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棘の手ほどき

※三期(四期)から一年後くらいのつもりで書いているのでキャラの年齢が上がっています。



棚に並べられた香辛料たちを見つめること十分。湊はようやくどれを買うか決め、店主に手渡した。金を払い店の外に出て、店の外で待たせていたロウガに謝ろうと口を開く。が、彼の姿が見当たらない。

ロウガは湊に何の断りもなくふらつくことはない。「帰りが遅れるならちゃんと連絡してね、心配するから」と口を酸っぱくして言っているからだ。律儀に守るのはそれがうるさいからなのか、湊を心配させたくないからなのか。どうせ前者だろうなと思いつつ、後者だったらいいなという希望的観測も捨てきれずにいる。

辺りを見回せばすぐに見つかった。ただし一人ではない。平安貴族のような少年、忍者のような少年、凛々しい顔立ちの少年、狐顔の少年、目を前髪で隠した少女。そんな、どこかで見たことのある少年少女がロウガを囲んでいる。
誰だっけ?湊はその記憶の元を探そうとする。少しして思い当たった。臥炎カップでロウガと対戦したチームの人たちだ。納得した後、会話の邪魔をしていいのか迷う。だが、ロウガの顔は明らかに迷惑そうでうんざりしている。ここで見守っていても仕方がない。湊は息を吸ってロウガへ駆け寄った。

「ロウガ、待たせてごめん」

声をかけると、当然誰だと奇異の視線が湊へ注がれる。顔は一方的に知っているとはいえ、見知らぬ他人と同じだ。湊はロウガを盾に隠れたくなるのをこらえた。

「なんや、荒神、ほんまに誰か待っとったんか」

「だからそうだと言っていただろう。嘘だと思っていたのか、貴様は」

「そないうっとうしそうな顔されてれば誰でも嘘ついて俺ら撒きたいんやと思うわ」

「それで、荒神ロウガ。そちらの女子はどなたですか?」

「俺の女だ」

凛とした少年に尋ねられ、ロウガは何の躊躇いもなく言う。文句は言わせまいとする強い言葉だった。しかし、荒神ロウガを知る者からしたらその言葉に驚愕する他ないだろう。叫んだり、開いた口が塞がらないでいたりと、それぞれ仰天の反応している。

あまりにも直接的な表現に湊の顔が一気に熱を帯びた。事実ではあるが、ロウガからそう紹介されると恥ずかしくてたまらない。

「お、女って……」

「事実だろう」

「そ、そうだけど……なんかもうちょっと言い方あるでしょ!」

二人がそんなやりとりとしているのと、ロウガがそんな冗談を言うはずがないと知っているからか、全員ようやく本当なのだと飲み込んだようだった。ただし愕然とした表情は変わらない。凛々しい少年も目を隠した少女も、クールな表情を崩したままだ。

「あ、荒神氏に……そのような女子が……?」

「いや、正直驚きっしょ……」

「驚きっちゅうより、ショックのがでかいわ……」

「やかましいぞ貴様ら」

ぎろり鋭い瞳で睨まれようと、五人は怯まない。あのキョウヤが選んだ出場者たちとあって、肝が据わっているようだ。
とはいえ恥ずかしさが消えるわけでもない。火照った頬を隠そうと手で覆う。

「なあ、そこの姉さん、名前は?」

そんな湊へ目を向けた狐顔の少年が話しかけてきた。

「え?あ、相棒学園中等部三年の黒瀬湊、です」

名を聞かれ、たどたどしく答えた。

確かロウガと臥炎カップ二回戦でファイトしていた少年は、どこかうさんくさい笑みを顔に貼り付けている。笑っていない細目は底が見えず、何だか目踏みされているようで落ち着かない。キョウヤと少し似たものを感じ、一歩引いた。

「これはどうも丁寧に。俺は禍津ジン、同じ相棒学園中等部の二年や。浪速カード会っちゅう組織におって、いろいろやっとる。で、こっちのクールな美女が、」

「真間雁メグミです。ジンとはただの仕事仲間で腐れ縁です」

「ちょ、メグミひどない!?」

メグミの冷たい対応にジンが突っ込みながらも、声は震えている。ふざけているが多少は傷ついているらしい。ジンに対して警戒していた湊は少し拍子抜けしてしまう。慣れているらしい残りの三人は視線を寄越しただけで、何もフォローしない。

「いつものことっしょ。あ、俺は金蛇秀水。戦国学園高等部一年で、寮長やってるっしょ」

「まろは手札の君レア麿。同じく戦国学園中等部二年で、生徒会長をしておる」

「私は戦国学園中等部三年、霧雨正雪です。一応風紀委員長ということになっています」

そういえば、戦国学園はロウガが在籍していたこともある学校だった。ロウガはそこにいた特定の誰かの話をしたわけではなかったため、三人のことは顔しか分からなかったが。

「えーと、禍津君、真間雁さん、金蛇さん、手札の君君、霧雨君。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしゅう。黒瀬の姉さんは荒神と違うて礼儀正しいなあ」

「……おい、湊。そろそろ行くぞ」

ジンの言葉は湊を褒めているというよりロウガをからかっているように思える。ロウガは荒々しい口調で湊を促し、彼らに背を向けた。

「荒神氏、まろとファイトと何度も言っておるじゃろ!?」

「荒神ロウガ、私もできれば貴方とファイトしたいのですが……」

レア麿と正雪の誘いにもロウガは乗らずに歩き始めた。バディファイトが大好きなロウガが珍しい。ロウガは以前と変わらず強者にしか興味がないので、この二人を自分より下だと決めているからかもしれない。それにしてもあんまりな態度である。どうせこの後はスーパーに行って食材を買うだけだ。夕方になる前に終わってくれればいい。湊は助け船を出した。

「ロウガ、別に時間あるんだし、ファイトしたら?せっかくしたいって言ってくれてるんだし。それに最近あんたファイトしてないから退屈でしょ」

「そうじゃそうじゃ!荒神氏、今度こそお主を負かしてみせようぞ!」

「……ふん。口だけにならなければいいがな」

「何じゃとぉ!」

「まあまあ。んじゃ、キャッスル行こうや」

ジンがレア麿をなだめ、ホビーショップに向かう。自分が口にしたこととはいえ、五人も知らぬ少年たちと行動することになってしまった。どうなることかと不安で体が硬くなっていく。ロウガとなら会話がなくても特に気にしないが、やはりバディとロウガ以外だとそうはいかないのだ。
しかし、ジンとレア麿、秀水はよく口が回った。間が持たないということがなく、それも湊の杞憂に終わった。誰かがひとつ話せば五は返ってくる。湊のバディも十分お喋りだが、それ以上でペースに巻き込まれてしまう。三人がやかましいせいか、ロウガはひどく苛立っていた。


目的のホビーショップに着くと、道中であらかじめ先にファイトを決めていたレア麿とロウガがファイティングステージに上がっていった。

「「バディファイト!」」

二人の声が重なり、バディファイトが始まる。他人のファイトを見ることがない湊にとってはいい機会だ。真面目に観戦しようと彼らを注視する。

「黒瀬の姉さん、荒神といつ会ったん?」

「あ、それ俺も気になるっしょ」

それもジンと秀水に阻まれた。男子なのに恋バナ好きなんだろうか。突然の、いや、ある意味当然な質問に反応が遅れた。純粋に女に関心がなさそうなロウガが女と付き合っていることに興味があるのだろう。キョウヤと初めて会ったときもこんな話をした。もしこれからロウガの知り合いに会うことになったら同じ話を何度もすることになるのか。羞恥よりもだるさが少しだけ勝る。
ジンと秀水の質問にメグミと正雪がたしなめる。

「ジン、やめなさいよ」

「そうですよ、禍津殿、金蛇殿。……黒瀬殿、すみません」

「あ、いや、そりゃ気になるよね。真間雁さん、霧雨君、気にしないで」

冷静で真面目な二人がいるからこの五人は――――というよりは二人と三人が一緒に行動しているように見えるが――――成り立っているようだ。謝罪してくれた二人に対し、湊は軽く顔を取り繕った。

「ロウガとは中一の秋に会って……だから臥炎カップも見たことあるよ」

臥炎カップとひとくくりにするとすべての試合を見たように捉えられていそうだが、正確にはチーム煉獄の、ロウガの試合と言った方が正しい。今もロウガやキョウヤ、牙王たちほどではない。しかし、その頃はもっとバディファイトに特別関心がなく、こうして誰かのファイトを見て参考にする考えがそもそもなかった。
湊の返答にジンが細い目を丸くする。

「中一ぃ?ほんまかいな。あの頃もう付き合ってたん?」

「いや、そのときはまだ付き合ってないけど……」

「ということは、戦国学園に彼がいたときはすでに知り合っていたんですか?」

「まあ。私は戦国学園に行ったとか後で知ったけどね。あいつ、基本的に大事なこと言わないし……」

今でも大切なことをあまり口にしない。口下手と言えば聞こえがいいが、単にロウガは言わないでもいいと思っているに違いない。だからこそ、ふとしたときに唇に乗せてくれる思いが真実なのだと信じられるのだけれど。

ファイティングステージへ視線を移すと、ロウガは獰猛な獣のように笑っている。楽しそうで何よりだ。湊は呆れながらも微笑んだ。

「黒瀬の姐御、荒神の旦那のことよく分かってるなあ」

そんな湊の横顔を見て秀水がからかうように言った。湊の眉が歪む。からかわれたから、だけではない。

「……さっきから気になってたんですけど、その、禍津君と金蛇さんの呼び方、何ですか?」

黒瀬の姉さん、黒瀬の姐御。何だそれは。まさか黒瀬湊とフルネームで呼ばれるよりもっと変な呼び方があるとは。姉さんはまだひとつとはいえ年上だからなのかもと納得できる。だが、姐御は何だ。年上の秀水に無理矢理呼ばせているような気もするし、不良グループのリーダーみたいな呼称である。渋い顔をせざるをえない。

「いやあ、あの荒神の彼女とか、そうも呼びたくなるっちゅーか……なあ、メグミ?」

「私に同意を求めないでほしいし、そう思わないけど」

「言うてメグミも敬語やんか。珍しい」

「珍しいって何よ。年上だし、きちんと接してくれてるんだから当たり前でしょう」

前髪で隠れているはずのメグミの目が釣り上がり、ジンを睨んだ、ような気がした。刺々しい語気にジンは肩をすくめてバツが悪そうな顔になる。湊は当たり前の対応をしているだけだが、そう言われると胸の奥がむず痒くなった。

「そうそう、戦国学園で一番強かった荒神の旦那が認めた女なんて、姐御って呼びたくなるもんっしょ」

「はあ……そうですか……」

理解できたような、できないような。曖昧な声で返すしかなかった。

「確かに戦国学園にいた荒神ロウガは、バディファイトの強さこそがすべて、そういう男でしたから。失礼ながら、貴方のような女子がどうやって彼に認められたのか不思議です」

正雪の言葉に湊の胸がずきりと痛む。正雪の言葉に悪意などないことは分かっている。纏う空気に多少の冷たさを感じるものの、正雪は真面目で誠実そうな少年だ。きっとそれが湊でなくても同じように口にしただろう。それでも、どうしても「貴方のように地味で何の取り柄もなさそうな」と暗に言われたような気がする。そんなのは慣れっこのはずだ。これからもどうせ言われるに決まっている。だから、早く胸に刺さった棘を抜かないと。だが、すぐに反応できない。

「終わったぞ」

覇気のある声が通った。はっと我に返る。声の主を見れば道中よりも不機嫌そうで、下手をしたら暴れそうな剣呑な空気すら纏っている。

「お、もう終わったん?」

「こいつが弱すぎてすぐ終わった」

「ぐ……次こそ負けぬでおじゃる!」

「やっぱ旦那つえーなあ」

レア麿の負け惜しみも秀水の称賛も意に介さず、ロウガは鼻を鳴らしながら湊へ歩み寄る。

「湊、行くぞ」

「え、霧雨君ともファイトするんじゃないの?」

「……霧雨正雪。貴様とは次の機会にファイトしてやる」

「分かりました。その言葉、覚えておいてください」

ロウガは目に留めた人物しか名前を覚えない。一度したら違えぬとはいえファイトの約束もした。レア麿のことはともかく、正雪のことは強者と認めているようだ。へえと感心しているうちにロウガは下へと降りていく。

「禍津君、真間雁さん、金蛇さん、手札の君君、霧雨君、ロウガがごめんなさい。ちょっと、ロウガ、待ってよ!」

五人へ謝罪し、慌ててロウガを追いかける。ロウガはすでにホビーショップの外に出ていた。

「もう、何なのよあんたは……一回やったんだから、もう一回くらいすればいいのに」

「興が乗らなかっただけだ」

「ふうん」

そんなものか。共に暮らしてそれなりに経ったが、ロウガの気分屋っぷりには慣れそうにもない。もう少し湊の知らないロウガについて話を聞きたい気持ちもあった。それはもしまた五人に会ってロウガがいないときの楽しみにしよう。
それよりも湊はロウガに伝えたいことがあった。

「……あのさ、ロウガ」

「なんだ」

「ありがと」

相変わらず仏頂面のロウガへ唇をほころばせる。湊の微笑みに目を一瞬見開いた後、ロウガは顔を背けた。

「……俺は何もしてないが」

「いいの。私はしてくれたって思ってるから」

正雪の言葉に勝手に傷つき、喉が渇いて声が出なかった。そうだよねなんて笑って返さなければいけないのに。湊でさえ、ロウガが何故湊を好きだと強く言ってくれるのかはっきりと分かっていない。その隙を突かれた気がした。
そんなときにロウガが来てくれた。ロウガは本当に何もしていないつもりだろう。それでもいい。湊は自分を助けてくれたと思ったから。

ロウガは視線をやった後すぐに前を向いた。こういうときは照れているときだ。湊は目を細める。

「……そうか」

「うん」

ロウガの服の袖を軽く握る。ロウガは湊を見ただけでその手を払わない。
私、ロウガのこと、好きだな。ロウガへの思いが少しで伝わればいい。そう思いながらもう少しだけ強く握った。



ジンと金蛇に姉さん姐御って言われたいだけの話でした。
戦国学園組とジンとメグミちゃんがいるのは、オールスター()ファイト編で一緒にいる描写があったからです。浪速カード会にいるんでしょうか?
戦国学園組、ジンとメグミちゃん大好きなのでまた絡ませて書きたいなと思っています。