七月一日。衣替えの季節となり、生徒は皆半袖になっている。湊も肌を出すのは嫌だが、暑いのだから仕方ないので夏服に変えている。いつも通り家を出れば、カルマが待っていた。
「おはよー、湊」
先日うざい隣の席のクラスメートから恋人にジョブチェンジしたカルマは普段と変わらない。湊は少し照れくさくて、
「ん」
としか返さなかった。湊が隣へ向かって歩き出すと、カルマはやけに嬉しそうだった。何だか気まずいというか、むずがゆいというか。湊はまともにカルマと目が合わせられない。
「湊の夏服見たことないから、新鮮だな」
「別に大して変わらないでしょ」
「肌が見えてるから襲いたくなっちゃう」
くすりと笑ってカルマは言う。朝っぱらからの衝撃的な発言に、湊は一気に顔を赤くした。
「な、何言ってんのこんな時間に!馬鹿じゃないの!?」
「アハハ、顔赤い」
「誰のせいだっつーの!」
まさにバカップルの手本ともいうような会話をしながら、二人は旧校舎へ向かっていった。着いてしばらくするとだんだん皆が集まってきた。
「…ああ…今日から半ソデなのは計算外だった。さらしたくなかったぜ、神々に封印されたこの左腕はよ…」
そこで腕にタトゥーが彫られた菅谷が、中二セリフを吐きながら入ってくる。しかしタトゥーと思われたそれは、メヘンディアートというらしい。
「あー、インドのやつっしょ」
「知ってんだカルマ君」
「うちの両親インドかぶれで旅行行く度描いて来るよ」
カルマのそんな言葉を聞きながら、ふと思った。そういえば、恋人になったとはいえ、カルマのことを何も知らない気がしたのだ。教えた覚えがないのに、イリーナが来た頃料理だとかを頑張っていると言っていた。深く考えたらまた気持ちが沈む。おいおい知っていくだろうと、湊は考えるのをやめた。
「楽しそうだね」
湊が言うと、菅谷が耳聡く反応した。
「ならやってみるか?黒瀬、こういうの上手いし」
「いいの?じゃ、遠慮なく」
ペンを受け取り、自らの腕に描いていく。今好きな芸術家の作風を真似て腕に花が広がる。
「いいなー。湊、私もやって!」
「カエデ、ちょっと待っ「俺が一番最初ね」
立候補したカエデを押しのけて、カルマが湊の前へやってくる。湊は肩をすくめ、目だけで椅子に座れと示す。カルマは嬉しそうに笑って目の前の椅子に腰かけた。
「湊のと同じにして」
「え?適当に描いただけなんだから覚えてないよ」
「お揃いにしたいし。見ながら描けばいいじゃん」
「はぁ!?なおさら嫌だし!」
「いいじゃん、付き合ってるんだし」
カルマのその言葉に教室の時が止まった。殺せんせーまでもが、だ。そして旧校舎全体に幾人かの驚きの声が響いた。
「えっ、いついつ!?いつからなの!?」
「やっとかー、いい加減にしろって感じだったからなー」
「でもあれ以上いちゃつくのは勘弁」
「確かにー」
などという外野の声は耳に入らない。ただ、何故自分からバラしたのか、その困惑だけだ。目の前のカルマは何てことない顔で言う。
「だってどうせバレるだろーし。早めに言ってといた方がいいかと思って」
「オッケー、しね」
「言葉繋がってないけど…って早速違うんだけど、湊。ねえわざと?」
「わざとに決まってるでしょうがバカルマ!」
怒りながらもペインティングしていく。その様を、女子はにやにやしながら、男子は微笑ましくまたは妬ましく見ていた。
それから女子は湊に、男子は菅谷にペインティングしてもらい、E組全員が腕にメヘンディアートをした状態になった。授業の時間はとっくに過ぎているのだが。
「私の色香に悲鳴を上げろオス達よ!おはよ、ギャ―――ッ!!」
そんなとき、イリーナが教室に入ってきた。そういえば次はイリーナの授業だったと思いだす。イリーナに説明すると、殺せんせーが誰かに描きたくなってきたらしい。
「いいけど…皆に描いちゃったから…もうまっ白なキャンパス残ってないぜ」
「あるじゃないですか…好き放題描けそうな面積の広いキャンパスが」
露出の高いイリーナに目をつける。それが嫌で逃げようとしたイリーナは滑って気絶してしまった。そのままイリーナを使い、菅谷と殺せんせーで勝負することになったのだが、だんだんひどいことになり、最終的に目も当てられないことになってしまった。
「イリーナ先生怒るぞ、あれ…」
「あはは。…あ、起きた」
湊が心配していた通り、本物の銃を持って乱射し始めた。それを見計らってカルマがの手を取る。
「湊、逃げよ」
「え、ちょっとカルマ」
「いいから」
皆が騒いでいる間に、二人は教室を出た。湊の制止も聞かぬまま、涼しい木陰へ逃げる。
「何なの、もう」
「ビッチ先生が大人しくなるまでここにいようぜ」
「んー…まあいいけど」
銃弾が飛び交う教室など危なくていられない。湊は軽くため息をついてカルマの隣に座り込んだ。
「今日は素直だね。そんなに俺と二人っきりでいたかった?」
「ちっげーよバカルマ」
「冗談だって」
けらけらと笑うカルマを睨みながら、湊は目をこする。昨日は遅く寝たので、瞼が重くてたまらないのだ。カルマはそんなに気づいて膝を叩く。
「寝れば?膝貸してあげる」
「えー、やだよ…硬いじゃん、絶対」
「いーから。ほら」
「わっ」
肩を引き寄せ、無理矢理膝枕してもらう状態にさせられる。想像通り感触は悪い。が、寝転んだことでさらに眠気が促された。瞼がくっつきそうだ。
「うー…」
「おやすみ、湊」
優しい声音が決め手だった。その心地よい音に、湊は眠りの世界に入り込んでいった。
ただいちゃつくだけのお話が始まります。原作のこれからによりますが、色々あるんでしょうかね。ちょっとデレ高いかなと思いつつ。いちゃつけよという声が多すぎるので。
タイトルはファリャより。