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あなたの優しいまなざしに



沖縄の普久間島に夏季講習旅行と称して、殺せんせー暗殺旅行にやってきた。しかし、練りに練った計画は見事に崩れた。落胆に沈むE組をウィルスが襲う。烏間へかけた電話の主が言うには、殺せんせーを連れて一時間以内に普久間島殿上ホテルへ来たら薬と交換してやるとのこと。

しかし、その条件を無視し、体調が万全な者だけでホテルへ向かうことになった。

「よい、しょっと」

気が乗らないが、湊もその一人だ。当然運動神経が良いわけでもない湊は苦労している。

「ほら、湊」

身軽な岡野のようにいかない湊にカルマの助けが入る。ここで断るほど湊は意地っ張りではない。素直にその手を取った。

「……ありがと」

「落ちて怪我してほしくないしね」

直球の気遣いが恥ずかしい。どういう状況下分かってんのかこいつ。思いつつ、湊は頬を赤らめた。

ホテル内に入る。明らかに過剰なほどと思えるほどの警備員たちがいる。烏間の指示を待つ湊たちへ、イリーナが言う。

「何よ。普通に通ればいいじゃない」

「状況判断もできねーのかよビッチ先生!!」

「あんだけの数の警備の中どうやって……」

「ちょ、イリーナ先生!?」

あまりにもあっさりとしているイリーナの言葉に、湊もつい突っ込んでしまう。イリーナはいつの間にか手にしたグラスを揺らしながら笑う。

「だから普通によ」

そしてホールへ出た。警備員にぶつかり、ピアニストとうそぶく。そのままピアノに座って弾き出した。

「幻想即興曲だ……」

クラシックはあまり聞かないが、湊でも耳にしたことのあるような曲だ。それにしても上手いなあ、と凡庸な感想を心に浮かべた。肉感的な体の使い方を知ったイリーナの、プロとしての技術。誰も彼もイリーナを見ている。

ピアノを弾くイリーナは、いつもE組の皆といるイリーナとも、湊と食事をするときのイリーナとも、どれも違っていた。
絵の中の人みたい。ほう、と湊は感嘆の息を漏らした。


イリーナのおかげで無事ロビーを通り抜け、三階の中広間へ着いた。何人か宿泊客と通り過ぎたが、本当にただの客を演じているようだった。

「へッ、楽勝じゃねーか。時間ねーんだからとっとと進もーぜ」

拍子抜けと言わんばかりのホテル内に、寺坂と吉田が烏間を抜かして走り出す。前方には帽子を被った中年の男性。
あれ、どっかで見たことあるような、ないような。湊がそう感じた瞬間、男はマスクをして容器をこちらに向けてきた。

「寺坂君!!そいつ危ない!!」

「あ?」

不破が叫ぶ。途端に烏間が寺坂と吉田の首根っこを掴み、後ろへと追いやる。ガスに包まれた烏間は瞬時に男が持っていた容器を蹴り飛ばした。

「……何故分かった?殺気を見せず、すれ違いざまに殺る。俺の十八番だったんだがな、オカッパちゃん」

ボブだし、と呟いて不破は話し始めた。

「だっておじさん、ホテルで最初にサービスドリンク配った人でしょ?」

「あ」

そうだ。湊も思い出す。あのウェイターの顔とそっくりだ。
そのまま不破は歩きながら推測を述べていく。竹林曰く、感染源は飲食物。クラス全員が口にしたのはサービスドリンクと船上ディナーのみ。ディナーを食べずに映像編集していた三村や岡島も感染していたため、サービスドリンクということになる。

「従って、犯人はあなたよ、おじさん!!」

「ぬ…」

そして推理物で見たことのあるようなポーズをして、男へ告げる。

「普段から少年漫画読んでるとね、普通じゃない状況が来ても素早く適応できるのよ」

「いや、それはないでしょ」

渚や茅野の賞賛を浴びて満更でもなさそうな不破へ、すかさず湊が手を振って否定する。湊だって少年漫画を読んでいるが、イケメン二人に取り合われるなんて普通じゃない状況に未だ適応できていない。少女漫画の部類だからだろうか。

「特に探偵物はマガジン・サンデー共にメガヒット揃い!!」

「小さくなっても頭脳は大人、と、じっちゃんの名にかけて?」

「そうそう!面白いでしょ!」

「最近どっちもアニメやってるからね。見てるよ〜」

「二人とも、それ時期によっちゃ全然分からないネタになるからやめよう?」

渚に突っ込まれ、湊はごほんと咳をした。不破ともよく話す湊はこの手の話になるとつい盛り上がってしまう。


そんなとき、烏間ががくりと崩れ落ちた。男は上司へ報告しに向きを変えた。慌ててE組は退路を断つ。焦る男は烏間にもう一度ガスを浴びせようとする。烏丸は人間とは思えぬ速さでそれを阻止する。だが、そのまま倒れてしまった。

「……ダメだ。普通に歩けるフリをするので精一杯だ」

痙攣する烏間を磯貝が支える。
いや、象でも気絶するガス吸っても動けるってだけで十分すぎるくらいだと思うんですが。日本の防衛省すごくね?こんなのごろごろいるの?怖っ。湊は身近にいる強者に冷や汗をかいた。


しかし、そうふざけてもられなくなってきた。その化け物レベルの烏間に頼ることができなくなったのだから。
ここまで大人のすごさを目の当たりにしてきた。たかが十五年生きてきた中学生風情がこの先やっていけるかどうか。ごくり。湊は不安を隠すように唾を飲み込んだ。

「いやあ、いよいよ『夏休み』って感じですねえ」

空気が暗くなってきたE組メンツとは反対に、殺せんせーが明るく言い放った。当然バッシングを受けるわけだが、殺せんせーは続ける。夏休みは大人の目の届かない場所で自立していくものだと。

「君達ならクリアできます。この暗殺夏休みを」

ただそれだけの一言なのに、湊はやけに落ち着けた。ここまで来て戻るなんて、ゲームじゃないのだ。これは現実。オートセーブでセーブデータはひとつしかない。進むしかない。


そのまま慎重に歩を進めていく。五階の展望回廊までやってきた。ガラス側には長身の男が佇んでいる。空気からしてあからさまにカタギの人間ではなかった。
動けずに待機していると、耳をつんざくほどの破壊音がした。男がガラスを素手で割ったのだった。リンゴを素手で砕くにも相当の握力が必要だが、男が割ったのはガラスだ。どれだけの力があるのだろう。

「…つまらぬ」

男の低い声が静かなこの場によく響いた。

「どうやら……”スモッグ”のガスにやられたようだぬ。半ば相討ちといったところか。出てこい」

ここで緊張しなければならないはずなのだが、何だか気が抜ける。湊でさえ口に出せはしないが、やたら、

「”ぬ”多くね、おじさん?」

誰もが言いたかったであろうそれを代弁したのはカルマだった。湊の胸も晴れた。
男曰く、侍のような口調になるから”ぬ”を多用するらしい。格好いいからだ、と。そして男は喋る。強くなれば純粋な殺し合いに興味が湧いてくるのだと。

「だががっかりぬ。お目当てがこのザマでは試す気も失せた」

男が携帯を開いた。連絡されるその前に、カルマが傍にあった観葉植物で阻む。

「ねぇおじさんぬ。意外とプロってフツーなんだね。ガラスとか頭蓋骨なら俺でも割れるよ。ていうか速攻仲間呼んじゃうあたり、中坊とタイマン張るのも怖いひと?」

「よせ、無謀…」

男を煽るカルマに、烏間と同じことを湊も思った。だがすぐに気付く。
目が違う。いつもの余裕綽々なカルマではなかった。きちんと相手を捕えた、真剣な目。これなら大丈夫だなんて、特に根拠もないのに湊は感じた。

「……頑張れ、カルマ」

拳を握り、どこか変わったカルマを思った。聞こえたのか分からない。カルマが湊を見た。そして不敵に笑った。それだけで何だか安心した。

合図もなく勝負が始まる。男からの素早い攻撃にカルマは上手く避け、または捌く。こいつ、こんなに強かったっけ?普段カルマといるとき、どれほど強いのか分かっていない湊は呆然としてしまう。

「…どうした?攻撃しなければ、永久にここを抜けられぬぞ」

攻めてこないカルマに痺れを切らしたのか、男は言う。カルマは口の端を上げた。

「あんたに合わせて正々堂々、素手のタイマンで決着つけるよ」

…………正々堂々?カルマが?湊は怪訝そうにカルマの後ろ姿を見た。そんな言葉、カルマに最も似合わない単語なんじゃないの。自分の彼氏ながらひどいが、事実なのだから仕方ない。

カルマが動き出す。脛に蹴りが当たり、隙を見せた男にカルマが突撃、する前に、男がガスを噴射した。動かなくなり頭を掴まれるカルマを見ても、湊は不思議と焦りが生まれてこなかった。さっきの正々堂々発言があまりにも気になっていたからだ。

「奇遇だね。二人とも同じ事考えてた」

そして湊の疑惑通り、カルマは無事だった。いつの間にかスモッグと呼ばれる男から盗んだガスを男に吹き付ける。そのまま倒れかかる男へ関節技を決めた。

「ほら寺坂、早く早く。ガムテと人数使わないとこんな化けモン勝てないって」

「へーへー。テメーが素手でタイマンの約束とか、もっと無いわな」

ああ、だろうね。湊も寺坂のセリフに大きく頷きながら、皆と共に男へとのしかかった。


ガムテープで縛られた男は尋ねる。どうしてガス攻撃が分かったか。カルマは答える。

「あんたのプロ意識を信じたんだよ。信じてたから警戒してた」

信じてる。カルマがそんな言葉を使ったことに、湊は目を見開いた。
私は信じられているのかな。いつものカルマに戻って男を弄ぶカルマを見つめる。カルマの『信じてる』は湊の心に陰を落とした。そういえば、寺坂にも言ってたな。考える湊の目はカルマへ向けながらも、焦点はどこにも合っていなかった。

「湊、俺の活躍見てた?」

意地悪そうなカルマの声が聞こえて元に戻る。男を弄るのに満足したのか、湊の目の前までやってきた。

「え、まあ、そりゃ」

「何その生返事。見てなかったでしょ」

「嫌でも見るっつーの。危ないじゃん」

「俺、ケンカだといつもあんな感じなんだけど」

「あ、そう……」

カルマと湊が会話する中、周りはカルマへ好き勝手やられた男へ同情しながらも前へ進み始めていた。

「湊、ちょっとは惚れ直してくれるかなって思ったのに。残念」

「うん、まあ、すごかったよ。私の知らないとこで頑張ってるんだなって」

それは本心だった。いつの間にかどんどん湊の知らないカルマが増えている。湊はちっとも嬉しくなかった。

「いじけてんの?」

「は?バカルマ何言ってんの?」

「いや、だってさ。そのむすっとした顔、あきらかにそうじゃん。おじさんぬに嫉妬でもした?」

「…………分かんない」

まさか湊に素直に返されるとは思っていなかったカルマはぱちりまばたきをした。
湊はゆっくりと歩き出す。そろそろ動かないと皆に心配されてしまう。カルマも湊の隣に並んだ。

少しの間の後、湊は口を開いた。

「信じてるって二つあるって言うじゃん。信用と信頼。寺坂とあの人に言ったカルマの信じてるって、どっちだったの?」

「ああ。そういうこと」

カルマはぽんと手を打った。パンツのポケットに手を突っ込み、カルマは言う。


「それは言えないけど……少なくとも俺がはっきりと言えるのは、あのときから無条件で湊を信じてるってことかな」


この場合の『信じてる』は、きっと信頼の方なんだろう。
あのときはいつのことか。湊には分からない。でも追及することではないと思った。理由だって聞いても納得できないかもしれない。ただ、その真摯な言葉を耳にして胸が痛んだ。


――――私って最低だな。私を信じてくれてる人の言葉、否定してばっかりだったんだから。


「ねえ、カルマ」

「何?」


「私も、カルマのこと信じてるよ」


そして真っ直ぐにカルマを見た。それからすぐに目の前にいるE組の皆の元へと駆け出した。

「…………ずるいなあ」

ぽつりとカルマは呟いて、湊の背を追いかけた。



誰ですかね、あと二話でリゾート編終わるとか言った奴。私です。意外と終わらなかった…ばんばん削るつもりが、一応書くかあと意気こんだらこれですよ。
淡々と進むだけでつまらなくて申し訳ないです…。おじさんぬのとこだけ真面目にヒロインが出てるだけですね。次も多分そんな感じです。
タイトルはドヴォルザークより。最後の「信じてる」にきゅんときたヒロインとカルマ君ということで。