特務室副長という立場にある災藤も今日は休日だ。いつものロングコートと制服ではなく、品のあるワイシャツ、黒いパンツ、洒落たボタンブーツと身を整えた災藤は普段よりさらに優雅さを際立たせていた。
出かける準備を終え玄関へ向かうと、さらさら流れる銀髪が目に入った。部下の賀髪だ。災藤が口を開く前に、艶やかな銀髪を揺らして振り返る。
「災藤さん、おはようございます」
「おはよう。賀髪も出かけるの?」
賀髪の格好はアンティーク調のワンピースにコルセット。完全に私服である。凝った装飾がいくつかあるものの、華美すぎることもないその服は人形のような賀髪に良く似合っていた。
「はい。この世で服を買おうかと。災藤さんはどちらに?」
「私もこの世に。今日はいろんな催しがあるから興味があって」
「今日……? ああ、確かにバレンタインが近いですしいろいろやっているでしょうね」
バレンタインデー。聖ウァレンティヌスに由来する記念日。ではなく、人間にとっては愛を伝えるためにチョコレートを渡す日。近年の日本ではそういうことになっている。他の国ではカードだったり花だったりと様々だ。バレンタインそのものはともかく、イベント事は街中がきらびやかになりイベントにちなんだものが売られている光景は見ていて楽しい。
「よければ賀髪も一緒にどう? もちろんお前の買い物にも付き合うよ」
突然の誘いに賀髪が目を伏せた。上司に自分の買い物を付き合わせて良いものか悩んでいるのだろう。それか休日にまで上司といたくないのかもしれない。感情の揺らぎがない碧の宝石は何を映しているのか、災藤にも読み取れなかった。
「……災藤さんが構わないのであれば」
数秒の間を開けて返答が来た。災藤は微笑む。
「じゃあ行こうか」
「はい」
仕事以外でもこの世に行くことはできる。天上へ向かうにはそれなりの理由が必要になるが、この世は特に必要としない。
あの世とこの世の境目を通り、この世に降り立つ。現世の都会は多くの人間が往来している。誰もが立ち止まることなく歩いており、他人と目線を合わせることはない。忙しない人間たちの目はどこか虚ろに見えた。
「さすがに人が多いですね」
「人混みは苦手?」
「好きではないです」
「静かな方が好きだものね、お前は」
館の獄卒たちで食事をしたり宴会を見たりする際、賀髪は一人静かに料理を口に運ぶか女獄卒たちと軽く会話を交わしているか、もしくは盛り上がる皆を遠巻きに眺めて酒を嗜んでいるかの三択だ。以前、部下たちが談話室で何やら騒いでいても、賀髪は我関せずと言わんばかりに通り過ぎていた。
賀髪はふっくらして滑らかな唇を最小限に動かして答える。
「賑やかなのは嫌いではありませんが、騒がしいのは嫌いなので」
「そう。賑やかなのはいいことだものね」
災藤が目元を和らげる。
賑やかと騒がしい。大した差はないように思えるが、意味合いは大きく異なるものだ。賀髪は誰かが話しかけてきたとして、拒絶するように去ることはしない。……平腹がトラブルを持ってきて田噛や谷裂が怒り出した、なんて場合は何もなかったかのようにすぐさま消えるが。
災藤は視線を賀髪から行き交う人間たちへ変えた。
「さて、どうしようか。まずはお前の服でも見る?」
「服は時間がかかるかもしれませんし……でも何か買って持ち歩くのも面倒ですよね」
「私は構わないよ。そんなに買い込むわけでもないから」
「そうですか?」
賀髪の眉が少し曲がった。確かに自分の買い物を済ませた後は皆に土産でもとパンや菓子、酒などと買っているが、片手で持てる程度だ。災藤は細身にも関わらず力があるとはいえ、人間の目を引くほどの量を買っていない。疑わしそうな目で見られるのは心外だ。
「……申し訳ありませんが、先に私に付き合っていただけますか?」
頷く代わりに微笑んだ。
特に服を買う店は決まっていないと言うので、災藤と賀髪は駅近くに建つ大型ショッピングモールに行くことにした。二人は休日でもこの世では週半ばの午前。客はちらほらいるもののごった返すほどではない。
エスカレーターで上に上り、ファッションフロアを回る。災藤の隣を歩く賀髪は時折マネキンに着せられた服を目に留めるものの、立ち止まらない。このまま別のフロアに上がると思いきや、ある店で賀髪が足を止めた。
「入っても構いませんか?」
「もちろん」
「いらっしゃいませ〜」
中に入るとやけに甲高く甘ったるい声が二人を出迎えた。
災藤に女装趣味があるわけでもなければ恋人という存在がいるわけでもないので、女物の服を主に売る店に入るのは初めてである。男物より種類が豊富で色とりどりの柄やあしらわれた装飾は華やかだ。なるほど女性が服を選ぶのに時間がかかる理由が分かった。視線を巡らせているだけで満足せず、あれもこれもと買いたくなってしまうのだろう。
それにしても。店員がやたらと賀髪を見ている。突然日本人離れした銀髪の少女が入ってきたらそうなるか。とはいっても、少女のようなあどけなさはすでになく、すでに成人した女性が持つ艶やかな色香を纏っているが。災藤にも熱っぽい目を向けられているが気付かないふりをした。賀髪も視線には慣れたもので、好きに商品を手に取っている。
店に来る途中も振り返ったり見とれたりしている人間が男女問わずいた。この世に来るたびモデルか芸能人かなどと噂される。ただし、いくら噂になろうとも人間が災藤たちを覚えていることはない。霊気が強い場所か霊感が強くない限り、人間の目にこの世ならざる者は見えないし、必要があって見えるようにさせたとして人間の記憶に残り続けるものではないのだ。
陳列されたニットやハンガーラックに掛けられたコートをじっくり眺めているうちに、賀髪が災藤の元へ戻ってきた。
「災藤さん、試着するのでもう少し待ってもらえませんか?」
「構わないよ」
「ありがとうございます。……あの、試着したいのですが」
「は、はい! こちらです、ご案内いたしますね!」
賀髪は災藤に軽く頭を下げてから店員に話しかける。話しかけられた店員は声が裏返っていた。挙動不審な店員に連れられ、試着室へ消えた賀髪を待つ。賀髪の買い物が終わったらどこに行こうか考えていると、店員のどこか興奮した声が耳に入った。
「お客様、とっても素敵です〜!」
声がした方へ足を動かす。店員の背後まで行くと、賀髪の服が上品なブラウスとプリーツスカートに変わっていた。よく練られた意匠がないため先程まで着ていたワンピースより多少地味に見えるが、賀髪自身の顔が派手なので十分つり合いは取れている。
「このスカートもブラウスも人気商品でよく試着されるんですけど、お客様ほどお似合いの方見たことありません!」
「はあ……ありがとうございます」
褒めちぎる店員にそっけない礼を返す。それでも店員は態度を変えることなく頬を染めている。そして笑顔のまま災藤へ声をかけた。
「彼氏さんはどう思います?」
彼氏。男女で出かけるのだからそう誤解されても仕方ない。同性ならばまだしも、単なる上司と部下でかつ異性が休日一緒に買い物という考えに結びつかないだろう。
災藤は動じずにやんわり嘘を交えて否定する。
「ああ、私たちは恋人ではなく兄妹で」
「そうなんですか? すごい美形兄妹ですね〜、日本語もお上手ですし」
災藤は落ち着いた灰の髪に灰青の瞳、賀髪は輝く銀の髪と碧の瞳である。兄妹にしてもあまり似ていない。しかし追及せず店員は納得した。しかも外国人だと思っているらしい。何にせよ助かる。賀髪はというと、鏡に映った自分をじっと見つめている。
「よくお前に似合っていると思うけれど。自分だとしっくりこない?」
そう投げかけたものの、それに応じずつま先からてっぺんまで自身を観察している。他人が似合うと評したところで自分が納得いかないのだろう。他人の、特に女の買い物にとやかく言うものではない。
目をつむって数十秒考えた後、店員へ言った。
「……スカートだけ買います」
「ありがとうございます〜」
会計を済ませて賀髪が商品を受け取る。持とうかと災藤は手を差し出したが、重くないのでと断られた。
「他は何か欲しいものある?」
「上の階を見て特になかったらもう災藤さんの行きたい場所で大丈夫です」
「そう? 遠慮しなくていいよ」
「たくさん買うつもりでもなかったので」
「そう。ならいいけど」
上の階も一周してみたが、賀髪の目に適うものはなかったようで一度も足を止めることはなかった。もう大丈夫だというように災藤へ視線を寄越したので、目的地を思い起こす。今いる建物の中ではないと分かっていたので移動することにした。
目指していた場所はショッピングモールから少し離れたデパートのイベントフロアだ。バレンタインが関係あるかは分からないが、海外でも指折りのショコラティエのチョコレートが買えると聞いて興味があったのである。
エレベーターの扉が開いた途端、チョコレートの甘い香りがふわりと二人を包み込んだ。
「チョコレートの香りがすごいですね」
「そうだね。平腹が来たら全部食べてしまいそう」
「平腹さんならショーケースを全部壊して中のものまで食べ尽くしてしまうのでは?」
部下の男獄卒たちは皆食欲旺盛だが、特に平腹は凄まじい。他の獄卒と比べて思慮が足りないこともあるため、そういうことも容易に想像できた。
「そうならないように多めに買っておいてあげましょう」
ショーケースにはチョコレートのほかにチョコが入った箱も展示されている。愛らしい猫や鳥が描かれているもの、ダイヤやボトルの形をしたものなど様々だ。
「最近のは箱も洒落ているね」
「災藤さんは箱のデザインで買ったりするんですか?」
「味は分からないからそういうこともあるよ。まあ、土産に買っても気にしない子たちの方が多いけど」
「あの方たちは大抵そうなのでは? 気付くのは佐疫さんか木舌さん、ぎりぎり田噛さんかと。……いえ、田噛さんはどうでもいい派でしょうか」
「お前は厳しいね」
「事実を言っているだけつもりなのですが」
賀髪が淡々と、だが同時に辛辣に言うものの、災藤は優雅に微笑みを浮かべている。
「じゃあ何を気に入るか分からないけど選ぼうか」
これは珍しい、あれも美味しそう、そうやって買っているうちに皆への土産は何だかんだそれなりの量になった。袋はかさばったが今回はチョコレートのみなので大した重さはない。
「少しお茶でも飲んで帰ろうか」
災藤の提案に賀髪は小さく頷く。
「お前は行きたい店ある?」
「いえ、このあたりに詳しいわけではないのでどこでも構いません」
「なら歩いて探しましょう。いいところがあるといいけれど」
表通りから外れた狭い路地へ入れば、それでもアパレルショップや喫茶店、レストランに雑貨屋、骨董品店など様々な店が並んでおり、目を奪われる。分かりやすく広い通りに面した店もいいが、こういった静かな通りの店も風情がある。
周りを観察しながら歩いていると爽やかな香りが風に乗って舞ってきた。香りにつられて二人が足を止める。香りを頼りに探すと小さなカフェがあった。少しレトロな看板も主張しすぎない佇まいも良い。隣へ視線を投げる。賀髪は無表情ながら首を縦に振った。
「いらっしゃいませ」
扉から客はいないように見えたが、何組かが会話と飲食を楽しんでいる。中も店に充満するコーヒーの渋い香りと紅茶の涼やかな香り、スイーツの甘い香りが肺まで染みこむ。
店員に席を案内され、腰を下ろす。メニューを広げて一息つく。
「お前とこの世に行くと目立つね」
「災藤さんもかなり目立つと思いますけど。背が高くて顔立ちも整ってますから」
「ありがとう。お前も綺麗だよ」
流れるように褒める。下心や他意はなく素直な感想だ。
氷像のごとき容貌、雪が乗りそうなほど長いまつ毛、切れ長で知的な瞳、紅はないがしっとりとした唇、そして光輝く銀の髪。獄卒というより雪女のようである。美の価値観は人それぞれだが、少なくとも今のこの世では「美しい」といって差し支えないはずだ。
「ありがとうございます」
賀髪は目を伏せ、ほんの少し違和感を感じ取れる程度の間を開けて礼を言った。
「気に障った?」
「いいえ。そういうわけではありません。あまり自分の顔が好きではないので、褒められると不思議な気持ちになるだけです」
おや。災藤の唇から軽く驚きが漏れた。
外見を称賛されるたび冷めた瞳で形だけ礼をするものだから、全く興味がなさそうだったのに。
「肋角から与えられたものでしょう。嫌だった?」
「いいえ。元の私と大して変わりません。成長したかしていないかくらいです」
特務室の獄卒は、災藤を除いて肋角が選び姿と名前を与えられた者たちである。つまり、新たに姿と名を与えることで存在を生まれ変わらせるのだ。そんな獄卒の中には獄卒になる前の記憶がある者もいるという。こうしてさらりと答えてしまうことではないはずだが、賀髪にとってさして重要なことではないらしい。
「私に言ってもいいの?」
「どうでもいいですし、災藤さんは誰かれ構わず言いふらす方ではありませんから」
「ふふ。嬉しいことを言ってくれるね」
端正な顔に笑みを形づくる。部下に慕われて悪い気になる者は少ないだろう。形式だけの言葉でないことは態度で見て取れる。
頼むものが決まったところで手を上げて店員へ注文する。店員がカウンターへ戻ると、目の前の部下は目線を下に下げた。瞳は長いまつ毛に少し隠れている。
「……災藤さん」
「何?」
「先程はすみません」
はて。賀髪に何かされたろうか。謝られる理由が全く思いつかないので素直に尋ねる。
「何か謝られるようなことをされた覚えはないけれど」
「買い物に付き合わせてしまったせいで恋人に見られてしまったでしょう。災藤さんは嫌だったかと」
ああ、とどうでもよさそうな声が薄い唇から漏れた。そういえばそんなこともあった。全く気にしていなかったのだが、賀髪にはずっと罪悪感があったらしい。自分が嫌がる方ではなく災藤が不快だったのではと考えるのが賀髪らしい。
口を緩めて笑う。
「そんなこと。お前が謝る必要はないよ。それとも私では不服かな? 谷裂の方が良かった?」
「やめてください嫌ですあの人とそんな風に思われるなんて吐き気がします」
ノンブレスで拒絶が返ってきた。美しい顔が台無しになるほど歪んでいる。ろくに顔の筋肉を動かさない賀髪がそんな表情をするのは珍しい。軽く笑い声がこぼれ、さらに賀髪の眉間に深く皺が刻まれる。
「全く笑えない冗談です。やっぱり怒っていますか?」
「あんなことで怒るわけないでしょう。谷裂が相手だとお前があんなに感情的になるから、つい」
賀髪は本当に感情がないわけではない。それは災藤も他の獄卒たちも理解している。そうでなければ髪が好きだと公言しないはずだし、谷裂を嫌いだと思いもしないだろう。だが、表情は大抵嫌そうに顔をしかめるか侮蔑の目を向けるかで、それも長く続くわけではない。だから負の感情とはいえ、感情を深く顔に広げることなど谷裂を相手にしなければ見かけることのないものだ。
「……そうかもしれません」
賀髪の瞳に一瞬戸惑いが浮かぶ。それは本当に一瞬で、注意深く見なければ災藤でも気付かなかったかもしれない。
半ば肯定した後目線を窓へと変えた。窓からは小さな庭園が見えるが、それよりももっと別のものを見つめている。横顔はもう何の感情も乗せていないかのように思えた。
「嫌いという割には話すよね。嫌いなら話さなければいいのに」
「あの人の顔を見ると肌がざわついて無視できないんです」
「どうしても?」
「どうしてもです。拒絶反応が出るんです。アレルギーは我慢しようとして我慢できるものではないでしょう」
アレルギー。冗談のような物言いだが、賀髪の表情は真剣だ。そのギャップに災藤の顔が緩む。
「賀髪も面白いことを言うね」
「冗談を言っているつもりはないんですが」
「分かっているよ」
分かっているからこそ面白いのだ。そう言うときっと幼い子供のようにむっとするのだろう。それはそれで愛らしいだろうから見てみたいがやめておいた。災藤にとって部下は誰でも子供のようで生徒のようで可愛らしいのである。
もうこの話はしたくもないとでも言うように賀髪の口が閉ざされる。
「お客様、ご注文のハーブティーとカモミールティーでございます」
注文の紅茶がきた。災藤もそれ以上掘り下げるのをやめ、紅茶の香りと味を楽しむことにした。
ピンクや赤で彩られた街並みを歩いて獄都へと帰る。
人気のない道からあの世とこの世の境に入り込む。あの世とこの世の境はどこか薄暗く曖昧だ。災藤たちはあの世の者なので平気だが、人間がひとたびこちらに迷ってしまえば自身の存在を認識できなくなるだろう。
風景が変わらぬ道を歩き、駅から獄都行きの電車へ乗り込む。それから何事もなく特務室の館に戻った。まだ日は明るいが、もう少し経てば館は橙に染まるだろう。
「チョコレートは冷蔵庫に入れて夕飯のときに教えてあげようか」
「今日の当番、確か平腹さんと木舌さんなので冷蔵庫に入れておくと食べられてしまいますよ」
「皆への土産だからそれは困るね。夕飯まで私が持っているよ。……おや」
廊下の向こう側から谷裂が見えた。手には重い金棒ではなく書類。肋角へ報告したか、あるいはこれから報告するか、もしくは報告書を手渡されたのだろう。谷裂もこちら――――というより賀髪に気付いたようで、あからさまなしかめっ面になった。しかし上司である災藤もいるからかすぐに元の冷厳とした表情に戻る。
「お疲れ様、谷裂」
「お疲れ様です。災藤さんは出かけられていたのですか?」
「そう。賀髪とこの世で買い物に」
「……そうですか」
物言いたげな眼差しを賀髪に向ける。刃物の切っ先のようなそれに賀髪も負けじと睨み返す。すでに二人の間には底冷えしそうな空気が流れていた。
「何ですか。鬱陶しいのでやめてください」
「賀髪、貴様災藤さんに迷惑をかけていないだろうな」
「……災藤さんが誘ってくださったのでご一緒しただけです。特に何もしていません」
ほんの少し返答に間が空く。人間に恋人と間違えられた、と正直に言うつもりだったのだろうが、面倒なことになるのを察して上手く言葉を飲み込んだようだ。
災藤も賀髪の気持ちを汲んであげることにする。それに災藤にとってはそんなこと些事で、「迷惑」の中になど入らない。
「谷裂、賀髪の言う通りだからそれ以上はやめてあげなさい」
「……は」
不満そうに眉をひそめたが、災藤が言うのであればと引き下がった。
「そうそう、お土産にチョコレートを買ってきたから。夕飯まで楽しみにしておいて」
「ありがとうございます。皆も喜びます。……では、まだ仕事があるので失礼します」
「引き留めてしまったね。頑張って」
軽く頭を下げて谷裂が去っていく。通り際に賀髪へ厳しい視線を向けるが、同じく気迫のこもった目で跳ね返した。
数秒だけ谷裂の背中を見つめた後、賀髪は深々とお辞儀する。
「災藤さん、今日はありがとうございました」
「楽しかったよ。よければまた行こうか」
「はい」
もう一度礼をして賀髪も災藤から離れた。動くたびに銀の髪が揺れ、光が生まれる。そのうち髪に反射していた光も見えなくなった。
あの二人がどうなるかは「あのお方」だって分からない。自分はただ見守るだけだ。
――――さて、どうなることやら。
災藤の目が優しく細められた。