憂鬱に、そして優しく



人の人生を『台無し』―――自然体にしていくとのたまう高校生たち。カエデがぼそりと誰もが思ったことを代弁した。

「…さいってー」

呟いた途端、彼らから遠慮なく首を絞められる。湊たちは縛られていてただ心配することしかできない。

「お、来た来た。うちの撮影スタッフがご到着だぜ」

ドアが開く。仲間か。俯いていた顔をあげるとそこには、

「考えられるのは、相手も修学旅行生で旅先でオイタをする輩です」

潮田、杉野、奥田――――そしてカルマが、そこにいた。手には分厚いあのしおり。渚が驚愕する高校生らに対して淡々と言う。

「先生がマッハ20で下見した…拉致実行犯潜伏対策マップが役立つでしょう」

「すごいなこの修学旅行のしおり!カンペキな拉致対策だ!!」

「いやー、やっぱ修学旅行のしおりは持っとくべきだわ」

いや、ねーよそんなしおり。湊は心の中で突っこんだ。彼らもそう思っていることだろう。

すぐにまたドアが開く。だがやってきたのは不良ではなく、『手入れ』された高校生と殺せんせー。リーダーへ口上を述べている間、四人は背後に回り込んでただのしおりを容赦なくふりかざす。広辞苑並のしおりももはや立派な鈍器である。

「……よかった。湊が無事で」

殴った後、赤羽はすぐに湊の元へ駆けつけて縄をほどいた。整った顔にはいつもの余裕ある表情はない。心底安堵している。普段と違うその顔に、ちょっとだけ、ちょっとだけ胸が跳ねた。

「……心配してくれて、ありがと」

湊はそんな彼を見ながら、そっとお礼を言った。一瞬目を丸くしてから、ただカルマは目を細めて笑っただけだった。


湊はカルマの『好き』を信じられることができない。何故かといえば、言いすぎてあまりにも言葉に重みがないからだ。言葉というものはとても重要なものであると考えている。言わなすぎるのもいけないし、言いすぎるのもいけない。
だがあのカルマがこれほどまでに表情を変えるのなら、真実であると思ってもよいのだろう。おそらく。裏切られた時が怖いから、全部は信じない。それでも湊は思う。少しだけ、こいつの言葉を信用して、いいかな、と。



あの後、湊たちは皆に心配された。当然だろう。特にイリーナにカルマが怒鳴られた。カルマだって二度とあんな間抜けなことはしないと誓った。

そんなこともありながら、二日。今夜がこのボロ旅館で過ごす最後だ。カルマは自販機でレモン煮オレを買い大部屋に戻ると、何やら男子全員で丸まっていた。真ん中には気になる女子ランキングと書かれた紙が目に入った。修学旅行でありがちなトークである。

「お、面白そうな事してんじゃん」

「カルマ。良いとこ来た」

「おまえクラスで気になる娘いる?」

「皆言ってんだ、逃げらんねーぞ、……ってまあ答えなんか聞かなくても分かるけどな」

乾いた笑いを洩らしながら、前原に呆れた顔で肩をすくめられた。飲みながらあっさりと愛しの子の名を口にする。

「湊に決まってんじゃん」

「だよなー」

「むしろそれ以外が出てきたら黒瀬が気の毒だわ」

浮気なんかするわけないがない。あのときから、ずっとカルマは湊が好きなのだから。よほどのことがない限り他の女子に現を抜かしたりなんかしない。

「あ、まさか俺以外に湊の名前出したりなんか」

『ないないない』

言いきる前に全員に否定された。それもそれで湊が可哀想じゃないかと思ったが、安心はした。このクラスにライバルはいないということだ。
カルマは知らない。そうだとしてもカルマの前で言えるか、全員が心の中で団結していたことを。

そこで渚がふと気付いたように言った。

「カルマ君って黒瀬さんのどこが好きなの?」

好きなところ。そんなの全部と言い切れる。カルマは少し考えるふりをして答えた。

「つんけんしてるくせに妙に律儀で可愛いとこ。料理も上手いし、この前デートしたときなんか、」

口にすれば止まらない。結局全部と変わらない。すらすら淀みなく言えるのはそれほど彼女が好きだからに他ならない。

「もういい惚気なんぞ聞きたくない」

「くそっくそっリア充め!!」

そんなカルマに皆が悪態をつき始めた。ブーイングとともにカルマは少々不満げに口を閉じた。

「皆。この投票結果は男子の秘密な。知られたくない奴が大半だろーし。女子や先生に絶対に…」

ため息をついた後、磯貝がE組男子へ注意する。そこでセリフが切れた。磯貝の視線を辿れば、窓に張り付いてニヤニヤしている殺せんせーがいた。

「メモって逃げやがった!!殺せ!!」

武器を持って殺せんせーを追いかける。カルマ以外が。俺は湊の湯上り姿でも見に行こう。そう考えて立ち上がった。


一方、女子はというと。

「ビッチ先生まだ二十歳ぃ!?」

「経験豊富だからもっと上かと思ってた」

「ねー」

「毒蛾みたいなキャラのくせに」

「それはね、濃い人生を作る色気が…誰だ今毒蛾っつったの!!」

ボロ旅館の大部屋で女子会である。
いやしかし、マジすかー。そりゃないよオンディーヌ。まだ私たちより5つしか違わないってことじゃん。そんなことを思いながら、唖然と湊は千枚漬を食べるイリーナを見つめた。

「女の賞味期限は短いの。あんた達は私と違って…危険とは縁遠い国に生まれたのよ。感謝して全力で女を磨きなさい」

暗殺者であるイリーナのその言葉は、とても真実味があった。治安がよくて誰もが教育を受けられて…こんな国、ほとんど見かけないだろう。部屋が、静かになった。だが思ったより早く沈黙はすぐに破られた。

「ビッチ先生がまともな事言ってる」

「なんか生意気〜」

「なめりくさりおってガキ共!!」

舐めすぎだろ。湊は心の中で突っ込んだ。今は教師をしているが、立派な暗殺者だ。人殺しだ。でも湊の中でイリーナに全くそんなイメージはない。ツメが甘いし、なんだかんだ優しい。だからなのかもしれない。

「じゃあさじゃあさ、ビッチ先生がオトしてきた男の話聞かせてよ」

「あ、興味ある〜。あと黒瀬さんとカルマの関係も!」

「は?」

何故か矢田・倉橋によりイリーナどころか湊にまで白羽の矢が立った。眠いなぁなどと呑気に構えていた湊は心底いみわかんないと言いたげな顔をした。私も気になるーという声がちらほらする。やめろ、本気でやめろ。

「ダメよ、あいつは!私がいいの選んであげるからやめなさい湊!」

「えええええええ」

「そういえばカルマと結局デートしたの?」

「黒瀬さんそこんとこどうなの?」

「ねえカルマ君エスコート上手かった?」

「うわああああやめてやめて何も聞かないで!マジでやめろ!!」

立て続けに攻撃してくる皆の言葉を耳を塞いで遮っていると、

「おいそこォ!!」

殺せんせーがにやけてた面で紛れ込んでいた。にやにやしながらメモを取ってている。恋バナはないかと皆(湊を除く)が詰め寄れば、マッハ20で逃げた。武器を持ち、追いかける。面倒だったので、湊は追いかけこそいないものの、廊下に出た。

「あ、月」

黒に塗りつぶされた空には三日月。新月になることはあっても、満月には決してならない。京都で和服に月見と風情があるが、BGMが殺せんせーを仕留めようとする銃声などでは格好がつかない。

「湊」

「赤羽」

ぼけーっと月を見ていると、カルマが湊の左肩に頭を乗せてきた。鬱陶しいので右手で引き離そうとする。

「重い近いうざい離れろ」

「あはは、ひっどい」

からから笑って離れた。微塵も傷ついてなんかいなさそうだ。湊は通常運転のカルマにジト目で見つつ、人差し指で後ろを指す。

「赤羽は混ざんなくていいの?」

「んー、湊とイチャイチャするからいいや」

「しねーよ」

「つれないなぁ」

そう言って湊と同じように窓から少し身を乗り出して空を見上げる。肩をすくめて光り輝く星の一つを指で示した。

「赤羽、あれ北極星」

「今日はよく見えるねえ。湊は天体好きなの?」

「うん、好きだよ。例えばさ、北極星とあの星を繋げば小熊座」

「ふーん。理系苦手なくせに天体は得意なんだ」

「好きなものは覚えられるの!」

「そんなもん?」

いまいち納得がいかないような顔で聞いてくる。これだから頭いいやつはよ!内心悪態をついていると、カルマが唐突に言う。

「来年もこうやって湊と見たいな」

「……来年って、もう学校卒業してんじゃん」

三月には、もういない。イリーナも烏間も、殺せんせーも、E組の皆も、カルマも、湊自身いないのだ。この三年E組は、もういない。

……何だかそう考えたら心が沈んできた。打ち払うように頭を振った。そこでカルマが言う。


「してても別に会えるでしょ。来年も京都行こうよ。二人で」


湊とは正反対に笑うカルマは、いつもの毒がありそうなものではなく、自然だった。どこまで本気なんだか。疑わしげにカルマをチラリと一瞬見てから、視線を星へ変える。

「まあ、考えといてあげるよ」

少しは信じてあげると決めた。これくらいなら乗ってやろう。そう思って答える湊に、カルマは一層笑みを深くした。



――――彼らの後ろでニヤニヤしている殺せんせーと十人十色な反応をしながら出歯亀している皆に気づくまで、あと十秒。



ようやく!ようやく!無理矢理感がありますが全て修正しました。次からは皆さん大好き律ちゃんです。私も好きです。頑張って、絡ませ…られるんでしょうか。
この修学旅行編はカルマ君を信じるようになるという割と重要な話なのです。カルマ君の忍耐とがんばり、ヒロインの自覚と認識により成立するものですので。
何故好きかという理由はまだ先にしたいと思います。
タイトルはドビュッシーより。