったのは許せないけど、それも一つの選択かなとは思う」

竹林の事情を何も知らない湊としては、とやかく言う資格はない。彼なりに思うところはあるだろうから、憤るのは違う。

「裏切られたとか感じないの?」

「そりゃ嫌な気分だよ。沖縄のときだって助けてくれたのに、何でだって。でもフィクションの世界じゃないんだし……戒律が厳しい生真面目軍隊でもないんだよ。仕方ないと思う」

「……優しいね」

カルマが何とも形容し難い目で言う。自分は優しいのだろうか。湊は自分がそうだったら、あるいは選択するかもしれないことを考えただけなのだが。

「それでいて、ひどいよ。湊は」

「そう、かな」

ひどいと言われて少し傷つく。

「でも、俺はそんな湊が好き」

カルマが目を細めて囁く。中学生らしからぬ色っぽさにくらくらしてしまいそうで、顔が熱くなる。

「こんなときに何言ってんの」

湊はぷいっとそっぽを向いた。



放課後竹林に会いに行った。抜けた理由は何だと問い詰めるために。曰く、家系が医者である彼は、落ちこぼれだと認めてもらえない。地球より、家族だと認めてもらえることのが大事なのだと。

湊の家族は別にものすごいエリートというわけでもないし、家族仲は円満である。竹林の気持ちを完全に理解することはできないが、その理由に納得はする。

「裏切りも恩知らずなのもわかってる。君達の暗殺が上手くいくことを祈ってるよ」

「待ってよ竹ば…」

引き留めようとする渚を神崎が止める。

「親の鎖って…すごく痛い場所に巻きついてきて離れないの。だから…無理に引っ張るのはやめてあげて」

神崎の言葉も湊には実感しにくい。ただ立ち去っていく竹林の背中を見つめていた。



カルマは他に用があるらしく、途中で別れた。足取りは重い。
目の前に誰かが立っている。爽やかな笑みを顔に張り付けた椚ヶ丘の男子。

「久しぶりだね」

「……うん。元気?」

「ああ。君は、ちょっと元気がなさそうだね。夏風邪かい?」

「分かってるくせに」

そう呟くと、浅野は意地悪く笑った。本当にいい性格をしてると湊は心の中で毒づく。

「でもあれは彼が望んだことだ。君が気に病むことじゃない」

「そうなんだけどさ。なんか寂しいから」

「ただのクラスメートじゃないか。むしろ悔しがるところじゃない?」

浅野はE組について事情を知らない。担任が地球を破壊するかもしれない超生物であること、教師は防衛省のエリートに女暗殺者、クラスメートにAI。そんな異常なクラスであることを知らないのだ。彼が父から刷り込まされた考えを、E組にも適用させようとする。

「……普通ならそうだろうね」

「どういうこと?」

「私たちのE組はちょっと違うから」

それ以上何も話したくない。今は浅野と対面できるような精神状態ではないのだ。湊は浅野の横を通り過ぎた。彼もついてこない。後ろをちらり振り返ると、眉をひそめて考え込んでいた。余計なことを言ったかもしれない。

「仕方ないか」

竹林君と話すのは楽しかったし、残念だな。彼には彼の人生がある。そう思って新しく過ごすことにした。



した、のだが。
また集会があった。竹林が壇上に上がる。

「僕のいたE組は…弱い人達の集まりです。学力という強さが無かったために、本校舎の皆さんから差別待遇を受けています」

今度は何のスピーチなのか。誰もが竹林に注目する。

「でも僕は、そんなE組がメイド喫茶の次くらいに心地良いです」

E組で過ごして感じたことを語っていく。

「弱い事に耐え、弱い事を楽しみながら、強い者の首を狙う生活に戻ります」

今度は懐からガラス製の盾を取り出した。殺せんせー用のナイフでそれを粉々に壊す。

「E組行きですね。僕も」

そう言う竹林は、以前会ったときとはまた違う顔つきをしていた。沈んでいても、自暴自棄になったわけでもなく、憑き物が落ちたような表情を浮かべている。
湊は一人、誰にも聞こえぬよう軽く拍手をした。




「竹林君が戻ってくるとは思わなかった」

「そうだねー。あんな事言ってたし」

竹林がE組へ戻った時は少し揉めたものの、最終的に丸くおさまった。帰り道、湊とカルマは竹林の話題を続けていた。

「でもよかった。誰も欠けなくて」

「あと半年だもんね」

「もう半年、かあ」

突然超生物が担任になり、殺せを命じられ、特殊訓練を受けて、カルマにつきまとわれて、告白されて、浅野と交流を持った。濃い半年だ。こんなことは二度とない。

「大丈夫だって。殺せんせーは早く俺が殺すから、これから何するか考えようよ」

今までのことを回想していると、カルマが慰めの言葉をかける。あと半年しか地球がないのかと悲観していたわけではないのだが、カルマの優しさに顔がほころんだ。

「……そうだね」

湊の笑みにつられてカルマも無邪気に笑う。

「じゃーね。また明日」

「うん、また明日」

手を振ってカルマと別れる。家はもうすぐだ。

「――――あ」

家の前で、浅野が立っていた。彼を取り巻く空気は重く、ぴりぴりとしている。できることなら近づきたくはなかった。だが家のすぐ前に立たれていては無視もできない。

「学秀、君。どうしたの?」

「……君も」

「え?」

乱暴に手首を掴まれる。そこからぐっと顔を近づけられた。あまりの至近距離に胸が破裂しそうになる。しかしそれも一瞬だった。浅野の目が、仄暗い狂気と迷いで混ざっていたから。

「君も、僕が誰かを怖がっていると思うか?」

誰かに何を言われたのか。湊には分からない。ただ、いつも感じていた心を見透かされているような恐怖は、今なかった。
今の浅野は、行き場をなくした子供のようだった。だから、何も考えず、湊は浅野の頭をそっと一撫でした。強く振り払われるかと思ったが、浅野は何もしない。むしろ目を点にさせている。

「あのさ、学秀君」

「……何だい」

「昔君のこと、何考えてんのか本当分かんなくて怖かったんだけど」

「…………」

「でも今の学秀君を見ると、誰かを怖がってるみたいだよ」

誰かはすぐに察しがついた。浅野のためにも口にするのはやめた。
浅野は口を閉じたままだった。少ししてから湊を解放し、胸を押さえた。前髪に隠れて表情が見えない。

またしばらくして、浅野が言った。

「……君の顔を見たかったんだ。突然、悪かった」

それだけ言い放って湊へ背を向ける。いったい何がしたかったのか、湊には予想もつかないが、誰かに感情をぶちまけたかったのだろうか。同級生に、父親にすら本音を言えない浅野が湊の元へ来た。浅野の気持ちに応えられないとはいえ、それが少し、嬉しくて。


――――私、カルマのことを好きなはずなのに。胸の奥が痛くなった。



久々にしました。すみません。竹林君のお話でしたが、こっちでは学秀君メイン?かな?ここで彼の気持ちがはっきりしてくるので、近いうちに彼視点?の話も上げる予定です。というか上げねば意味がないので。その後イトナ回ですが、全カットで行く方向です……すみません。
次から新章に入ります。
タイトルはメンデルスゾーンより。ヒロインのことでもあり、学秀君のことでもある。竹林君も入ってるかも。