定期テストが終わった。
色んな条件が重なったため、湊は今までで一番勉強したのではないかというくらい勉強した。そのせいか、光の速さでテストが終わったように感じる。その後の湊はどこかのボクサーのように真っ白に燃え尽きていた。
「さて皆さん。全教科の採点が返ってきました」
そして数日後。運命の結果発表である。英語の一位は村中だった。二位は一点差で浅野。E組VS.A組としてはまず一つ星あげたことになる。
「続いて国語…」
きた。国語。これで浅野に打ち勝ち、学年一位を取らなければ湊に勝ち目はない。強いて言えば社会だが、会議の回数なんて答えられていない。湊は祈るように手を組んだ。面白そうにを見るカルマなど無視する。
「E組一位は…黒瀬湊!!」
鼓動が直に聞こえる。変な脂汗まで出てきた。E組一位であろうが、学年でなければいけないのだ。そうでなければカルマと別れ、浅野と付き合うことになってしまう。
イケメンに板挟みで嬉しい展開だなんて恋愛脳じゃあるまいし、思うわけがない。それは何としても避けたい。
変に間を置かれる。早く、言うなら言ってほしい。死刑囚はこんな気持ちを味わっているのだろうかなんて考えてしまう。
「そして学年一位も黒瀬湊!!」
一瞬湊は何の反応もできなかった。数秒後、ようやく自分の名前を言われたのだと理解した。
「よか、った…」
胸を撫で下ろす。湊はよろよろ立ち上がって殺せんせーから答案用紙を受け取り、丸だけのそれをもう一度見つめた。100。数字が全てではないが、数字は絶対だ。その事実は揺れ動かない。
湊は顔をほころばせた。殺せんせーの触手は殺れるし、カルマとの勝負も勝ったし、浅野と付き合わなくても済む。
社会は磯貝。理科は奥田。3勝1敗1引き分け。E組の勝ちだ。皆祝杯ムードで拍手が沸き起こっている。
だがそんな中、湊は気づいた。カルマがいつの間にかいなくなっていることに。殺せんせーもいない。首を傾げて湊は順位の紙を見た。
赤羽業。数学10位、学年13位。十分優秀な成績だ。だが、いつものカルマの成績を考えると少し低いように思える。
あんなに大口を叩いて余裕な態度だったのに、悔しかったのだろう。湊は自業自得だと思う半分、少し心配になってきた。かといって探されるのもカルマは嫌なはずだ。そう判断して、湊はクラスに居残った。
少しするとカルマも殺せんせーも戻ってきた。
「早速暗殺の方を始めましょうか。トップの4人はどうぞ4本ご自由に」
完全に舐めきったシマシマ模様を浮かべながら、殺せんせーが言う。そこで寺坂、村松、吉田、狭間の四人で家庭科があると答案用紙を突き出した。皆にブーイングを食らい、家庭科も含めることになった。
「湊。悪いけど、今日は一人で帰らせて」
「あぁ、うん…いいよ、別に」
「ごめん」
帰ってきた頃には元の調子に戻ったように感じたが、そうではないらしい。カルマが珍しく放課後に提案してきた。むしろいつも一緒に下校するのが嫌だった湊としてはちょうどいい。
それに一人の方が今はカルマにとっていいのだろう。湊は素直にカルマを二重の意味で気遣った。
「気をつけてね」
「……ありがと。湊もね」
何とも言えぬ表情を見せ、カルマは教室を出て行った。肩をすくめて湊も帰ることにした。
自分へのご褒美にでもと、甘いものでも買っていくことにした。スキップでもしそうな湊へ、後ろから声がかかる。
「黒瀬さん」
荒々しい声音はいつも聞く穏やかなものとは違った。しかし、振り返らなくても分かる。
「浅野君…」
湊はゆっくり体を向ける。するとすぐ近くで、端正な顔に浮かべた怒りを隠さず、浅野が立っていた。
「国語で学年一位おめでとう」
「あ、浅野君も総合で一位でしょ。キープすごいね」
湊はこれほど祝福の気持ちがこもってないおめでとうなんてもらったことがない。しかも浅野は不機嫌なままだ。それでも湊は引きつった顔で言葉を返した。
「ありがとう。でも君と引き分けたし、E組には負けたし、散々だけどね」
「……」
勝者の裏で敗者が必ずいる。湊は何も言うことができない。プライドが人十倍高そうな浅野のことだ、よほど口惜しいに違いない。ここで変に慰めても余計傷つけるだけだろう。とんでもない勝負を持ち出した浅野に情けなどかける必要はないが、湊はそこまで外道でもなかった。
「黒瀬さん」
「う、うん?」
「君を絶対僕のものにするから」
唐突に突きつけられる宣告。標的を逃すまいとする目は鋭さを増していた。言葉だけ聞けば素敵だが、やはり湊の胸は高鳴らない。
「僕が君にされたように、君を僕で支配してあげる。覚悟してて」
言うだけ言って、浅野は湊の隣を通り過ぎてしまった。緊張の糸が解けた。湊にどっと疲れが押し寄せてくる。浅野の圧力に気を抜いてられないのだ。
「はぁ…もう、何なの…」
今後も浅野と話す機会があるのかと考えると、湊はさらに頭が痛くなった。
終業式も特に何の問題もなく進む。あると言えば、カルマが珍しく出席したくらいだ。それから教室に戻り、恒例アコーディオンのようなしおりを受け取った。
「さて、これより夏休みに入るわけですが、皆さんにはメインイベントがありますねぇ」
「ああ、賭けで奪ったコレのことね」
E組がA組から貰ったものは、椚ヶ丘中学校特別夏季講習である沖縄離島リゾート二泊三日。E組はここで殺せんせーの触手を破壊することにしたのだ。
殺せんせーは標的である自分から暗殺者である皆へと、教室を二重丸が書かれた紙いっぱいで埋め尽くした。
「暗殺教室、基礎の一学期。これにて終業!!」
明日から夏休みだ。宿題は早めに済ませ、遊ぶに限る。湊は頭の中で計画を立てていく。
「ねー、湊。夏休みもどっか行こ」
「あ、それだけどさ、カルマ」
「ん?」
結果発表後、湊はずっと考えていたのだ。テストの約束をここで使おうと。
「夏休み中、宿題終わるまで会いに来ないで。私が終わってなかったらなおさら来ないで」
「……え?」
そのような条件を出されるとは露ほども思っていなかったのか、カルマが呆けた声を出す。湊はあっさりと言う。
「いや、だってあんたいると邪魔だし」
「数学は教えられるよ?」
「テスト前も言ったけどいいって別に。これ、トップ取れなかった条件ね。よろしく」
「ちょ、湊!?」
カルマがうるさいが湊には聞こえない。そのまま旧校舎を出ていく。
――――だって終わらせないと遊べないじゃん。そんなことを湊は言えるわけがなかった。
定期テスト編、終了です!「おいこら学秀君もっと」とか言われそうですが、どうせ彼はオリジナルですぐ出るので勘弁してください。あと神崎さんごめんなさい。
カルマ君がどっか行ったシーンは番外編で補足予定です。あれを使わない手はないでしょう。
タイトルはヴィヴァルディより。ヒロインが救われたって感じで。