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いつか神様だった人へ

「キョウヤがお前に会いたいそうだ」

ロウガはどこか気まずそうに湊へ言った。
WBCカップの後もほぼ毎日臥炎邸に通っているようだし、ロウガも湊のことを話していてもおかしくない。気になるのは当然だろう。

ロウガには悪いが、湊は臥炎キョウヤという男が嫌いだ。というか、苦手だ。お金持ちで顔もよくて何でもできてカリスマもあって、なんて、完全にこの世の中の不公平さの象徴のような人物だから。整った顔に浮かべている人の良い笑みは真意が読めない。口元は緩やかに微笑んでいるものの、目が笑っていないせいか寒気すら感じる。アルカイックスマイルと言えば聞こえはいいが悟りを開いた顔というよりかは意地の悪い顔だ。

それに。ロウガを一度突き放しておいて、利用しておいて、また友になるなんてそんな虫のいいことをできる男だから。湊はキョウヤが嫌いだ。ロウガはあんなに悩んで、あんなに傷ついて、あんなに求めていたのに。ロウガのことを思いながら、嫉妬している自分にも嫌気がさしてくる。
それに、もしかしたらキョウヤも傷ついたかもしれない。ずっと傍にいてその思想に賛同してくれた「友達」が、計画の終盤で中止を願ったのだから。それでも、湊はキョウヤを許せなかった。

そんな人物から会いたいなどと言われてしまい、湊は戸惑う。

「そう、なの」

「会ってくれるか。それとも……嫌か?」

ロウガの顔に陰が差す。慌てて笑顔を取り繕った。

「う、うん。いいよ。臥炎さんに伝えて」

「ああ」

断ったら、「そうか」と、悲しそうに目を伏せるだろう。拒否などできなかった。それに、もし断ったらキョウヤへの心象も悪くなる。それは避けたい。
安堵しているロウガに対し、湊はとても不安だった。



そして、キョウヤと会う日が来た。
相変わらず大きな建物に住んでいる。湊の住む教会もかなりの敷地だが、到底及ばないほど広く大きい。はあ、と感嘆と呆れのため息が湊の唇から漏れた。
世界を滅ぼして創り変えようとしていたのだが、それでもキョウヤは臥炎財閥総帥のままだ。権力で押し潰したのだろうか。臥炎財閥の影響力は絶大とはいえ、法律はよく分からない。

ロウガがインターホンも鳴らさずずかずか入っていく。顔パスらしい。湊もうろたえながらロウガに続いた。
中もインテリアが豪華でおしゃれだった。隅々まで行き届いており、塵ひとつなさそうだ。通り過ぎていく湊とロウガへ使用人たちが深々と丁寧に頭を下げる。居心地が悪くなり、湊は身を縮めた。

「こっちだ」

ロウガは慣れているのか我が物顔で歩いている。少し怯えている湊を促し、上へ上へと向かう。
そのうちこれまでで一番豪奢で大きな扉にたどり着いた。

「キョウヤ。俺だ。湊を連れてきたぞ」

「入って」

ロウガがノックすると優雅な声が聞こえる。
扉を開いて邪魔すると、食えない微笑をたたえたキョウヤが立っていた。

「はじめまして、だね。黒瀬さん。ロウガからよく話は聞いているよ」

そんなに私のこと話してたのかな。湊が目線をロウガに向けると、気まずそうに顔を背けた。

「ど、どうも。はじめまして。黒瀬湊です」

できるだけ笑顔でいようとしても、ぎこちない顔になってしまう。もともと愛想のいい方ではないのに、無理をしているからだ。キョウヤはそんな湊を見ても微笑みを絶やさない。それからとても柔らかそうなソファに座った。

「ロウガは少し席を外してくれるかい? 彼女と二人で話がしたいんだ」

「……分かった」

ロウガは少し気遣うような眼差しを湊に向ける。だが、そのまま承知して部屋の外に出てしまった。

え、なんででロウガも一緒じゃないの。何されるの、私? 取り残された湊の頬に冷や汗が流れてくる。

「どうぞ、黒瀬さん。座って」

「あ、は、はい」

勧められて向かいのソファに座る。腰を下ろした途端に弾みそうなほどのいい座り心地。顔を上げると、キョウヤは穏やかなようでいて何を考えているか分からない笑みでいる。舐められるように観察されて、さらに体が硬くなった。

「そんなに硬くならないで。何も君を取って食おうってわけじゃない」

「は、はあ」

「あのロウガが女の子に興味を持つなんてなかったしね。ロウガが好きになったのはどんな子なんだろうって気になったのさ」

面白そうにキョウヤは破顔する。本当にそれだけの感情の顔だ。湊が苦手な、意味深でどこか悪意をちらつかせているような表情ではない。身構えていた湊の体が少し緩んだ。

「……あいつ、そんなに私のこと話してたんですか」

「すごくってわけじゃないけどね。君の話を聞こうとすると恥ずかしそうだし。でも、今まで見たことないような優しい顔はしていたよ。……どうぞ」

温かい紅茶を差し出される。
今まで見たことないような優しい顔。湊の脳裏に、二人きりのときに時々、本当にたまに――――ふとロウガを見ると浮かべているような、甘くてひどく柔和な表情が浮かんだ。その顔を見ると湊も胸がどきどきして、好きがいっぱいになっていく。
この人もあのロウガの顔を見たことないんだ。湊はにやけそうになるのをこらえ、爽やかな香りがする紅茶を飲む。

「君はロウガのどこが良かった?」

「はい?」

「あるだろう? 何かきっかけとか、ここがいいとか」

まるで女子の恋バナみたいだ。そんなものに一度も縁がない湊はまた困惑する。しかも場所は学校の教室ではなく瀟洒な部屋、相手は女子どころか男の臥炎財閥総帥である。こんなシチュエーション、世界で湊だけしか遭わないに違いない。
湊は混乱しながら、何が最善の答えなのか、脳を最大限に活用する。息を吸い、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「……ロウガに聞いたかもしれないですけど。最初は、あいつから無理矢理ファイトを挑んできたんですよ」

――――貴様が負けなしの女ファイターか。

強欲な瞳で言い放ち、バディファイトを申し込んできた。ロウガの存在を知っていた湊は実物を見て、なんて傲慢な奴なんだと腹が立ったことを、同時に自信に満ち溢れた姿に少し羨望を覚えたことを思い出す。

「そのときは、ああこいつほんとムカつくなって思ったんです。二度と話すことも会うこともないなって。でも、ある雨の日また会って……そのとき、どこか寂しそうな顔をしてて……だから、三度目に会ったとき、声をかけてしまって」

つい見入ってしまいそうになるほど、切なく物悲しい目だった。あんなに苛烈な男が、弱さなど微塵も見せなさそうな男が、そんな目をしていて。それは、湊が鏡を見たときに映るものとひどく似ていて――――。ファイトしたときに浮かんだ怒りと憧憬も消え、忘れるはずだったロウガが湊の胸に刻まれていた。
何故あんな顔をしていたか気になって、強引に教会へ引っ張っていったのだった。

そうして思い起こすうちに、一年以上前のことなのかと気付く。もっと時が経っていると思っていた。

「あの頃のロウガが寂しそうな顔、ねえ」

キョウヤの唇から意外そうな声がこぼれる。

本当に目の前の男はロウガを友達だと思っているんだろうか。含みが感じられる言葉に顔をしかめた。

「ロウガは僕と出会う前は独りだっただろう」

疑いの眼差しを向ける湊を見つめながら、キョウヤは話し始めた。

「君も小さな頃から天涯孤独だと聞いたよ」

「そう、ですね」

幼い頃。母も父も姉も消えてしまった。家族がいる子が、お金持ちが、憎くてたまらなかった。優しいバディがいても湊の体は冷たいままだった。だから、報われようと頑張った。誰とも遊ばなかったし、行きたいところも、本当に欲しいものも我慢した。そうしたら幸せになれるとあのときは頑なに信じていた。しかし、結局何も手に入らず、独りきりのままだった。自分の世界に閉じこもっていたのだから当然だ。
湊はスカートを握る。

「だからじゃないかなって僕は思うんだ」

「え?」

「君たちは独りだったから、お互いを大切にできるんだなって。僕は家族がいたし、この通りの家だろう。価値観が一緒になるわけがない」

何も持っていなかったロウガと望むまま与えられたキョウヤ。価値観が一緒なわけがない。
ロウガにはキョウヤがいたが、お互い通じ合っていたわけではない。キョウヤ以外は己のみが信じられるものだと思っていたはずだ。
湊もバディや神父がいたが、頼り切ってはいけないと、甘えすぎてはいけないと、涙を見せてはいけないと、強く律していた。

「だからロウガも変わったのかもしれないね」

キョウヤは興味深そうに言う。声音にはほんの少しだけ、寂しさが含まれているような気がした。

「私は何もしてないです」

私は何もしてない。口にしてまた傷ついた。ただ待っていただけだ。最後にようやく少し動いたくらいで。ロウガが不器用だけど優しくなったのは、二年の初めの頃だったように思う。おそらく、牙王に会った頃だ。湊といたってロウガは特別変わらなかったろう。

「そうかい? ロウガが変わったのは、君に会ってからのように思うけど」

「違いますよ。だってあいつ、私の名前覚えようとしなかったですし、ご飯作ってあげたってお礼言わないですし」

「でもそもそも、僕以外ロウガに構う人がいなかったんだよ。ロウガもどこか内心嬉しかったんじゃないかな」

「……そう、ですかね」

納得のいかない湊にキョウヤは笑みをこぼした。おかしそうにくすくす笑い、口元を押さえている。顔に出ていたのかキョウヤは謝罪した。

「ああ、気を悪くしたらごめん。そんなに疑わなくてもいいのにって思って」

笑いながらキョウヤが続ける。

「だってロウガも君と同じことを言っていたからね。暗い顔が、少しだけ昔の自分に似ていたからって」

同じことを。私、そんな顔、したかな。寂しそうだったから、などあの頃のロウガが感じると思わず、驚いてしまう。人といることを嫌いそうなのに。寂しさなどないと、あの頃はきっと言えたろうに。ロウガはそんな傲慢な強さを持っていた。

「そう、なんですか」

「うん。だから自信を持っていい。あのときのロウガは特に他人の陰気な表情を見たって気にかけもしなかっただろうから」

反論できなかった。顔が熱くなっていくのが自分でも分かる。第三者に言われて、嬉しいのだ。

目を合わせない湊をキョウヤは見つめている。もう一口紅茶を飲んでから、キョウヤは話題を変えた。

「……君、僕のこと嫌いだったりするかい?」

「……何ですか、急に」

「いや、君、あまり僕と目を合わそうとしないから」

直球だった。何てことないように柔らかで上品な笑みを崩さない。即答できない湊にキョウヤはまた声を上げて笑った。

「いえ、その……嫌いというよりは苦手です、けど」

「はは。正直だね、黒瀬さん。大人しそうに見えて、毒吐きだったりするのかな?」

「あー、あの、その、ですね」

笑みを絶やさずにいる様は気分を害しているようには見えない。だが失礼なことを言ったことには間違いない。

バカ、私のバカ。あの臥炎財閥の総帥になんてことを。湊は口を滑らせやすい自分を罵った。

「臥炎さんはあまり感情が顔に出なくて読みづらいので、苦手意識があって。それから……」

湊はゆっくりと目の前の少年の目を見つめ返した。ロウガとは違う強さの目。上に立つ者の目。自分が絶対だと言い切れるような、傲慢さがちらつく目。苦手だし、嫌いだ。何でも持ってる奴なんて。
逸らしたくなるのをこらえ、湊はしっかり見据える。

「臥炎カップでロウガを突き放したこと。ロウガは許しても、私は許せないので。……たとえ貴方も、ロウガに裏切られたと思っていたとしても」

あのときのことを思い出す。
ロウガの感情がごっそり抜け落ちた顔。いつもの不敵さなんてどこにもない。たとえようのない絶望が降り注いでいた。あのとき触れた手は雨に打たれたみたいに冷たかった。胸が痛いくらい締め付けられて、湊が傍にいなければ消えてしまいそうなほど儚い存在に思えた。あんな顔はもう見たくない。荒神ロウガという男は、無愛想だけど自信に満ち溢れていて、ぎらぎらした目をした方が似合う。

糾弾されているキョウヤは湊の憎しみを静かに受け取っていた。それから、おかしそうに破顔した。

「……何で笑うんですか? 私、真剣なんですけど」

「ああ、ごめんごめん。君は本当にロウガが好きなんだなって思ってさ」

「う……」

「うん、そうだね。そんな君が僕に怒るのも無理はない。それでいいよ」

邪気のない表情。常に浮かべていた、腹の底にある悪意を滲ませた笑みではない。湊がずっと見ていたキョウヤは美しさの中に毒気があった。自分以外は誰も信用していないような人。そんなイメージの乖離に、湊はどきっとした。


――――目の前の少年は、盲目的で純粋なロウガの気持ちを小さな頃から見限った。あるいは、隣に立ってはくれないのだと落胆してしまったのかもしれない。それは湊の知る由ではないし、きっとキョウヤは真意を語ってくれはしないだろう。
こうして言葉を交わして、少しキョウヤに対する印象が変わる。

「でももしかしたら義兄になるかもしれないんだから、もう少し友好的になってほしいな」

湊はキョウヤの言葉に目が点になる。

ロウガとキョウヤは血が繋がっていないが、兄弟同然に過ごしてきた。キョウヤはロウガの義兄と言えるだろう。湊もキョウヤの義兄になるかもしれない。

――――ロウガと結婚すれば。

気付いた湊はかあっと顔がリンゴのように赤くなった。

「き、気が早すぎます!」

「だってあと五年もしないうちにできるじゃない」

「まだ早いですから!」

「まだとか、気が早いってことはする気はあるんだね」

「う、」

湊の揚げ足を取ってはキョウヤは楽しそうに微笑んでいる。
やっぱりこの人苦手だ。最低。湊は顔に熱がこもり、まともにキョウヤの顔が見れなくなってきた。

「ごめんごめん。ロウガを呼んでこよう。待ちぼうけてるだろうから。ロウガの小さい頃の話とかは、また今度してあげるよ」

申し訳なさの欠片もなく謝罪し、キョウヤは部屋を出て行った。

ドアが閉まったことを確認してから、湊は手で熱い顔を覆う。

「うぅ」

好きな人と結婚したい。家族がいなくなった湊がずっと夢見てきたことだ。これからのことは分からない。「ずっと一緒」とか「絶対」など現実にはどこにもない。だが、それを第三者に言われて現実味を帯びた気がした。湊たちはまだ十五歳なのに。

でも、そうなったらいいな。湊は顔を隠しながら目を細めた。



初めて少女を見たとき、正直意外の一言に尽きた。
一般的に見て特別美しいわけでもなければ可愛らしいわけでもない。体つきがほっそりしているわけでもなければ肉感的でもない。後者はまだ十五歳なのだから当然だが。大人しそうな、はっきり言うと地味な女子がロウガのタイプだったとは。
どこがあのロウガの心を射止めたのか、キョウヤには不思議でたまらなかった。しかしそれもすぐに納得した。

――――臥炎カップでロウガを突き放したこと。ロウガは許しても、私は許せないので。……たとえ貴方も、ロウガに裏切られたと思っていたとしても。

そう言った少女の瞳は強く、どこか冷たい光を放って堂々としていた。先ほどまで怯えて猫背になっていた少女とは思えなかった。温度を感じさせない声音は、瞳は、これから先キョウヤにどれだけ優しくされても和らぐことはないだろう。あの日キョウヤがロウガを傷つけたことを許さないだろう。

全身に刃のような鋭く厳しい非難を感じながら、ああそういうところか、とキョウヤも理解して、つい笑ってしまった。
もちろん昔の自分に似ていたからというのも本当だろう。全く愛想のない少女の穏やかな微笑みに胸を突かれたのも事実だろう。だが、一番の理由は意志の強さ、頑固さだろうとキョウヤは思う。ロウガは昔からまっすぐなものが好きだから。

――――俺にはお前とは別に、帰る場所ができた。

WBCカップ後、ロウガは自分の元に戻るのだとばかり思い込んでいた。しかしロウガははっきりと澄んだ眼差しで断った。

どこだと尋ねれば言いにくそうに顔をそらしたものだから、「彼女でもできたのかい?」と言えば押し黙った。冗談のつもりだったキョウヤは驚きの声を漏らしてしまい、ロウガの顔が赤くなったことをよく覚えている。キョウヤはそれに了承するしかなかった。キョウヤはロウガを止める権利などない。

その恋人のことを聞けば、出会ったのは中学一年生の秋だという。確かにロウガがその頃から時折遅く帰ってきたような気もする。だが、そんな少女に出会ったからだったのか。てっきりキョウヤはバディファイトをしていたか、トレーニングしていたのだとばかり考えていた。ロウガはキョウヤに隠れて裏切れるほど器用ではない。だから監視もつけなかったが、まさか女のところに通っていたとは。さすがのキョウヤでも想像がつかず、素直に驚いた。

ロウガは踊り場近くの椅子に座り込んでいた。

「こんなところにいたのかい」

「もういいのか」

「ああ。彼女がどういう子か何となく分かったし、いつでも会えるからね」

「……変なことを言っていないだろうな」

「言ってないよ」

まだね。ロウガは訝しんでいるが、言及するつもりはないらしく口を結んでいる。
キョウヤは口元を緩めた。

「どうしたんだ」

「黒瀬さん、ロウガのことをよく見て、よく考えてるなって」

「……そうか」

ロウガがそっけなく目を逸らした。褐色の頬は赤みが増している。照れている友を見てさらにキョウヤの笑みが深くなった。

本当にロウガは変わった。それが良いことなのか悪いことなのか、キョウヤには言えない。
キョウヤはロウガへ問う。

「少し聞きたいことがあるんだけど」

「何だ」

「ロウガは僕と彼女、どっちが大事だい?」

普段通りの調子で尋ねるとロウガは顔をしかめた。

「……何だ、それは」

「何となく」

キョウヤのいたずらな微笑みに、ロウガは眉間に皺を寄せている。答えはロウガの口から出てこない。ただ苦悶の表情で黙り込んでいる。

「……ふふ。意地悪をしてしまったね。別に意味はないさ」

そう明るく言ってキョウヤは目を伏せた。

何年もいた自分より、たった一年と半年しかいなかった少女と比べて負けるとは。キョウヤの胸に何故か少しだけ、本当に少しだけ、悔しさが浮かぶ。
キョウヤはロウガをから貧しいスラム街から救ったし、ロウガに様々なものを与えた。
湊は苛烈なロウガに歩み寄り、悲しみをたたえながらロウガを待った。
ロウガにとってはどちらも大切で、優劣をつけることではないのだろう。

ロウガは人の明るい気持ちには鈍いところがある。彼女、これから苦労するだろうな。キョウヤは愉悦を感じながら思う。
キョウヤは手を叩いた。

「そうだ。黒瀬さんじゃ他人行儀だから、湊って僕も呼んでみようかな。あとキョウヤって呼ばせてみよう。親族になるかもしれないし」

「どういう意味だ?」

ロウガにキョウヤは呆れた、もしくは哀れんだ目を向ける。そして大げさなほどため息をついた。

「君と黒瀬さんが結婚したら、僕は義兄になるだろう」

「け、」

キョウヤの言葉にロウガが目をむき、熱湯を浴びたように赤面した。想像通りの反応に、また湊と同じリアクションにからから笑う。

「早速呼んでみよう。彼女、嫌そうな顔するかな。驚くかな」

理想は何度も阻まれた。今も理想の世界を目指すことは諦めていない。形や手段を変えるだけだ。だが、その中で、ロウガや湊のことを見守るのも楽しそうだ。以前ならきっとそんな風に思わなかったろう。自分も牙王によって変わったのかもしれない。

……いや、馬鹿馬鹿しい。心の中で否定する。
歩く速度を速くする。後ろでロウガがついてくる気配を感じながら、キョウヤは優しい笑みを浮かべた。