×
「#オメガバース」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


手品師の掌

紅茶を飲もうと一階に降りると、談話室が何やら騒がしい。またどうせ彼らだろう。賀髪は眉を釣り上がらせた。
今度は何をしているのか。苛立ちながら談話室のドアを開く。部屋にはいつものメンバー全員……ではなく、谷裂だけが見当たらなかった。その代わりにかなり大きな段ボールが中央に置いてある。

賀髪は扉のそばにいた木舌に声をかけた。

「何をしているんですか?」

「ああ、賀髪。平腹がすごい手品をしたいらしくて。で、今じゃんけんで負けた谷裂を箱に閉じ込めて、箱を切る前に谷裂が瞬間移動するってことになってるんだ」

「……それは平腹さんがちゃんと準備していないと成功しないと思いますけど」

手品は仕掛け人とアシスタントが協力しないと意味がない。二人が、少なくとも平腹が準備していないなら、成功するわけがない。もしくは平腹には他人を移動させる力があったのか。絶対に違う。賀髪は冷たい目をしながら心の中で否定する。

「斬ってその後は?くっつければいいのかな」

「え……谷裂、縫合糸いる……?

「切断すると後片付けが大変そうだね。外のがいいかなぁ」

「なら瞬間移動と合わせよう」

「いや、仕掛けなんて用意してねぇぞ」

「谷裂がんばれよ!」

「おい待て、手品をするのはお前だろう」

箱の中から谷裂の怒鳴り声がする。

やっぱりそうか。分かり切っていたことだが、賀髪の頭が少し痛くなった。そもそも田噛以外手品の意味を理解していないらしい。
だが賀髪はそのまま放置することにした。どうせ切られても獄卒なので再生する。しかも対象が谷裂なので、余計に平腹を止める理由がない。

とはいえ、談話室が谷裂の血や臓物で汚れるのは困る。外でやれ、と言おうとして口を開いた。
声になる前に、上司の肋角が視界に入った。すぐに意識をそちらへ向ける。

「肋角さん。お疲れ様です」

「ああ。……なんだ、この箱は」

「手品です」

「谷裂が瞬間移動します」

「なるほど、面白い。俺も見物といくか」

肋角は空いている椅子に腰を下ろした。威厳がありつつも楽しそうな表情だ。
肋角が来たことで中断させるタイミングを失ってしまった。賀髪は肋角のそばに寄り、小声で話しかける。

「あの、肋角さん。仕掛けを用意していないので談話室が汚れると思うんですが。いいんですか?」

「心配するな、賀髪。俺と災藤が何とかする」

「はあ……」

肋角がそう言うならどうにかしてくれるのだろう。この場にいないはずの災藤の名が出たことは気になったが、言及するのはやめた。

「谷裂いくぞ!いち!にの!さん!ほい!」

平腹は耳が痛くなるほど大きな声でカウントする。最後の掛け声と同時に斬島がカナキリで段ボールを真っ二つに断ち切った。しかし、谷裂の苦痛に歪む声もなければ、床に血が広がっていくこともない。

斬島たちの会話から完全に準備はされていない。なのに、段ボールの中身は本当に何もないらしい。
賀髪は不躾ながらも肋角を探るような目で見る。肋角は椅子から動いておらず、平腹の大声に紛れて手で何か合図をしてもいない。災藤もこの場に不在だ。肋角と目が合うと、肋角は涼しげな表情で唇に笑みを形作った。

「何の音もしないな。成功か?」

「おーい、谷裂いるかー?移動できたら言えよー」

「返事がないね。大丈夫かな?」

「とりあえず中を確かめて……」

平腹が乱暴に段ボールを叩いていると、

「やれやれ、狭い中に閉じこもっているのは肩がこるね」

中から災藤が優雅に現れた。
突然のことに斬島たちは目を丸くする。冷笑や侮蔑といった表情しか基本的に浮かべない賀髪も、これには声が出ずに呆然としてしまった。もう一度肋角を見るが、肋角は何も答えない。

「え?さ……災藤さんだ……」

「谷裂はどこに行ったんですか?」

「ふふ。では私が箱から出て」

「さて、次は俺が。もう一度蓋をする」

空になった段ボールを再びひっくり返し、肋角が平腹へ言う。

「平腹、掛け声をかけろ」

「いち!にの!さん!」

さん、と言い終わり、肋角が段ボールを持ち上げた瞬間、消えたはずの谷裂が姿を見せた。感嘆の声が斬島たちから漏れ、すぐさま称賛の拍手を肋角と災藤に送る。賀髪も素直に手を打つ。

「みんな、マジックは楽しめた?」

「お前たちではまだまだだな。もっと精進するといい」

『はい!!』

部下たちの喝采と笑顔を受け、災藤が笑みを見せ、肋角は激励する。ただ、谷裂一人だけは不可解な表情をしながら拍手していた。唐突に別の場所に移動され、すぐに談話室に戻ってきたなら谷裂でなくともそんな表情をしたくもなるだろう。

魔法や魔術、呪術といったものではなく、『手品』と言われたならばタネが知りたくなるのは必然である。だが、何でもできていつでも頼りになる上司二人は、こういったときまともな返事をしない。賀髪は仕方なく谷裂に尋ねた。

「谷裂さん。何をされたか、は、貴方には分からないと思いますので、こうお聞きしますが……どこに行っていたんですか?反省部屋あたりですか?」

「……そうだ」

賀髪の問いに谷裂は頷く。普段の谷裂なら棘のついた賀髪の言葉に反論するはずだが、そうする余裕すらないようだ。

谷裂の答えにやはりそうかと納得する。反省部屋は窓もドアもなく、本当に何もない部屋だ。賀髪も谷裂との口論が熱くなりすぎて屋敷を破壊したときに放り込まれたことがある。肉体的な苦痛はないものの、『無』にずっと居座れば精神的に堪える。あのときは相当な時間いたため、人間ならば発狂していただろう。戻ってきてからのしばらくはさすがの賀髪も谷裂に喧嘩は売らなかったし、谷裂も賀髪に絡むことはなかった。

「努力してできるものなんでしょうか。さすが肋角さんと災藤さんですね」

「できるものだからああおっしゃったんだろう」

谷裂の言葉に賀髪の柳眉が逆立った。

「貴方みたいに体だけ鍛えてできるものでは決してないと思いますけど」

「何だと?」

ばちり。賀髪と谷裂の視線が交ざり、火花が飛ぶ。次の口撃を仕掛けようとすると、

「谷裂。もう一度瞬間移動してみるか?今度は賀髪と一緒にな」

肋角がすぐそばに立っていた。表情はいつもと変わらないものの、切り刻まれそうなほど鋭い眼差しをしている。重力さえ感じる低い音に、体の温度が下がっていく。谷裂の唾を呑む音が聞こえた。

「い、いえ。遠慮します」

「申し訳ありません、肋角さん」

二人綺麗に深く頭を下げた。それを見た肋角が微笑する。

「ふ。冗談だ。だが、またいろいろと壊したら反省部屋に行かせるからな」

「「……はい」」

谷裂と声が揃ったが、それも気にしていられない。肋角は二人の返事に満足そうに頷き、斬島たちの輪に戻った。

ここに長居する理由のない賀髪は、じろりと谷裂をひと睨みして談話室を出る。階段を上って自室に戻ろう。そこではたと気付く。

「……紅茶を飲みに来たんでした」

これでは肋角と災藤の手品(本当にそうなのかは分からないが)を見に来ただけだ。しかしわざわざ戻るのも馬鹿らしい。賀髪はため息をつき、そのまま上へと歩き出した。



獄都新聞の手品の話です。漫画の方がメインなのですが、Twitterのものと混ざっています。確認していなかったんですけど漫画になると結構セリフが違うんですね。
肋角さんに少し怒られる最後のくだりだけ書きたかったんですが、無駄に前置きが長くなってしまいました。
次は災藤さんともお話したいですね。