水上の音楽



暑い。熱い。太陽の光は痛いほどに肌を焦がしていく。前にも言ったが、湊は夏が嫌いだ。烏間の代わりに鷹岡だとかいう教師が来ただとか、渚が暗殺の才能があることが分かっただとか、そんなことは暑さの前では風の前の塵に同じなのだ。

旧校舎にはクーラーがない。今日、クーラーがない学校などどんどん減っているというのにこれはひどい。このままでは暑さで死んでしまう。

「暑い…」

殺せんせーが水着に着替えて小さな沢へ行こうと言ったので、大人しくついてきているのだが、湊は既に限界だった。

「渚君、この前すごかったらしいじゃん。見ときゃよかった、渚君の暗殺!」

「本トだよー。カルマ君面倒そうな授業はサボるんだから」

「えー、だってあのデブやだったし。湊も一緒にサボればよかったのに」

「やだよ、変なとこでサボりたくないし」

手で火照った顔を扇ぐが何の意味もない。湊は基本サボりたいとは思うものの、実行はしないのである。

裏山まで歩く途中で殺せんせーが言う。マッハ20でもできない事がある、と。

「おや、誰が本校舎に行くと?」

その言葉に皆が走り出す。湊もつられて向かうと、いつもの沢には立派なプールが出来上がっていた。

「制作に一日、移動に一分。あとは一秒あれば飛びこめますよ」

湊は海が好きだ。もちろん、泳ぐのも好きだ。湊も急いでE組の皆と一緒に体操服を脱いでプールへ飛び込んだ。

「っはー、気持ちいいー!生き返るー!」

「さっきまで辛そうな顔してたもんねー、湊」

「そりゃそうだよー。カエデは嫌なの?」

用意された浮輪で泳ぐカエデへ尋ねる。苦笑してカエデは言った。

「うん、楽しいけどちょっと憂鬱。泳ぎは苦手だし…水着は体のラインがはっきり出るし」

「はは…確かにね」

カエデは胸にコンプレックスを持っているからだろう。かくいう湊もあまり水着自体は好きではない。そんな二人へ、キメ顔をしてカメラを構える岡島が言う。

「大丈夫さ、茅野。その体もいつかきっと需要があるさ」

「…うん岡島君。二枚目面して盗撮カメラ用意すんのやめよっか」

「よし、岡島。今から沈める」

にっこり笑って、湊はアメリカでやると確実に怒られるポーズをする。標的にされる岡島は信じられないという表情を浮かべた。

「なんでだよ!?」

「盗撮なんぞしようとするからだっつーの!逆に沈められないって思ってたのがすごいわ!」

「あ、岡島、湊の撮ったら俺にちょうだい。そしたら当然湊のデータだけ破棄して」

その中にするりとカルマが割って入る。もちろんだ、とこれまたいい笑顔で返事をする岡島。湊は口端をひくつかせ、まずはカルマへ襲いかかることにした。それを避けて泳ぐカルマは笑っている。

「何言ってんのカルマ!?バカなの!?死ぬの!?」

「だって湊の水着姿とか貴重じゃんー。プールとかこれから一緒に行っても学校指定のじゃないしさあ」

「なんであんたと行くことが決定済みなわけ!?」

「え、行ってくれないの?」

きょとん顔で止まるカルマ。行くのが当然だと思っていたらしい。その言葉に不覚にも湊も泳ぐのをやめて言い淀んでしまう。

「え、いや、べ、別に…」

「じゃあ行ってくれるんだよね。終わったら予定決めよっか」

はめられた。湊は頭を抱えた。学習しない自分に嫌気がさしてきた。カルマは嬉しそうにしているだけ。湊は睨みながら唸って、そのままプールへ沈みこむ。

「おいバカップル、いちゃつくんじゃねえ!」

「ほどほどにしてよー!」

「見せつけられるこっちにもなれー!」

そして飛ぶ野次。湊が耐え切れずに抗議する。

「ばっ、バカップルじゃないし!見せつけてないから!!」

「カルマ君黒瀬さん、いちゃつくなとは言いませんが、不純異性交遊はしないようにしましょう」

「殺せんせーまで!?」

殺せんせーにまで指摘され、ショックだった。湊はいちゃつくの範囲に入っているとは到底思えなかったのだが。しかし、E組としては「ああ、カルマは分からないけど、少なくとも黒瀬は無自覚なんだな」と分かりつつも、突っ込まざるを得ないのである。

しばらくしてから、殺せんせーのホイッスルが絶えず鳴り始める。倉橋が殺せんせーに水をかけると、どこぞの乙女のような可愛らしい悲鳴が漏れた。それにカルマが気をよくして監視台を揺らし始める。

「きゃあッ、揺らさないで、水に落ちる!!」

今までで一番使える弱点なのではないか、と皆で考えたときである。カエデがバランスを崩して溺れてしまった。彼女は湊よりも背が低いため、立つこともできないらしい。助けに向かおうとするも、湊より先に片岡が泳ぎ出していた。

「はい、大丈夫だよ茅野さん。すぐ浅いとこ行くからね」

片岡メグ。抜群のリーダーシップでE組の学級委員長を務める。文武両道、はっきりしていて凛々しい彼女は湊も好ましかった。イケメンな片岡メグ、略してイケメグの称号はむしろつかない方がおかしい。

「うーん、かっこよかったね、片岡さん」

放課後、帰り道。いつも通り二人は一緒に下校している。

「そうだねー。湊も片岡さんに憧れてるクチ?」

「憧れはするけど、別になろうとは思わないなー。なろうと思ってなれるもんじゃないし」

「湊はかっこいいより可愛いだからね。それに彼氏の俺よりかっこよくはなってほしくないなあ」

「かっ…」

言われ慣れているはずの形容詞。それでもやはり好きな相手から言われると嬉しいもので。夏の暑さからくるものではない熱が顔に集まっていく。それに気づかないカルマでなく、すぐさま楽しげに言った。

「顔赤くなっちゃって、かーわい。何度でも言ってあげよっか?」

「う、うっさい!バカルマのくせに!」

「ふーん?そんなこと言う湊には、口塞ぎの刑」

「へ?ふっ、ん…!?」

後頭部を掴まれたかと思えば、唇に柔らかい感触。それがキスだと理解したときには既に遅く、ぬるりと何かが湊の口内へ侵入してきていた。カルマは突然のことに逃げる彼女の舌を上手く絡め取っていく。息の仕方も分からぬ湊はカルマの胸を叩くが、カルマは気にせず行為を続ける。
ここは通学路、つまり椚ヶ丘中の生徒も利用するわけで。他の通行人もいるわけで。見知らぬ誰かに見られてしまっていたら恥ずか死い。ちなみに誤字ではない。ようやく解放された頃には息も絶え絶えだった。

「はぁ、はあ…バカ…見られたら、どーすんの!」

「そう言うと思ってちゃんといないから安心しなよ」

「できるか!」

羞恥と暑さで真っ赤になった顔で睨みつける。目にはうっすらと涙が浮かぶ。それを見て、カルマが言った。

「……ねえ、もっかいしていい?」

「死ね!!」



ようやく本編進めます。鷹岡回は特に見せ場もないのではしょりました。
やっぱりいちゃつくんだぜ。多分次の寺坂回でもいちゃつくんだぜ。こんな二人がいたら殴りたくなりますよね。E組の皆もそうだと思います。
タイトルはヘンデルより。まんますぎる…。