鏡の前で切られた髪を見る。身長くらいあった髪は、肩ほどまでしかない。上手く調節したらそんな長さになってしまった。
「……どうしたんだ、その髪」
食堂で、仲の悪い谷裂に会ってしまった。無視しようと思っていた賀髪だったが、さすがに話しかけられてはできなかった。
「亡者に切られました」
「フン、間抜け」
「言い返せないのがまた苛立ちますね」
言い訳はしない。実際己の油断で切られたのだ。そのときは怒りで我を忘れてしまった。当然肋角には説教され、罰として反省文を書くという、学生のようなことをさせられた。まったく屈辱的である。
「貴様もまだまだだな」
「ええ。反省しました。次がないようにします」
反論をしない賀髪に、谷裂は顔をしかめた。珍しいのだ。この女獄卒が自分につっかかってこないことが。賀髪の、根が真面目なところは嫌いではなかった。むしろ数少ない好んでいる部分であった。
もう二人の間に会話はなかった。
しばらくして、また谷裂と会った。ここのところ会う機会はなく、彼を見るのは久々だった。
そのまま通りすぎるつもりだったが、谷裂からの視線を感じる。不愉快な賀髪は口を開かずにいられなかった。
「何ですか谷裂さん。じっと見てきて。気持ち悪いですよ」
以前なら、沸点の低い谷裂がつっかかるはずなのだが、違った。ただ、賀髪の髪を見つめている。
「……まだまだだな」
「は?」
「その髪」
亡者に切られた髪は、ようやく腰まで伸びてきた。体が破壊されようと再生する獄卒とはいえ、髪まで瞬時に再生するわけではない。
「……そうですね」
自分の髪に触れた。美しい髪は以前と変わっていないが、長さだけが違った。
谷裂はそれだけ言うと、そのまま行ってしまった。彼の広い背中を見て、それから髪に視線を移した。
あの人がそんなことを言うなんて。賀髪は不思議な気分になった。
また時が経った。
「戻ったな」
書類を整理していると、また谷裂から話しかけられた。喧嘩腰ではない。あれから何度も口論から戦闘になっていたが、今日はそんな気分ではないらしい。
何が戻ったのか。賀髪はすぐに思い当らなかった。谷裂の視線をたどれば、髪だった。元の不必要なまでの長さに戻ったのだった。
「ええ。よかったです」
賀髪の口角が上がり、空気が柔らかくなる。賀髪の笑顔らしい笑顔を見たことがない谷裂は、目を丸くした。それも一瞬で、すぐに元のしかめっ面に戻った。そして、髪に目を向けたまま言う。
「その長さじゃないと落ち着かん」
「え、」
いつも髪が鬱陶しい、切れと言っていたのに。どういうことだ。顔をあげ、谷裂を見てしまう。彼の表情は変わらなかった。谷裂は何も言わない。こうやって、互いの顔を見つめることなどなかった。意志の強い綺麗な紫の瞳だと、思った。
谷裂から好意的な言葉を貰った覚えがなかった。だからどうやって返せばいいのか分からず、賀髪は俯いた。
「……ありがとう、ございます」
礼を言うことしかできなかった。谷裂が笑ったような気がした。
「今度は切られないようにしろよ」
「……当然です」
今はそれだけを口にすることにした。胸の奥が少し熱いのは、気のせいだろう。そう思いこむことにした。
お互い矢印向き始めた頃とか。基本殺伐と言うか喧嘩してるけど、たまにはこんな風になるといい。