放課後のチャイムが鳴る。少し早めに授業が終わったE組では、皆帰宅の準備をしている。湊も鞄の中に教科書を突っ込んでいく。
「ソニックニンジャ、アメリカだと今日なんだね」
「俺も見たいけど、日本じゃ3ヶ月後だからなー」
右隣でカルマと渚が映画の話をしている。赤羽がヒーロー物見たいとか意外だなぁ、などと思いながらも会話を聞き流していき、帰ろうとする。
「バイバイ湊」
「んー、またね」
「またね、黒瀬さん」
「うん、また明日」
そう挨拶を交わし、校舎を出る。しばらくしてはたと気づいた。
「やばっ、忘れ物した!」
その忘れ物に限って必要な物だから困る。湊は慌てて旧校舎まで戻った。そこでふと校庭に殺せんせーの後ろ姿をみかける。何をしているのだろう。
「先生?」
湊の呼びかけに応じてくるりと振り返った殺せんせー。……に、湊は顔をしかめた。
「何してんの、赤羽と潮田君」
殺せんせーの服の中にすっぽり包まれる形でカルマと渚がいたからである。どこからどう見ても怪しい。
『私もいますよ、黒瀬さん』
「うわっ、律?なんでそんな小さく…」
『全員の携帯に私の端末をダウンロードさせてみました。モバイル律とお呼びください』
「いつの間に!?」
つまり湊の携帯の中にも入っている、と。何それ怖い。
「そういう黒瀬さんは?帰ったんじゃ…」
「どーせ忘れ物してきたんじゃない?」
何故バレたし。黙秘権を行使し、答えずに再び尋ねる。カルマはにやにや笑っているが、無視した。
「映画をハワイまで見に行くんです。黒瀬さんも行きますか?」
「……っつーか、その中もう定員オーバーじゃないですか?」
「大丈夫、二人が頑張れば入りますよ」
「いやそこまで…」
断る間もなく、二人はどうにか隙間を作ろうと奮闘していた。ここでNOといったら空気が読めていない認定を下される気がする。アメコミを見るんだったらポケモンでも見るのだが。
「はい、湊。入りなよ」
「……」
悲しいかな、日本人の性。大人しく二人の間に滑り込む。
「変なとこ触ったら殺すからね」
「あはは」
「カルマ君棒だよ!?」
「さ、行きますよ、渚君、カルマ君、黒瀬さん、律さん」
そう言った刹那、既に視界は空だった。速い。速い。飛行機やジェットコースターなど目ではない。流石マッハ20。何物よりも、速い。
「ちょっ、先生これ怖い怖い怖い」
「おや、これでも速度落としてるんですけどねえ」
『黒瀬さんは絶叫系はお嫌いなのですか?』
正直、選択肢があるなら乗りたくない。フリーフォールとか死ぬ。つまり、嫌いである。大嫌いである。
「怖い怖い怖い怖い」
何の音も聞こえない気がしてきた。修学旅行の不良などとはまた違う恐怖。
そんなとき、手に何かが触れる。浮遊感と速度の恐ろしさに耐えられず、湊はぎゅっとそれを握り返した。それだけを心の支えにして、ハワイまでの到着を待った。
「…と、まあこのようにして、最新の防弾チョッキにも応用されている技術なのです」
ふわり。地に足がついた。安堵のため息をつく。そういえば自分が握っているものは何なのか。右下に視線を落とす、と。
「湊、必死になっちゃって可愛い」
カルマの手だった。湊は屋根から飛び降りて死にたくなった。今すぐにでも実行するか、この手を離したいが、着地したのは屋根なのである。悔しいがまだ怖い。
「あ、赤羽。早く行って!怖いから!」
「離さなくていいの?嬉しいけど」
「離さないでいいから!早く!」
幼子のように喚きながら、何とか映画館に入る。カルマの表情は輝いている。殴りたい、この笑顔。湊としてはそんな感じだった。
しかし、寒い。ハワイには小さい頃何度も行ったが、室内はこんなに寒かっただろうか。腕をさすっていると、殺せんせーから毛布を手渡される。柄は気にしないことにした。
「でも…ここアメリカだから、日本語字幕ないんだよね。話のスジ分かるかなぁ…」
「それ、私も思った」
不安そうな湊と渚に殺せんせーは言う。
「大丈夫ですよ。3人とも英語の成績は良好ですし、イリーナ先生にも鍛えられているでしょう?」
知らない単語は触手越しに教えてくれるらしい。何でもありである。コーラとポップコーンを受け取り、スクリーンへ集中する。
先生や同級生とハワイで映画を見る。……うん、悪くない。湊はうっすら笑みを浮かべた。
「面白かったー。あそこで引かれるとメッチャ展開気になる」
「けどさぁ、ラスボスがヒロインの兄だったのはベタベタだったかな」
「潮田君面白かった?私は展開読めすぎてイマイチだった」
『ハリウッド映画1千本を分析して完結編の展開を予測できます。実行しますか?』
「…いや、いいよ。冷めてるなぁ3人とも」
そんな冷めた3人に対し、殺せんせーは大泣きである。いい年した大人がこれもどうなのか。英語で書いた感想文を提出しろと言われ、ブーイングしながらも帰路につく。
「あ、私こっちだから」
「じゃーね渚君」
「は?」
ひらひらと渚に手を振り、湊の隣に立つカルマ。湊は渚とカルマを交互に見た。
「うん、またね、カルマ君黒瀬さん」
渚も何の反応も示さず別れを告げる。困惑する湊へ、カルマが先を促した。
「危ないから送ってあげるよ」
確かに今は光も少なく、暗い。しばらくカルマを見つめた後、湊は何も言わず、黙って歩きだした。
湊の家に着いた。笑顔で別れようとするカルマを引き止める。
「赤羽!ちょっと待って」
「うん、いいけど」
家に入って鞄を放り投げ、親に何故遅かったのかと問われるのも無視して冷蔵庫へ直進する。目当ての物を取ってからまた玄関へ戻った。
「これ。あげる」
「何、それ?」
「ケーキ。昨日作った奴。甘いもの好きじゃないならいいけど…」
湊なりのお礼のつもりだった。暗い中、カルマは湊を送ってくれたのだ。早く帰りたいだろう。なら送らないはずだ。誰だってそーする。湊だってそーする。湊はそんな男に何もしないような冷血漢ではない。それに、あげるのはカルマだから、なのだ。自分では認めたくないけれど。
カルマはまたばきを繰り返してから、にこりと笑った。
「ありがとう、湊。貰っとくよ」
「まずくはない、はず」
「湊のならまずくても食べきってあげる」
「……あっそ」
じゃあね、と今度こそ帰ろうと足の向きを変えるカルマへ、湊が言う。
「気をつけてね。……カルマ」
その瞬間、カルマの足が止まった。振り返ったが、湊は家の中へ駆け込んでしまっていた。カルマはケーキの入った箱を見つめ、表情筋をだらしなく緩ませながら、再び歩を進めた。
映画のお話でした。だいぶいい感じになってきたんじゃないかなと思います。自画自賛乙。イトナ編は下手したら1話で終わらせてしまうかもしれません。スポーツ大会後でもうちょっと進展、するかも?
いちゃつかせろハゲ!という意見が多いので(※意訳です)、割と多めにいちゃつかせたつもりです。はい。
タイトルはエドワード・エルガーより。殺せんせーのマッハ20でカルマ君がいい思いしたのでこれを選びました。