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わが心には憂い多かりき



黒瀬湊が赤羽業に出会ったのは二年の秋だった。授業中にもかかわらず、湊は屋上に向かう。理由は単純明快、無気力だから。できればサボタージュなどしたくない。が、やはりこの椚ヶ丘中というシステムがに湊は受け付けないのだった。

屋上には誰もいないだろう……そう思ってドアを開ける。が、予想に反して先客がいた。

赤い髪に着崩した制服、整った顔は寝ているせいか幼く見える。知り合いではない。しかし顔だけは知っている。
赤羽業。業と書いてカルマと読む、DQNネーム。この偏差値66の椚ヶ丘中でも上位をキープするが、暴力沙汰で停学を食らったという、二重の意味での問題児である。

当然地味に過ごしたい湊は関わり合いになどなりたくない。ゆっくり閉めようとしたそのとき、

「ん…あんたもサボりに来たの?」

目を覚ましてしまった。声をかけられた以上無視できない。ここで逃げて因縁づけられても困るのだ。

「まぁ、そうだけど」

「ふーん。意外だね。黒瀬さんみたいな人が」

「……なんで私のこと知ってんの?」

カルマのようなタイプは、興味がないと人の名前と顔を覚えないのだと思っていた。かくいう湊もクラスメートの名と顔を一致させることができないのだが。不審そうな湊へ何てことなくカルマは言う。

「だってよく踊り場に絵飾ってあるし」

「あ、そういう…」

湊はよく絵画で受賞することがある。体育館で表彰されるのを聞くから、ではないところを考えると全校集会も出ていないのだろうか。

「赤羽君、いっつもここで寝てるの?」

「めんどい授業はね。ってか、黒瀬さんこそ俺のこと知ってたんだ」

「悪い意味で有名じゃん、君」

「あはは。そうだね」

けらけらと笑って立ち上がり、湊へ近づく。赤い目が品定めするようにこちらを見ている。当然いい気分ではない。しばらくし視線を元に戻し、口を開く。

「黒瀬さんてさぁ、ここ好き?」

「ここって…屋上?中学校?」

「椚ヶ丘中ね」

唐突な質問に顔をしかめつつ、少し考えてから答えた。

「好きじゃないかな。先生とかさ、成績のいい子だけあからさまに態度違うし。エンドのE組っていうのも好きじゃない」

「ふーん。変な子だね」

「はァ?」

きちんと考えて答えたのに、それだけで終わらされてしまった。嫌悪感を隠そうともしない湊が口調を荒げる。そんな湊を見ても取り繕ったりせず、カルマは続けた。

「でも面白いよ。俺としては」

「あ…そう」

校内の変人No.1と言っても過言ではない彼から面白いと評されても湊は嬉しくない。むしろ迷惑である。冷めた反応をされたがカルマは気にせず言う。

「もっと黒瀬さんと話したいな。また来てよ」

「え、やだ」

反射的に拒否してしまった。口を押さえるがもう遅い。目を点にしたカルマが湊の目に映る。悪いことをしたと罪悪感が募る。が、それとは裏腹に爆笑された。

「な、何がおかしいわけ!?」

「いや…黒瀬さんって意外と度胸あんなーって」

「ないから!マジで!」

「俺に殴られるとか考えないの?」

「だってあんたはそういうことはしないでしょ」

「……なんで断言してんの?」

あっけらかんと答えると、顔をしかめられる。

「目見てれば、何となく。あんたは、まあ、何考えてるか分かんないけど」

腕を組んで答えれば、再び見つめられる。年上ならともかく同い年のイケメンに見つめられるなどという経験があるはずもない湊は、少したじろいでしまう。

「――――ははははははは!」

それからまた腹を抱えて笑われた。

「ちょ、何!マジで何!」

「うん、うん。面白いよ、ほんと。君。ねえ、湊って呼んでいい?」

「やだよ」

「カルマって呼んでいいからさ、湊」

生理的に出た涙を拭って湊へ尋ねる。先ほどと同じように拒否するが、何も聞いていないようだった。許可願い出す意味なかったよねこれね?と思いながらも断固として返す言葉はひとつ。

「だが断る」

また爆笑された。解せぬ、と湊は眉を曇らせた。




カルマが停学になる。それを聞いて、湊は屋上へ上がった。あれ以来屋上には近づかないようにしていた。しかし、カルマは人がいない時に接してくる。自動販売機でいちご煮オレなどというものを飲まされたり、誰もいない放課後で急に後ろから現れたり。
カルマとは完全に見知らぬ仲というわけでもない。嫌いというか、めんどくさい奴という印象が強いが、やはり気になったのだ。

ドアを開ける。そこには、あのときと同じように寝転がったカルマがいた。だが、目はどことなく暗いように思えた。

「赤羽…?」

湊が声をかけると、顔だけこちらに向けてきた。

「ああ、湊」

「あんた、停学になんの?」

「そ。いじめられてたE組の先輩助けたらこのザマ。先生は前、俺が正しいとか言ってたけど…結局そんなことないってさ」

いつも見せる茶目っ気たっぷりの表情はない。自嘲気味に笑っている。だが、間違っていると湊は思う。

「そんなことないよ」

つい、口を出してしまった。


「だって、あんたが正しいって思ってやったことでしょ。意味のない暴力じゃないじゃん。少なくともその件に関しては、私はあんたが正しかったって思うよ」


いじめは暴力で解決するようなことではないが、そのときに限ってそのE組の生徒はカルマに救われたのだろう。だったら正しいことだ。湊ははっきりと言う。驚きで目を丸くするカルマを、ただ見つめた。

「そっか。サンキュ、湊」

どういたしまして、と礼を返す前に、さらにカルマが言葉を続けた。


「やっぱ君って面白くて変で――――好きだな」


衝撃的だった。湊は間抜け面になってしまったが、気にしてはいられない。カルマが湊の横へと移動する。湊の肩を叩いてにっこりと笑った。嫌な笑みだ。同時に冷や汗が垂れる。

「帰ってきたら思う存分口説くね」

「は?」

「じゃーね、湊。俺のこと忘れて他の男となんか仲良くしちゃダメだから」

「は?」

カルマはそのまま階段を降りてしまった。残された湊は、とりあえずカルマについて忘却することにした。そんな彼女がE組という宣告が下されたとき、カルマもいることを聞いて硬直したのは言うまでもない。








わが心には憂い多かりき





出会い編、でした。気になってからちょいちょい接触してヒロインの顔を知り、そこで最後に「私はあんたが正しいと思う」。それで少しはカルマ君が救われた…?んじゃないかなーということで。
タイトルはJ.S.バッハより。