そう言う女獄卒がいた。賀髪に比べるとまだ新米といった獄卒ではあるが、やる気があって一生懸命だった。
「あっ、賀髪さんももちろんあこがれですよ!」
ついでのようではあったが、彼女にとっては本心だろう。分かりやすいこの獄卒に、賀髪は複雑な気持ちを抱えながら、礼を言うしかなかった。
谷裂が憧れ。そんな事を言う獄卒は、今のところ見たことがなかった。男の中にはいるのかもしれない。何にせよ、自分にも他人にも厳しい彼は、むしろ恐れられている印象しかない。
何故かはよく分からないが、胸がちくりと傷んだ。
「おーい、賀髪ー」
廊下を歩いていると、木舌が後ろから声をかけてきた。手には書類がある。
「これ、肋角さんから。明日までに提出って」
「ありがとうございます」
そういえば。木舌は、谷裂とそれなりに交流がある。少なくとも斬島、佐疫、平腹、田噛よりは知っているはずだ。賀髪はそっと口を開いた。
「木舌さん。お聞きしたいことがあるんですけど」
「何?」
「谷裂さんが憧れとかいう方って、聞いたことあります?」
賀髪の質問に木舌は口を半開きにした。すぐに面白そうに口角を上げた。さも分かったと言わんばかりの表情に、少し苛立ってしまう。
「あー、そうだね。怖いしめんどくさいってのも聞くけど、でも強いしかっこいいっていうのも聞くかな」
「男性ですか?」
「俺は男だけかな。女の子でそういう子いたの?」
「……ええ、私には理解できませんでしたが」
「ふーん?でも賀髪、まるっきり谷裂のことが嫌いなわけじゃないんだろ?」
にっこりと、どこか食えない笑みを浮かべている。谷裂ほどではないし、違うベクトルではあるが、賀髪は木舌もあまり好きではなかった。こういうときの彼は、だが。
「……そうですね。好ましい部分はありますけど」
「例えば?」
「なんで言わなきゃいけないんですか」
「いいからいいから」
木舌は至極楽しそうだった。答えるのは癪だが、言わなければ後々面倒なことになるような気がした。賀髪は睨むのをやめ、息をついてから言った。
「あの人の勤務態度と、自分を鍛え抜こうとする姿勢は好きですね」
ストイックなところ。己の限界まで挑戦しようとするところ。そういうところは、好きだった。他人に言うどころか口にすること自体初めてだ。本人がいないというのに、とてもむずがゆい。言うんじゃなかったとすぐに後悔した。
木舌はというと、さらににやにやしている。目玉を抉り取ってやろうかと一瞬考えてしまった。
「うん、そうだと思った」
「何が言いたいんですか?」
「いやあ?とりあえず、悩むことも苛々することもいらないんじゃないかなーって思っただけ」
「は?」
本当に理解できない。平腹くらい分かりやすければいいのに。言及しても答えてはくれないだろうと気づき、賀髪はため息をわざとらしくついた。
「では私はこれで」
「うん、じゃあね」
ひらひら手を振っている木舌には応えず、そのまま元の道を行く。
木舌に答えを求めたものの、むしろ謎が深まっただけだった。無駄なことで時間を割いてしまったことに反省し、賀髪は渡された書類に手をつけることに決めた。
木舌は賀髪を見送った後、後ろへと目配せした。
「谷裂、いるんだろ?」
木舌の言葉と共に、顔をしかめた谷裂が現れる。
「……何の話をしているんだ、お前らは」
「んー、谷裂の話」
「それは、そうだが」
あまり話を聞いていなかっただろう谷裂を見て、木舌はくすりと笑った。
「何?俺が賀髪と話してたから嫉妬?」
「誰が!」
「冗談」
いやあ、面白いなあこの二人。一人だけ分かる木舌は、応援しつつからかっていくことにした。
ちょっとずつ、気持ちに進展がある感じで。ちなみに冒頭の子は恋愛とかは全くなく、むしろ早くくっついてくれないかなーと思っています。
タイトル配布元:routo A様