湊は小学生の頃、沖縄に一度行ったことがある。輝く透明な海、自然の中の宿、都会では見られない動物たち。もう一度行きたいとは思っていたが、まさか特別夏季講習、しかも超生物を殺すためにやってくるとは考えたこともなかった。
「あ、見えてきた!」
東京から六時間。船に乗って沖縄の普々間島へやってきた。
島だと叫ぶ皆の声に湊もデッキへ向かう。
「やっぱいいね、海!」
いつになくはしゃいでいる湊を見て、隣にいた奥田が尋ねる。
「湊ちゃんは海が好きなんですか?」
「うん、好きだよ。しょっちゅう行くわけじゃないけどさ。泳ぐの好きだし、見るだけで綺麗だし!」
「確かに湊ちゃんは山より海派っぽいですもんね」
奥田の何とも言えない返しに満面の笑みで頷く。それくらい湊は海が好きなのだ。柄にもなくわくわくしてしまう。
「ホント海好きだね〜、湊」
渚といたはずのカルマがいつの間にか湊と奥田の後ろにいた。以前も海でデートしたことがあるので、カルマにはもう認知済みだった。
「海って聞くだけでテンション上がらない?」
「子供みたいだよ」
「うっさい。愛美もそう思うよね?」
突然湊から話を振られた奥田は目を丸くさせた。
「え?そ、そうですね…私は理科の公式を見てる方がテンション上がります」
「……少なくとも一般人は理科の公式見てテンション上がらないと思う」
「えっ、あんなに楽しいのに…」
本気で言っている奥田を理数科目が大嫌いな湊には理解できなかった。カルマは面白そうに声を上げて笑った。
そんな会話をしているうちに島へ着いた。船を降り、ホテルまで向かう。割り当てられた部屋に荷物を置いて昼食を取る。
「ようこそ、普々間島リゾートホテルへ。サービスのトロピカルジュースでございます」
最後にウェイターからジュースを受け取って飲み干す。同じテーブル、それか周りには修学旅行と同じ班のメンバーがいる。殺せんせーを殺すためとはいえ、ここはリゾート地。しかも好きな海。湊は楽しくなってきた。やらなければならないことがあるというのに。
「湊、うちらは二番手だから早く準備しちゃおう」
「うん」
茅野に言われて席を立つ。湊たち四班は更衣室へ急ぐ。計画通り実行できるか入念に現場を調べなければならないのだ。
茅野を除いた女子三人はダイビングスーツに着替えて海へ出る。既に男子が待っていた。カルマがスーツ姿の湊を視界に入れて口笛を吹く。
「お、いーねそれ。体の線出て」
「海に落とすぞ」
セクハラされ、容赦なく足ヒレでカルマを叩く。湊自身は半分本気で叩いているのだが、あまり痛がっているように見えずやめた。
「あ、湊、最後にチャック上げて」
「は?渚君か杉野にやってもらいなよ」
「……黒瀬さん、やってあげて」
「そうしてやってくれ、バカップル」
何でさ。湊は不満をあらわにしつつも、カルマに近づいてチャックを上げる。杉野は呆れ、茅野はにやにやしており、渚と神崎と奥田は苦笑している。畜生私は見世物じゃねーぞ。内心で毒を吐き、カルマの背中を軽く叩いた。
「はい、これでいーでしょ」
「ありがと」
カルマの表情は満足そうだったが、ただチャックを上げてもらうだけだったのに何をそんなに喜んでいるのか。湊には分からない。
それから一班の陽動が上手くいっていることを確認した後、海に潜った。
ギリギリまで確かめたらすぐに着替え、殺せんせーの元へ駆ける。だが先にいた殺せんせーは日に焼けて面白い模様になっていた。
「さて、君達四班はイルカを見るそうですねぇ」
「うん。船だけど大丈夫?」
イルカ。基本湊は海に棲む生物が好きだ。かといって食用以外の魚の種類などは知らないのだが。ともかく、イルカはそんな湊の好きな海洋生物トップスリーに入る動物である。
船に乗ってからは父親から借りたデジカメを持ってそわそわしていた。隣でカルマが意地悪くこちらを見ているが気にしない。
「あ、イルカだ!」
茅野の声を聞いて反対方向を見た。少々遠くではあるが、群れを成したイルカが勢いよく跳ねている。
「すごい!生の野生イルカ!」
「……そんなに撮って飽きないの?」
連写する湊へカルマがつまらなさそうに言う。
「私写真下手だから、何枚も撮っていいのだけ取っておくの!」
「ふーん。じゃ、これいる?」
見せられたのは、飛び跳ねるイルカたち……と、イルカに擬態した殺せんせー。湊は期待を裏切られ冷たく言い放つ。
「それはいらない」
「えー。上手く撮れたのに。じゃ、これは?」
今度は海とちょうどジャンプしたイルカを写した一枚。素晴らしい構図で、画質もいい。わぁ。つい声が漏れた。湊の写真技術じゃここまで上手くいかない。興奮してカルマを見た。
「すごい!後でちょうだい、カルマ!」
「うん、いーよ」
カルマは軽く跳ねる湊へ二つ返事で了承する。
しかし、喜ぶのもつかの間、そこで湊は疑問に思う。いつもなら等価交換に何かくれと言ってくるのに、今回はそれがない。何考えてんのかな。疑いの目をカルマに向ける。
「……後で貸し一つとか言わないよね?」
「写真くらいで言わないって。はしゃぐ湊のことは撮らせてもらったけど」
まさかの発言に湊の体が硬直する。何を言われたか脳で理解するとカルマのスマホへ手を伸ばした。すぐにカルマが頭上へスマホを守る。カルマと十九センチも差がある湊には到底届かない。
「おいこら!!何撮ってんの!?消せよバカルマ!!」
「やだ。興奮してる湊なんてめったに見られないし。パスワード付きで保存してるから湊にも消せないよ」
「気持ち悪すぎるから消せっつーの!!」
結局湊はデータを削除することができずに、イルカウォッチングは終わった。
各班で準備を進め、ついに『殺す』時間が迫ってきた。貸し切り船上レストランで夕食を済まし、水上パーティールームへ移動する。
三村が編集した動画を見た後は、トップを取った七人が暗殺を行うことになっている。
湊も国語でトップは取ったが、辞退した。八本も撃てば動けないだろうし、今回の計画の成功率も上がるだろう。けれど頑なに拒否した。E組の皆には非難されたが、湊は引き分けで浅野に勝ったつもりはなかった。
地球の未来よりプライドを選んだのだ。罵られても構わなかった。けれど、湊は後悔していないし反省もしていない。
そして、『殺す』ときがやってきた。
「さあ本番だ。約束だ、避けんなよ」
寺坂の言葉で七人が一斉に撃つ。フライボードを使い、水の檻で閉じ込める。イルカを使って逃げられないように。一斉射撃はあえてギリギリを狙う。ここまで計画通り進んでいく。恐ろしいくらいに。湊はホースを使って水の檻を作る担当の一人だ。
上手くいくかな。少しの不安を感じた次の瞬間、閃光と爆発がその場にいた人間のほとんどを海へ叩き落した。
殺ったか!?
――――しかし。皆の期待は、殺せんせーの完全防御形態によって壊された。
静かな夜の中、いくつもの大きなため息の音がよく聞こえた。湊もその一人だ。
「何だかがっくりきた」
「まーあんだけやったしね。皆も疲れてるっぽい」
ホテルに着いた面々を見渡せば、カルマの言う通りぐったりしている。本当だ、と返せば誰かが湊にぶつかった。神崎だ。慌てて体を支える。
「有希子、大丈夫?」
「う、うん…ちょっと…疲れちゃって…」
そう言う神崎は息が荒々しく、熱っぽい。咳までしている。医学に詳しくない湊は何をすれば分からない。とりあえず神崎を床に横たわらせた。
そのとき、烏間が突然鳴ったスマホに手を伸ばした。画面の向こう側の人物と会話をするたび、だんだん顔が険しくなっていく。
最初は楽しんでいた、今回の旅行。しかし今ではもう不安に襲われている。
――――沖縄って、リゾート地じゃなかったっけ?
夜が更けていく。新たな事件を起こして。
ばばっと終わらせてすみません。最後力尽きてます。
リゾート編はおそらくあと二話で終わります。特にヒロインが活躍できることもないので。
学秀君は次の次でちょこっと出る予定です。期待はしないでください。
奥田さんや神崎さんとは仲良くなったので名前で呼んでます。ヒロインは基本友達は名前で呼ぶ人ですので。
触手の権利は八本破壊しちゃうとやばくね?と思ったこと、それに引き分けでこのヒロインが甘んじるか?と考えたらそんなことないので。
タイトルはバッハより。殺せんせーに向けて。