期末テストが近づいてくる。殺せんせーは総合点と五教科トップを取ると、触手を一本破壊できる権利を与えようと宣言した。
「よし!私の時代来たわ!」
「湊、やる気満々だね〜。暗殺には興味ないんじゃなかった?」
「興味はあんまりないけど、たまにはね」
「ふーん」
笑顔の湊とは対称的に、カルマはどこかやる気のなさそうな表情だ。せっかく殺せんせーに一撃を与えられるチャンスだというのに、珍しい。湊はどうしたのかと尋ねた。
「逆にカルマ、やる気ないね。珍しい」
「んー、そういうわけじゃないけど」
何も言わないカルマの返答が腑に落ちない。言及してもどうせ答えてくれないだろうと、湊は諦めた。
それから視線を前方に変えると、見たことのある人物が歩いていた。
「あれ、生徒会長サマじゃん」
椚ヶ丘中学校生徒会長、浅野学秀。理事長の息子。容姿端麗才色兼備が揃った嫌味なほど完璧な少年、それが彼だった。
他に優秀な生徒が四人いて、五なんとかという(中学生が好きそうな団体の名前であった)のは覚えている。基本関わりのない人物の情報など覚えないとして湊は、むしろ彼の名前と顔を知っているだけで珍しいのだ。生徒会長であるというのも一つの理由だが。
関わりがあったといえば、一年の頃同じクラスで、いくつか言葉を交わしたくらいか。
二人で彼を見つめていたからか、視線に気づいてこちらを向いた。E組である二人を無視するのかと思うと、むしろ距離を縮めてきた。
「赤羽君と黒瀬さんじゃないか」
浅野はうさんくさい笑みを張り付けて話しかけてくる。湊は全校集会のたびに思っていた。こいつは以前のカルマ以上に信用ならない、と。
カルマは湊を庇うように、一歩前へ出た。
「へえ、A組のトップが俺のこと知ってくれてたんだね。しかも湊のことまで」
「ああ、彼女のこと、榊原君が褒めていたんだよ。顔は普通なのに、言葉は美しいって。確かに作文だとか、E組に落ちたとは思えないくらいよかった。それに一年の頃同じクラスだったし」
「ど、どうも…」
榊原。確か国語が得意な奴だ。湊と共に壇上をよく上がった記憶がある。しかし、浅野自身が言ったことではないとはいえ、顔は普通は余計である。顔に出やすい性質の湊は少し眉間に皺を寄せた。
「で、E組の君らが僕に何か用?」
「いいや、別に。むしろよく話しかけたね?」
「……どうやら榊原君たちが君らE組に期末テストで勝負を仕掛けたらしい。ということで、少し気になってね。赤羽君、特に君は総合4位、数学は僕と同じ1位だ。まあ僕が負けるわけないけど、さ」
「ふーん?言うね、生徒会長サマ」
まさに一触即発といった状況。ただならぬ空気に、湊はカルマと浅野を交互に見た。片や成績がいい不良、片や生徒会長も務める優等生。まさか喧嘩などにはならないだろうな…と湊が固唾を飲んで見守っていると、浅野が言った。
「そういえば、不良の赤羽君と、少なくともE組に落ちるまでは素行がよかった黒瀬さんなんて珍しい。黒瀬さん、もしかしてパシリにでもさせられているのかい?」
「見て分かんないの?鈍いなあ、恋人同士だから一緒に帰ってるんだよ」
浅野へ小馬鹿にした笑いを向けながらカルマは言う。湊はぎょっと目を見開き、カルマへ批難の声を浴びせた。
「ちょっ、バカルマ!」
「いいじゃん。別に皆にはバレてるんだし…」
「そういう問題じゃないっ!!」
微笑ましい、もしくはリア充×ねと親指を下に突きつけられそうな会話に、浅野は目を細めた。その目を見た湊はどこか蛇に似ていると思った。
「へえ、そうなんだ。黒瀬さん、騙されてるんじゃない?」
「人聞き悪いな。別に俺は湊一筋だから問題ないよ」
「意外と寒いセリフ吐くね、赤羽君。別に恋愛禁止とかじゃないけれど、不純異性交遊はしないようにね。じゃあ」
それだけ言うと、浅野はまた元の道へ戻っていった。カルマと湊はその後ろ姿を見つめた。
「何あいつ、教師みたいなこと言って…行こ、湊」
「あ、うん」
獲物を捕える、ではなく、逃がした悔しさに溢れた、あのぬめりとした浅野の目。夏だというのに、湊は何故か背筋が寒くなったような気がした。
昨日浅野が言ったA組VS.E組は本当のことらしい。五教科トップをより多く取れた方が、敗者に何でもひとつ命令できるという。湊を始めE組はいつも以上に勉強に身を入れているのだが、
「こらカルマ君、真面目に勉強やりなさい!!君なら充分総合点トップが取れるでしょう!!」
カルマは違うようだった。あくびまでして、殺せんせーに怒られる始末。反省していない風のカルマは、A組が出した条件への疑問を突き出した。楽観視するE組へ、殺せんせーはパンフレットのあるページを提示する。
「先生の触手、そしてコレ。ご褒美は充分に整いました。暗殺者なら狙ってトップを殺るのです!!」
放課後。いつものようにカルマが湊と共に帰ろうとするのだが、
「あ、今日私図書館行くから無理」
「じゃあ俺も一緒に…」
「私一緒に勉強とか集中できないタイプだから、無理」
「えー…湊も本気出しちゃって」
ずばっと断られたカルマはどこかつまらなさそうに眉をひそめた。が、すぐに顔を明るくして言った。
「じゃあ、俺がトップになったらまた何か条件つけていい?」
「えー…なら、逆にトップじゃなかったら私も条件突きつけるから」
交換条件を出してきた湊が意外に思ったのか、カルマは楽しそうに口角を上げた。
「へえ?例えば?」
「秘密」
湊がふふんと胸を張ってみると、カルマは頭を優しく撫でた。
「俺も秘密にしとこうかな。湊、気をつけてね。何かあったら俺に電話するんだよ」
「私は子供かっつーの!」
そうして通学路の途中で、笑いながら手を振るカルマと別れた。
そこからしばらく、湊は図書館へ向かっていた。到着すると以前借りていた本を返却し、席を探そうと歩き回っていたときだった。
「やあ、黒瀬さん。昨日ぶりだね」
浅野学秀が、待ち伏せしていたかのように本棚の端に立っていた。しかも挨拶までしてきた。傍から見ると爽やかな笑顔ではあるが、湊は目が笑っていない気がした。声をかけられた以上、無視はできない。困惑した表情を隠せないまま、彼へ返す。
「う、うん。浅野君も、図書館に勉強しに来たの?」
挨拶だけして消えるわけにもいくまい、と世間話程度にと話題を振ってみる。だが彼は何も答えない。昨日と同じ、蛇の目をしていた。湊は何だか恐ろしくて、一歩だけ後ずさった。
逃げることもできぬまま、数分がたった。浅野はようやく沈黙を破った。
「どうして赤羽なんだい」
「え?」
「どうして赤羽なんかと付き合ったんだい」
疑問符はなかった。ただ心底理解できない、そんな意味合いが込められた言葉。音量は小さいながらも、低く迫力がある声に身が震えた。
「ど、どうして、って…浅野君には関係ない、」
「関係あるよ」
後退していく湊を浅野が追い詰める。湊の背が本棚にぶつかった。浅野の目が恐ろしいはずなのに、そらすことができない。あの日、告白してきたカルマの目とは違う。やけに大きく聞こえる心臓の鼓動の意味も、きっと違う。
浅野は、一般的に異性と取る距離をどんどん詰めていく。最終的には顔までも近づけて。カルマで初めてだった湊は、もはやどうすればいいのかすら分からない。脳が上手く機能しなくなる湊へ、浅野は告げた。
「君のこと、支配したくてたまらないからね」
「……え?」
湊は耳を疑った。この少年は支配したい、とかとんでもないことを口にした気がする。流石にあの理事長の息子で、かつ中学生だとはいえ、支配なんて単語が出てくるわけがない。湊は冗談でしょと笑おうとしたができなかった。
「僕の言うことを聞かないような女子がいて…しかも思い切って本人を目の前にうさんくさいなんて言うんだものね」
ナルシストな発言に思えるが、実際彼はそれができる。だが湊は、うさんくさい、なんて失礼すぎる言葉を口にした覚えはない。……いや、おそらくそれを言ったのは中学一年生、まだ小学校から上がったばかりで幼いのだ。言った気もする。
「浅野君の笑顔、うさんくさいねだなんて…ははっ、君すごいよ。理事長の息子だから何かやられるとか考えてなかったのかい?」
絶対考えてないね、うん。などと空気をブチ壊すセリフは言えない。浅野はまだ続ける。
「それからさ…君がノートに描いてた猫の落書きを指摘したとき、珍しく君は笑顔で答えたよね」
それなら思い出せる。それがが覚えている限りの会話だからだ。確か「猫が好きなの?」「うん、すっごく好き!!」とか、そんなありふれたものだった気がする。
「僕どころか、友人にだってあまり笑わなかっただろう?何だかその笑顔が頭から離れられなくて…この僕が、支配されたなんて…そんなことあえりえない」
湊は浅野の自己陶酔、そして病んでるとしか思えない言葉に戸惑うしかない。
「ねえ黒瀬さん」
「な、何?」
そして彼はもう一度、衝撃の一言を口にした。
「僕が総合点でトップを取ったら、赤羽と別れて、僕と付き合ってよ」
「へ…」
何を言われたか理解できなかった湊は、間抜けな顔を晒してしまった。すぐに頭を振りかぶり、浅野へ向き直る。
「無理だよ、だって私…」
「赤羽が好きだから?」
他人に言われて恥ずかしいが、それは誤魔化せない自分の気持ちだった。初めて人を好きになったのだ。急に湧いてきた他人に別れて付き合えなんて言われても、湊にはできない。
ふうん。そうつまらなさそうに相槌を打ってから、浅野は提案した。
「でも、それじゃあ不公平だからね。五教科トップ、どれでもいいから黒瀬さんが取ったら、僕が総合点トップでも別れなくていい」
「ほ、本当?」
「もちろんさ」
にっこり。湊にはあのうさんくさいとしか形容できない笑顔で彼は言う。そしてようやく湊から離れ、手を振った。
「期末テスト、楽しみにしているね、黒瀬さん」
――――期末テスト。殺せんせーの触手・ご褒美・カルマへの条件に加え、浅野まで加わった。どうやら本気で取り掛からないといけないらしい。湊は今更事の重大さを知ることになるのだった。
学秀君でやりすぎちまった感。完全にヤンデレ臭漂ってますね。学秀君だから仕方ないですよね!!カルマ君VS.学秀君やりたかったんです…。何にしろこの二人ヤンデレだと思います。
カルマ君最後に出なかったのは、原作的に色々と都合が…ね!こんな別れる付き合うとかやっておきつつ、期末テストは次で終わってしまうかも。学秀君の出会いとかもやっておきたいですね。
つーか、図書館で何しとるんでしょうねこいつらは。
タイトルはサティより。気取り屋ってまんま学秀君かと思いまして…。