先日、殺せんせーと同じ触手を持った堀部イトナとその保護者シロがやってからの数日。梅雨明けの季節がやってきた。椚ヶ丘中学校ではスポーツ大会が行われる。
といっても、やはりE組は普通のスポーツ大会ではない。男子は野球部、女子はバスケ部の選抜メンバーと戦わせられるのだ。つまり晒し者になるわけである。
それでも、杉野は勝ちたいと言った。それに応えて幾人かを除き、やる気に満ちたE組。殺せんせーの指導の元、着々と作戦が進められていった。
そして大会当日。
「ねー、湊」
湊がそろそろ体育館へ向かおうとしたとき、カルマが湊を呼びとめた。
「何、カルマ」
顔をしかめながらもちゃんとカルマの方へと体を向けた。
湊が赤羽からカルマ呼びに変わった頃…イトナがやってくる前はE組内で衝撃が走った。頑なにカルマと呼ばない湊がついにそれを口にしたからだ。
男子はカルマに、女子は湊へ詰め寄った。成功したのか、付き合ったのか。だがそれに当人たちは否定した。特に湊が。
何だと肩透かしを食らった彼らにカルマは付け加えた。でも後もう少しかな、と。
「野球部に勝ったらさ、またデートしてね」
「え?」
「んじゃ」
問い詰める間もなくカルマは逃げてしまった。湊はますます眉間に皺を寄せながらも、体育館へと足を進めた。
試合終了の笛が鳴る。負けてしまったが、なかなかいい試合をしたと湊は思う。一度しか出ていないが。球を使うものは基本ダメなのである。
「ごめん…私本当球技ダメでさ…」
「そんなことないって!黒瀬さんのパスカットとかすごかったし」
「そうだよ。それに比べて私は女バスキャプテンのぶるんぶるん揺れる胸元を見たら…怒りと殺意で目の前が真っ赤に染まって」
「茅野っちのその巨乳に対する憎悪は何なの!?」
そんな会話をしながらグラウンドへ向かう途中、倉橋が湊の肩を叩く。
「ねーねー黒瀬さん。カルマ君とさっき何話してたの?」
「またデート!?」
聞かれていた、だと…。湊は何とも言えない表情になる。しかも一番厄介な倉橋と矢田である。当然周りの女子も冷や汗をかく湊の周りへ集まっていく。
「よーやく黒瀬さん名前で呼んだもんね!なんかあったの!?」
「だいぶ進歩したよねー!ねね、なんで?」
「ていうか結局黒瀬さんはカルマ君のことどう思ってるの?」
矢継ぎ早に繰り出される質問に、湊は答えることなく顔をわざとらしくそらしている。そしてそのままグラウンドへ逃げるように走った。
「あ、逃げた」
「全く、黒瀬さんあんまりからかうんじゃないの」
「だってE組浮いた話ないしさあ」
「しかもあのドライな黒瀬さんとカルマ君だし、面白くって…」
などという言葉が背後からしたのは気のせいだと思いたい。
疲れた足でグラウンドの土を踏む。掲示板を見た。三対ゼロ。勝って、いる。
「!すごい!野球部相手に勝ってるじゃん!!」
「あー。ここまではね。で、一回表からラスボスが登場ってわけ」
呆然とする湊が我に返る。
理事長・浅野學峰。当然も彼のことが好きではなかった。物腰柔らかであるが、教育者として好きになれない。おそらくああいった人物には何を言っても芯を曲げることはないのだろう。
そんな折、バッターに前進守備が迫る。普通はそんなことなどないのだが、観客審判誰もが敵である。直してくれるわけがない。
杉野のおかげで何とか持ちこたえつつ、二回の表。カルマの番がやってくる。
「ねーえ、これズルくない理事長センセー?」
その前に、
「あ――そっかぁ。おまえ等バカだから、守備位置とか理解してないんだね」
お得意の挑発である。野次が飛ぶカルマを湊は手に汗握りながら見ていた。
二点取り返され、満塁。野球部キャプテンでエース、進藤一孝がやってくる。そこでカルマと磯貝が前進守備をする。許可をもらって……磯貝とともに進藤の目の前へやってくる。バッドを振れば確実に当たる距離。
「ばっ、馬鹿じゃないのあいつ!?」
当惑する進藤をよそに球が投げられた。迷わず大きく振る、がほとんど動かずに二人はかわした。
いくら普段エンドのE組だと罵ろうが、人間として扱っている。怪我をさせることを恐れて震えている。そんな彼へカルマは近づき、妖しい笑みを作る。
「……だめだよそんな遅いスイングじゃ。次はさ、殺すつもりで振ってごらん」
進藤に戦意などもう欠片もない。投げられたボールに、せめてもと力を振り絞っても腰が引いたスイングになるだけ。ボールをキャッチしたカルマが渚へ、そして全員がアウトになって――――
「ゲ…ゲームセット…!!」
「キャー、やった!!」
「やるじゃん男子!!」
E組女子から男子への賞賛と、観客から野球部への批難がグラウンドに響く。湊も隣の神崎と手を叩き合った。
そのまま片づけ始める男子を見回す。カルマは他の男子に囲まれていた。さっきの生き生きとした表情が消え去っていたカルマと目が合う。前原や磯貝を振り切って湊の元へ走ってくる。神崎に隠れようとするも、既にいなかった。というか他の女子が軒並みいなくなっている。
「勝ったからデートねー」
「わ、分かったから早く手伝ってこい!戻れバカルマ!」
叫ぶ湊へ満足そうに手を振って輪の中へ戻っていく。湊はカルマの背を見つめながら唸り、それから一人寂しく着替えに行った。
そして放課後になる。HRを終え、各々帰路につく。
「今度は海行こうと思うんだけど、どう?」
湊は例のごとくカルマとともに歩んでいる。としては勝手についてくる、という印象だが。
「交通費いくらくらいなの?」
「片道1000円かな」
「ふーん。……あとさ、弁当作ってきていい?」
「作ってきてくれんの?」
目を点にしつつむっすりとした湊へ問い返す。まさかそんなことを言うとは夢にも思わなかったのだ。
「食費、かかるの嫌だから」
返ってきたのは予想通りのものだが、顔はどこか照れくささが入っている。……そういうことにしておこう。カルマはとりあえず好きな子の手作り弁当が食べられることに心の中でガッツポーズした。
「詳しい日時とかはメールするから」
「は?私あんたに教えた覚えないんだけど!?」
「茅野ちゃんが教えてくれたよ」
「カエデあの野郎」
中間テストのデートは普通に家へ電話してきたから、今度もそうなのだと思っていたら違ったらしい。カエデに今度きつく灸をすえることにしよう。湊はそう誓った。
湊は海が好きだ。教えた記憶がないのに何故こうもの行きたい場所を知っているのか疑問だが、少し、いやかなり楽しみになってきた。カルマがいるのも――――多分、その理由のひとつ、かもしれない。
隣を歩くカルマに気付かれないように、薄く笑った。
ごめんなさい。イトナ君はですね、やってもぶっちゃけ何の意味もなかったのでスッ飛ばしました。てへぺろろ。見たいなー!という方がいたら小話でも書きます。
本当に後もう少しですね。連載自体は終わらないと思いますが、あと少しお付き合いくださいませ。
タイトルはシューマンより。
「つーか、あんたあの守備馬鹿じゃないの」
「あ、湊心配してくれたんだ?」
「あったり前でしょ!いくらあんたでも怪我するって思うわフツーに!」
「……へえ、磯貝はそう思わなかったの?」
「え?ち、違うって、ただカルマが変に挑発してるから余計に…」
「ふーん?」
「……ああもう、にやにや笑うなバカルマ!」