・イケメン二人と夜のスーパー
「うーん、どうしよ…」
湊は迷っていた。道にではない。湊は方向音痴だが、今回は違った。
カルマへのお礼の品についてだった。何だかんだ一緒に帰り送ってもらっている身分である。湊としては無理矢理ついてきているとはいえ、そう置き換えることもできる。湊なら面倒くさくて途中でやめる。むしろ一緒に帰りすらしない。
だから何にしようかと、スーパーで一人迷っているわけだ。
「甘いもんとか大丈夫かなー、あいつ。いやでも物のがいいのかなー…」
ぶつぶつ中学生がカートを押しながら独り言を呟いている。周囲の主婦たちは変な目で見ているが、湊は気づいていなかった。
「黒瀬か?」
後ろから聞き覚えのある声がかかる。誰かと振り返れば、E組の磯貝悠馬と前原陽斗だった。学校帰りのままなのか二人とも制服だ。
「磯貝君と前原じゃん。どうしたの?」
湊は前から正反対とも言えるような二人の仲の良さに不思議がっている。正反対だから、なのだろうか。湊には分からない。
湊に訊かれ前原が答える。
「殺せんせーに勉強見てもらって、その後磯貝ん家の買い物の付き合い」
「俺ん家貧乏だからさ…ちょっと前原に手伝ってもらおうと思って。黒瀬は?」
「家の買い物」
「へー、偉いな、黒瀬。面倒くさがるかと思ってた」
「前原、今度クラスの皆に他校の女子にビンタされてた話でもしてあげるよ」
「な、なんでそれを…やめてくれ!!」
必死になる前原を磯貝と共に笑う。かまをかけたつもりだったのだが、どうやら本当らしい。
そうだ。この二人に少しアドバイスもらお。思い至ったが、なかなか切り開けない。優柔不断ではないつもりだが、このままでは進まない。思い切って尋ねた。
「あ、あのさ、磯貝君、前原」
「うん?」
「どうした、黒瀬」
「男子って甘いもん貰っても大丈夫だったりする?」
二人はすぐあぁと相槌を打った。前原はにやにや笑って湊へ言う。
「カルマになんかやるのか?」
「違うから。全然違うから」
全力で否定してみても前原の顔は変わらない。磯貝はといえば苦笑している。
「お前ほんとツンデ…いっ!?」
前原の足を問答無用に体重をかけて踏む。かなり痛んでいるがの知ったことではない。そもそも、ほいほいと彼女をつくる前原が前から好きではないのだ。
磯貝も前原に突っ込むのはやめて湊に答える。
「俺は別に甘いもんでも嬉しいよ。黒瀬のうまいし。特にカルマなら何でも喜ぶんじゃないか?」
「だからカルマじゃないってば磯貝君」
反論すれば、そういうことにしておくよというような笑みを返される。腑に落ちない湊は顔をしかめた。もう否定するのも面倒なので無視することにした。
復活した前原が磯貝に続く。
「いーんじゃね?お前の得意分野アピールできるし」
「アピールとかじゃないって言ってんでしょうが」
「まあまあ。いいな、俺も黒瀬の作ったお菓子食いたいよ」
「あ、俺も」
磯貝はクラスでイケメン認定されている。リーダーシップあり、真面目、大抵のことはできる。これでモテない方がおかしいくらいに。対して前原は残念ではあるがやはりイケメンだった。そんな彼らに言われると何だかむずがゆい。
「そっか…ありがとう、磯貝君、前原」
湊は軽く笑って二人へ礼を言った。
・その目の真意はいったい
カルマと湊が付き合った。クラス全員に広まった次の日のことだった。
「ちょっと!!このガキと付き合うことにしたって本当なの!?」
イリーナが一時間目から授業というわけでもないのに朝早く教室にやってきた。HRを終えた後、船をこぎそうになっていた湊はイリーナの怒号に当然目が覚めた。ヒールの音をたててイリーナが湊へ向かう。
「どうなの!?」
「え、えっと…」
美人が台無しにならないくらい美人なイリーナだが、とても迫力がある。たじろぐ湊に隣のカルマが助け船を出した。
「そうだよ。ビッチ先生、残念だったね〜。湊は俺のになっちゃったよ」
「か、カルマ!」
そうはっきり言ってしまって大丈夫なのか。湊はカルマのストレートな発言にひやひやする。事実には違いないのでどう伝えてもダメだろうということは頭の隅で思っているけれど。
湊の予想通りイリーナは綺麗な顔を思いっきり歪ませる。ぶちっと血管が切れたような音がした気がした。
「殺すわクソガキ…まずアンタが死ねば湊も別のいい男に乗り換えれるでしょ!」
「面白いこと言うね、ビッチ先生」
「湊は優しいからいいくるめられてもアンタをフれないのよ!!」
「あ、あのー…イリーナ先生…」
話に割り込んでみようとするができない。完全に湊の意志など存在しないことにされている。まず昨日の惨事を繰り返さないようにしなければ。まだ教室は完全修理されていない。
クラスの皆はといえば「黒瀬さん頑張れ」「君ならできるいや君しかできない」という期待の視線を注ぐか、我関せずと言った風に無視しているかだった。ほんと覚えテロこいつら。湊は再度胸に刻む。
「イリーナ」
しかし、湊が言葉をかける前に救世主がやってきた。
「何をしている。また昨日を繰り返すのはやめろ」
烏間である。こめかみがひきついて、沸点へ到達する手前といったところだった。
「何よカラスマ、邪魔しないでちょうだい!こいつを殺…ちょっと、やめなさいよ!」
「うるさい、そろそろ授業だ。……邪魔したな、君たち」
イリーナの手を拘束し、そのまま運んで行った。去り際、烏間が湊へ「大変だな」という同情の目を向けられたのは、気のせいだ。湊はそう信じることにした。
・「頭いい奴は口説く才能もあるの?」
「わからん」
夏休みの問題集がそろそろ全て埋まるという頃、湊は頭を抱えた。数学は嫌いな湊だが、自分でどうにかしてきた。だが目の前の問題は参考書など見ても理解できないのである。解ければいいというものではなく、自分で「だからこうなった」と把握したいのだ。そうしないとおいていかれる。
「どーしよ」
今頼れる父は出かけている。血を受け継いだ母は論外、姉もほどではないがあまり数学が得意ではない。かくなるうえは、とスマホを取り出す。パスワード制のロックに戸惑う。梅雨入りあたりで買ったため未だに操作が慣れない。
電話帳を見る。あ行。真っ先に目に入ったのは、赤羽業。次に浅野学秀。
「……どーしよ」
湊はもう一度呟いた。
どちらも数学上位。だが教わりたくない。カルマにかければからかってくるだろうし、浅野は怖くてできない。
かけやすさならカルマだが、教えるのが上手いのだろうかと考えると立ち止まってしまう。かといって浅野は…。湊は唸った。
部屋がしばらく静寂に包まれる。そして、湊はタップする。
『…………もしもし?』
「……あ、学、秀、君?」
ごめんカルマ。心の中で謝り倒す。一回カルマにかけてみたが出なかった。その後、浅野に念のためかけてみたらすぐ出てしまった。間が悪い。
『湊。君から電話かけてくれるなんて。嬉しいよ』
他の女子なら卒倒しそうな色気たっぷりのボイス。心底嬉しそうな声音である。ちなみに声フェチの湊もつらい。
「い、今電話しても大丈夫、かな?」
『君となら何時間でも構わないよ。で、何かな?』
「えっと…数学で分からないとこあるから、教えてほしくって…ご、ごめんね!学秀君も忙しいのに…」
電話は苦手だ。直に会う方がまだましだと湊は思う。いつも以上に言動がおぼつかない湊を特に気にせず浅野は答える。
『気にしないで。僕が数学嫌いな湊でも分かるように教えてあげる』
「うっ…お、お手柔らかにお願いします…」
実際浅野の説明はかなり丁寧だった。苦手湊なからすれば殺せんせーと同レベルなのではと思ってしまうほどだった。純粋に感心しっぱなしで、小学生のようにすごいと繰り返してしまっていた。
「ありがとう、学秀君。おかげで全部終わったよ!」
『どういたしまして。最初はどうなることかと思ったけど。他の奴らならイライラして投げだすとこだけど、湊はそうならなかったから不思議だよ』
「え」
湊が固まる。前半は容易に想像できたが、後半はさらりと言われて理解が追いつかなかった。
『必死に理解しようとしてる姿が簡単に浮かべて。やっぱり可愛いね、湊』
そして追い打ち。クーラーをかけて涼しい部屋のはずだが、湊の顔が一気に熱くなった。耳にくくっという笑い声が入る。
「か、からかわないで!」
『ごめんごめん。でも可愛いのは本当だよ。もういいかな?』
カルマといい浅野といい、こうも恥ずかしい言葉がすらすら出てくるのは一種の才能ではないかと湊は思った。
「あ、う、うん…あり、がとう、学秀君。ごめんね。じゃあ」
『またね、湊』
ツー、ツー、ツー。通話終了の音がやけに響いて聞こえた。
「あー…くそ、ドSばっかか、私の周り…」
机に突っ伏し、湊はそう呟いた。
短いの詰めました。上二つはいただいたネタ(になっているかは微妙ですが)。最後の学秀君は「学秀君可哀想」「絡みもっと」みたいなコメントをいただくので。泥沼とか、学秀君がときめいちゃう方がよかったんですかね?