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- ナノ -

パンケーキと砂糖入りのコーヒー


家族と過ごすポップコーンもしくはティーパーティーは、マリオンにとって大切な時間だ。家族といいつつ、ヴィクターがついてくることもあるけれど、ノヴァやジャクリーンが望むなら仕方ない。
明後日もエリオスミュージアムの庭園でティーパーティーを予定している。ノヴァ、マリオン、ジャクリーン、ジャック、あと癪だけどヴィクター。今回もこの五人で行う――――はずだった。

「ねぇねぇ、ヴィクターちゃま。ジャクリーン、アイリーンちゃまに会いたいノ。だから、ティーパーティーに招待したいノ!」

ジャクリーンがぴょんぴょん飛び跳ねて言った。

アイリーン・シェリー。ヴィクターの恋人になった酔狂な女性だ。クリスマス付近で世話になったからか、はたまたヴィクターの恋人という立ち位置だからか、ジャクリーンはよほどアイリーンを気に入っているらしい。
彼女はいつも穏やかに笑っていて、マリオンのことを年下だからと下に見ず丁寧に接してくれるし、ジャクリーンの面倒も見てくれたし、いい人……というのがマリオンの所感だが、ヴィクターと気が合う時点でどこかおかしい。
人の話を聞かないで好き勝手喋り、他人の迷惑を考えないで行動する男のどこがいいのやら。マリオンからすれば何故付き合ったのかと不思議なばかりだ。

年明けの頃はヴィクターだって「知人です」 なんて淡々としていて、暇さえあればラボで研究かフィールドワークに行っていたくせにいや、最近もそれは変わっていないが、時折アイリーンとデートもしているようだった。実際何度も目撃したことがある。異常事態だし天変地異だ。

ジャクリーンの発言を聞いて、ノヴァも晴れやかに笑った。

「アイリーンさんか〜。おれはちょっと前にお話したけど、ジャクリーンはずっと会ってないもんね。……ヴィク、ちょっと誘ってみてくれない? 急だから難しいかもしれないけどさ」
「はぁ、それは構いませんが……。マリオンもお掃除ロボさんもいいのですか?」

ヴィクターがマリオンとジャックへちらりと視線をやった。気を遣っているらしい。ヴィクターのくせに。

「ジャックは問題ありマセン。アイリーンとは会ったことがありマセンカラ、楽しみデス」
ジャックまで賛同している。

アイリーンのことは嫌いではない。嫌いではないけれど、家族水入らずの時間に……ヴィクターもいるが…… 部外者がいるのはもやもやする。
だが、ここで嫌だと駄々をこねたところでノヴァやジャクリーンが悲しむだけだ。マリオンとしては「三人が会いたいなら」と渋々返答するしかない。

マリオンの承諾を得て、ジャクリーンは丸く愛らしい顔をぱっと輝かせた。

「やったノ〜。アイリーンちゃまとお茶できるノ!」
「まだアイリーンに尋ねていませんが……」
「だったら早く聞いてみろ。この時間帯ならアカデミーも終わってるし、多分繋がるだろう」
「はいはい……。……もしもし、アイリーン。お疲れ様です。今電話してもよろしいですか?」

ヴィクターが電話をかける。何コールかしてアイリーンが出た途端、鋭かったヴィクターの目つきが若干優しくなった。前に比べれば多少マシになったとはいえ、ファンの対応もろくにできない男なのに。何度見ても正直気持ちワルイ。

「急で申し訳ないのですが、明後日空いていますか? ノヴァとマリオン、お転婆ロボさん、お掃除ロボさんと、旧研究所……エリオスミュージアムでティーパーティーをするのですが、貴方も来てほしいと。……えぇ、マリオンも問題ないそうです。……ありがとうございます。伝えておきますね。では、明後日十一時、エリオスミュージアムでお待ちしています。……はい、おやすみなさい、アイリーン」

通話を終えた途端、元の澄ました顔に戻った。本当に気持ちワルイほどの変わりようだ。

「アイリーンも参加してくださるそうです」
「わーいわーい! ヴィクターちゃま、ありがとうナノ〜」
「楽しみだね、ジャクリーン。おれもお菓子作り、張り切っちゃおうかな?」
「ノヴァ、アイリーンは小食なので作りすぎないように」
「あ、そっか。アイリーンさん、小柄だもんね。うーん、じゃあミニケーキとかにしておこうっと」
「だからと言っテ、たくさん種類を作らないようにしてクダサイ、ノヴァ」

皆が賑わう中、マリオンだけは複雑な表情をしていた。


日は過ぎて、パーティー当日。からり乾いた空気に晴れ渡った青い空が広がっている。絶好のティーパーティー日和だ。先に五人でパーティーの準備をしているうちに、時計の針は十一を指そうとしていた。そろそろ始めたい。

「マリオーン。アイリーンさん迎えに行ってくれないかな? 多分そろそろ来てると思うし」

アイリーンは時間にルーズそうには見えない。マリオンは素直に首を縦に振った。

「分かった」
「マリオンちゃま〜。ジャクリーンも一緒に、アイリーンちゃまをお迎えしたいノ」
「うん。一緒に行こうか、ジャクリーン」

ぴょこぴょことスキップらしい動きをするジャクリーンを見守りながら、入口へと向かう。到着してすぐにふんわり癖がついた髪に垂れたエメラルドグリーンの瞳、そして左目の下に泣きボクロの小柄な女性――――アイリーンが佇んでいるのを発見した。

「アイリーンちゃま〜!」

ジャクリーンがアイリーンを見つけてまっすぐに駆けていく。
アイリーンはマリオンたちの方を向いてにこりと微笑んだ。

「こんにちは、ジャクリーン。久しぶりね」
「こんにちはナノ。今日は来てくれて、とってもとっても嬉しいノ〜!」
「私もよ。ティーパーティーに誘ってくれてありがとう」

アイリーンがちゃんとジャクリーンの目線に近づくよう屈む。
ジャクリーンは大変愛らしいので優しくするのは当然だ。しかし、あまりにも自然な所作に胸で燻っていた不満が少し落ち着く。

「マリオンさんもこんにちは。せっかくの家族の時間にお邪魔してしまってごめんなさい」

その通りだと刺々しく頷きたいところだが、事前に了承したのはマリオンだ。しかも本当に申し訳なさそうに眉を八の字にして謝罪されたのであれば、素直に受け入れるしかない。

「いや……ノヴァやジャクリーン、ジャックもアイリーンさんが来るのを楽しみにしていたし……。むしろ、急に誘ってしまってすまない」
「いえ、私、家であまりやることもありませんから。皆さんにも会いたかったですし、ヴィクターさんからノヴァさんはお菓子作りが好きって聞いてましたし。とっても楽しみにしてました」
「パパ、アイリーンちゃまが来るから、お菓子をたくさん作ってたノ」
「あら。ありがたいけど、そんなに食べれるかしら」
「余ったらレンやガストにも食べさせるから大丈夫だ」

レンにも食べられるものがあるだろうし、ガストはよく食べるし大丈夫だろう。マリオンが言うと、アイリーンがおかしそうに笑みをこぼした。

こうしていると本当に控えめでおっとりした女性だ。ますますヴィクターと付き合っている理由が分からなくなってくる。かといって、どうしてヴィクターを好きになったのかなんて尋ねるのはデリカシーに欠けすぎている。マリオンがとやかく言うことではないし、むしろどうでもいいと思っている。だけど、アイリーンの名前が出るたびに気になってしまう。
マリオンは形用できない感情を抱えながら、ジャクリーンとアイリーンとともに庭園まで戻る。

庭園へのドアを開けると、すでにノヴァたちが用意した机に食器を並べていた。
こちらに気付いたノヴァはゆるく笑い、マリオンたちへ手を振った。

「アイリーンさん、こんにちは〜」
「こんにちは、ノヴァさん、ヴィクターさん。今日は誘っていただいてありがとうございます」
「いやいや〜、おれもまたアイリーンさんとお話ししたくって。まだ運び終わってないし、好きなところ座ってください」
「まったく。今日は無理を言ってすみません、アイリーン」
「いえ、皆さんに会えて嬉しいですから。……あ、これ、茶葉なんですけど、よければ一緒に淹れてください」

アイリーンはバックの中からショッパーを取り出した。
そのブランドロゴに見覚えがあって、つい「あ」とマリオンの口から小さく声が漏れた。

ブルーノースにある人気カフェのロゴだ。機会があれば行きたいと常々思っていたが、サウスのウィル・スプラウトとパンケーキ店に行ったり、イーストのグレイ・リヴァースやビリー・ワイズと別のカフェに行ったりと、何だかんだ予定を入れて後回しになっていたのだった。

耳ざとくマリオンの声を拾ったヴィクターが尋ねる。

「ご存じのブランドなのですか、マリオン」
「ブルーノースで人気があるカフェだ。紅茶で有名で、ずっと気になってたんだ」
「そうなんですか? 私は前生徒から教えてもらって。ティーパーティーってことでしたから、茶葉を用意してみたんです。紅茶はあまり飲まないので、一番人気を見繕ってもらっただけですけど……。気になっていたなら、ここを選んでよかったです」

飲みたかった人気店の茶葉をこんなところで味わえるとは思っていなかったので気分が高揚する。アイリーンの人がよさそうな笑みも喜びを増長させる要因だろうか。
アイリーンからショッパーを受け取る。
感謝と喜びを正直に伝えたい。けれど気恥ずかしくて、マリオンは目を逸らす。

「……ありがとう。今、淹れる」

マリオンの言葉はそっけなかったはずだが、アイリーンはしとやかな笑みを深くさせた。

新しく紅茶を淹れる準備を始めると、ティースタンドを並べたジャックがアイリーンへ近づき、手を差し伸べた。

「はじめましテ、アイリーン。エリオスのサポートをしていマス、ジャック2デス。これからよろしくお願いしマス」
「はじめまして、ジャック。アイリーン・シェリーよ。これからよろしくね」

ジャックの大きく丸い手を女性らしいほっそりとした両手が包み込む。
ジャックとアイリーンが握手した後、ジャクリーンがクレヨンとスケッチブックを抱えてアイリーンへ近寄った。

「アイリーンちゃま〜。アイリーンちゃまの好きなものってなぁに?」
「私? そうね、星が好きよ」
「じゃあ、アイリーンちゃまとお星さまを描いてあげるノ」
「ふふ。ありがとう」

ジャクリーンがぴょんと椅子に飛び乗り、アイリーンの隣を陣取る。アイリーンは何も言わずジャクリーンの目の前に置かれたティーカップや皿をずらし、ジャクリーンが描きやすいようスペースを作った。それからレターサイズのスケッチブックをそのまま広げようとするジャクリーンを制止し、片方をくるりと折り曲げる。
アイリーンにはマリオンと同い年の弟がいるらしい。昔やったことがあるからか、ずいぶんと手慣れた動作だ。

「ジャクリーン、もう少しでパーティーが始まりマスヨ」
「すぐ描くから、大丈夫ナノ」

ジャックの小言を無視し、ジャクリーンがスケッチブックにクレヨンを走らせ始めた。その様子をアイリーンは目を細めて微笑ましそうに見守っている。まるで姉と妹、もしくは母親と子どもだ。

「はい、アイリーンちゃまとお星さまナノ〜」
「ありがとう。えーっと……うねっているのがが髪よね。あ、この点はホクロだから、これが目かしら?」
「大正解ナノ〜! アイリーンちゃまも何か描いてみる?」
「うーん、私、化学式とか力学図形とかなら描けるけど、そういうイラストとかは全然ダメで……。でも、ジャクリーンは私の特徴捉えて描けてすごいわ。とっても上手」

衝撃的な言葉を耳にして、紅茶を準備するマリオンの手が止まる。

(化学式·……? 力学図形……? なんでそんなものを普通の絵と一緒にしてるんだ?)

化学式と普通の絵が同列にされた。とてもやわらかな口調で全然似合ってない単語を並べるものだから、マリオンは勢いよく顔を上げ、アイリーンを凝視してしまう。
アイリーンはあたたかな眼差しをジャクリーンに注いでいる。褒められたジャクリーンはというと、にこにこと嬉しそうにしていた。傍から見ればとても和やかな光景だ。なのに出てきた言葉が不純物すぎる。

「ジャクリーン、楽しくお絵描きしてるところ悪いけど、一旦しまおうか? マリオ〜ン! 紅茶、淹れ終わった?」
「ご、ごめん、ノヴァ。もうちょっと待ってくれ」

皆を待たせている。マリオンはポットを蒸らす段階まで進め、空いている席に座った。

「マリオン、ありがとう。じゃあ、ティーパーティー始めよう!」

テーブルには小さい花々のチュールレースと薔薇のレースが重なったテーブルクロスが敷かれ、その上にいくつかのケーキスタンドとお気に入りのティーセット、ぴかぴかに磨かれたフォークやスプーンが置かれている。ケーキスタンドの中には一口サイズに作られたチーズケーキやチョコレートケーキなどがところせましと並ぶ。ジャックに注意されたのに、結局ノヴァはたくさん作ってしまっていた。

「ホテルのアフタヌーンティーみたい。美味しそうですね」
「ノヴァは長年お菓子作りをしていますから、味は確かかと思いますよ」
「パパのお菓子はとっても美味しいノ〜」

アイリーンはプチケーキにフォークを指して口へ運んで咀嚼する。すぐに頬を緩ませ、少女のように瞳を輝かせた。

「ケーキ、とっても美味しいです。お菓子作りって難しいのに。機械だけじゃなくてお菓子も作れるなんて、ノヴァさんって本当に多才ですね」
「あはは。マリオンのためにパンケーキだけじゃなくって他のお菓子もって作ってたら、レパートリーが増えちゃって」
「ノヴァはブラウニー、アップルパイ、マサラダ、お菓子ならたくさん作れマス。作りすぎテ、処理するのが大変デスガ・・・」
「私なんて多分休日でもお菓子作りしたことないのに。学生時代に友人としたような気もしますけど、それくらいです」
「お菓子作りって時間かかりますからね〜。……休日といえば、アイリーンさんは休日って何してるんですか?」 

他愛ない質問。だが、答えようによってはその人がどんな人か分かる問いだ。マリオンはちょうど蒸し終わったポットを持ったままアイリーンを見た。

「休みの日……。部屋の掃除したり、美術館や博物館に行ったり、学術書を読んだり、国際数学オリンピックの問題を解いたりしてます」
「す、数学……?」

部屋の掃除と美術館、博物館までは一般的な過ごし方だし、マリオンの予想の範疇だった。しかし、それからが問題だ。

(学術書はまだいいとして……数学の問題を休日に解くってなんだ? 教師だったら普通のことなのか?)

驚愕するマリオンをよそに、アイリーンが笑顔で続ける。

「あ、数学だけじゃなくて、物理学とかも解きますよ。世界向けじゃなくても、初等部や中等部みたいな学生を対象とした問題も面白いですし。答えが綺麗なものが出てくると特に」
「そうですね。最近、私も貴方から教えていただいた問いを解いてみましたよ。答えが美しいものは作問者を称賛したくなりました」
「なるほど〜。エラトステネスの篩みたいな解法は知ってても、おれはそういう問題解いたことないな〜。息抜きに探して解いてみようかな?」

学者二人とアイリーンが盛り上がっている。マリオンだって勉強は好きな方だが、どう考えてもティーパーティーで話す内容ではない。上品で控えめな印象は変わらないが、マリオンの中のアイリーン像が少し崩れておかしな形に変化していく。

――――やっぱりこの人、変な人なんじゃないか?

思い切り怪訝な表情を浮かべて三人を見ていると、アイリーンと目が合った。途端に申し訳なさそうに笑い、顔にも陰りを映した。

「変ですよね。友人にも何それって言われてますし。私、星を見たり美術品を見たりする以外、あんまり趣味らしい趣味がなくって」

「え、いや……まぁ……」

正直に言うとすごく変だ。変だが、ここで断言してしまうのも憚られる。普段なら堂々と言えるのに。アイリーンが偉そうでもなく横柄でもなく慣れ慣れしくもなく、あくまで温厚で謙虚だからだろうか。
マリオンが言葉に詰まっていると、

「確かに、数学者でもないのに問題を解いてみるというのはなかなかないと思いますが……私は、知的ないい趣味だと思いますよ」

ヴィクターが優しく落ち着かせるような声音で言った。

「うん、おれもいい過ごし方だと思います。おれは機械工学と【サブスタンス】が主だけど、数学とかも面白いですしね〜」

ノヴァも続けて頷く。自分もここで何か言わなければ。

世の中には多種多様な趣味がある。マリオンがなかなか聞かないだけで、数学の問題を解いたりする人も多かったりするのかもしれない。アイリーンは何も悪くない。おそらく、素直に答えて傷ついたことが何度もあるのだろう。普段は適当に答えていても、ノヴァやヴィクターといった二人がいるから口が滑ってしまったとか。
少し間を開け、咳払いをしてマリオンは口を開く。

「まぁ……休日の過ごし方は人それぞれだし……。教師になってもそうやって勉強しているのは、その、すごいと思う」

アイリーンは三人の言葉に目を丸くして聞いていた。エメラルドグリーンの瞳に、遠い記憶を見つめるような切ない光が宿る。だんだんと細くなっていく目の奥にほんの少しだけ悲哀が混ざった喜びが浮かぶ。そして、ゆっくりと唇をほころばせた。

「皆さん、ありがとうございます」

綺麗な笑みだ、とマリオンは思った。

ヴィクターは誰がどう見たって変だし、ノヴァも……変なところはある。学術書を読んだり数学の問題を解いたりするくらい、マリオンにはなんてことないはずだ。アイリーンも、変は変だと思うけれど。

それからみんなでケーキを食べながら談笑する。ルーキーたちの話、アイリーンの弟の話、紅茶やコーヒー派どっちか、天体のこと。アイリーンというゲストもいるからか多くの話題があって会話に事欠かない。
たくさんあったプチケーキも半分は減った。紅茶やコーヒーも何杯か飲み終えた。一度場が落ち着いたところで、ジャクリーンがアイリーンの腕をぺちぺち叩いた。

「アイリーンちゃま〜。せっかくだから、一緒にお庭をお散歩したいノ」
「今日は天気がいいものね。散歩しましょうか」

アイリーンはジャクリーンの誘いを笑顔で受け入れる。立ち上がった二人は花が咲き乱れる方へ進んでいく。

「ジャクリーン、ウィルちゃまにお花いっぱい教わったノ。アイリーンちゃまにも教えてあげたいノ〜」
「そうなの? 私も勉強中だけど、花の種類ってあんまり知らないから……。ジャクリーン先生、教えていただけます?」
「はいナノ。ジャクリーン先生にお任せナノ〜!」

高く愛らしい声が庭に響く。楽しそうなジャクリーンに、アイリーンはあたたかな眼差しを向けていた。
二人の後ろ姿を見つめながら、ヴィクターが言う。

「お転婆ロボさんはすっかりアイリーンに懐いていますね。似た名前ですから、親近感を覚えているのでしょうか」
「それもあるかもしれないけど、ジャクリーンはヴィクに好きな人ができて嬉しいんだよ、きっと」
「はぁ……」

ヴィクターは不思議そうに眉を寄せる。ノヴァの言葉がマリオンには何となく理解できる。優越感と怒りが交互に胸の中で渦巻く。ここで口に出すのもイライラするので黙っておくことにする。

当然庭園には何の危険性もないが、天真爛漫なジャクリーンとのんびりしたアイリーンだけにするのは少し心配になってきた。マリオンは別の話題に変わったノヴァとヴィクターを放って姿勢よく立ち、美しく華やかに咲く薔薇の前にいるジャクリーンとアイリーンに近づく。
マリオンは二人へ呼びかけようとして――――息を呑んだ。

アイリーンが、ひどく優しい目をしていたから。エメラルドグリーンに星が散らばってきらきら輝いていたから。視線の先は、ノヴァと話し込むヴィクターだった。
ヴィクターへ甘い眼差しを注ぐ姿が、ノヴァが如月シオンに向けていたものと重なる。大嫌いで、でも、美しくて優しくてあたたかなそれ。じくじくと澄み切って甘い疼きがマリオンにまで伝染していく気がする。
マリオンを見る目とは少し違うもの。違うことだけは理解できたから、癇癪を起こしたこともあった。どういう種類の眼差しだったのか、今のマリオンなら分かる。

(ヴィクターは、【サブスタンス】のことばかりの、気持ちワルイ奴なのに……)

人の話は聞かないし好き勝手行動するし、こんな変態のどこがいいんだか。ずっと気になっていたけど、どうでもよくなった。きっと目の前の女性は、マリオンが直すべきと思っている短所も含めてヴィクターのことを好きなのだから。

「んふふ、アイリーンちゃまはヴィクターちゃまのこと、だ〜い好きナノ」

ジャクリーンに言われ、アイリーンが微笑む。どきりとするくらい慈しみと愛情をたたえた瞳をして。

「えぇ。好きよ」

一切の恥ずかしげもなく、愛おしいのだから当然だとでもいうように肯定する。
キャー、とジャクリーンがアイリーンの周りをくるくる回る。白い頬を紅潮させ、アイリーンはこっそりと言う。

「でも恥ずかしいから、ノヴァさんとマリオンさん以外には内緒よ。ヴィクターさんも困っちゃうから」
「分かったノ。乙女の秘密ナノ
「私は乙女っていう年でもないけど……ジャクリーンは乙女だものね。女同士の秘密にしましょう」

内緒のポーズを取って明るく笑う。
二人の間には何だか男性が入ってはいけないような空気が漂っている。居心地が悪くなって、マリオンは席に座って遠くで見守ることにした。

「どうしたのですか? 二人に何か用があったのでは?」

ヴィクターが尋ねた。
アイリーンは甘く幸福な微笑みを一心に目の前のいけ好かない男へ向けているのだろう。コイツはちゃんと気付いているのだろうか。ヴィクターは涼しげな顔のままマリオンの強い眼差しを受け止めている。

「別に」

アイリーンがどれほどヴィクターのことを好きかは分かったけれど、あまり分かっていなさそうなヴィクターのことはやっぱり腹立たしく、マリオンはむっすりと返した。

一周してきた後ジャクリーンとアイリーンが戻ってきた。アイリーンが一息つくために紅茶を飲んだところで、ジャクリーンが再び話しかける。

「ねぇねぇ、アイリーンちゃま」
「何?」
「あのね、ビリーちゃまが美味しいパンケーキのお店を教えてくれたノ。今度一緒に食べに行きたいノ
「ジャクリーン、わがままを言わないでクダサイ。アイリーンが困ってしまいマス」

アイリーンは口元に手を当てて微笑する。

「いいわよ。一緒に食べましょう。……あ、でも、ヴィクターさんたちの誰かがいた方が安心ですよね。皆さん、どうでしょう?」

アイリーンが不安そうにマリオンたちの返答を待つ。真っ先にヴィクターが口を開いた。

「私は構いませんよ。仕事終わりか、休日になってしまいますが」
「おれも会議とか抜け出すし、大丈夫ですよ〜」
「ノヴァ、会議にはちゃんと出てクダサイ。リリーにまた怒られマスヨ」
「う……。と、とりあえず、おれも行きたいです。マリオンは?」

行く? と首を傾げてノヴァが問う。

マリオンとしては断りたい気持ちと行きたい気持ち半々くらいだ。だが、ここでティーパーティー中の皆の表情を思い返す。皆笑顔だった。ノヴァたちが楽しくしているところをマリオン一人除け者にされるのも嫌だ。

「パンケーキは好きだし、別に……いいけど」
「デハ、皆で行きマショウ」

皆。マリオンの家族は、ノヴァとジャック、ジャクリーン。家族と幸せに暮らす時間が大事だ。何故か時々ヴィクターもいるけど。
如月シオンがいた頃を回想する。彼女はもっと喧しくて、マリオンが嫌だと言っているのにぐいぐい来て。本当に大嫌いだった。アイリーンは彼女と印象が違うのに――――変なところは一致しているけど――――同じように胸の奥で棘が刺さったような感覚がある。
家族と認識していない存在が一人増えるのは嫌だ。
嫌だけど――――ノヴァもジャックもジャクリーンも、あのヴィクターでさえ楽しそうで。

「そうだな。皆で行こう」

たまに、本当にたまにだったら、この幸福な時間にアイリーンがいてもいいかな、とは思った。