彼らは互いをいがみ合っている。同族嫌悪と思えばそうでもない。二人は生真面目で自分にも他人にも厳しいから同族とひとくくりにしてしまいたくなるだけだ。
谷裂は感情が分かりやすく顔に出る。対して賀髪はかなり分かりにくい。侮蔑や呆れは簡単に分かるが、自分の喜びや楽しさといった明るい感情を表に出さまいとしている。単に感情の出し方が下手なのかもしれない。
だから、同じようで違う二人がお互いを蔑んでも手にかけても、仕事だからで済まされないほど一緒なことが木舌には面白いのだった。
「谷裂、今日は飲むねえ」
ある日、木舌は谷裂を飲みに誘ってみた。肋角さんからいただいたお酒があると言えばすぐに乗ってくれた。他の皆はこの夜遅くでも任務で出払っている。適当なつまみと共に酒を煽っていく。
「うん、いいお酒だ」
「肋角さんが勧めてくださったものだ。まずいわけがなかろう」
「そうだね」
少し顔に赤みが差した谷裂が睨んでくる。実際飲んで注いでを繰り返してしまうほど美味い。惜しむらくは二人だけで楽しんでいることか。
「……また飲んでいるんですか、貴方たち」
極上の酒を楽しんでいると、温度を感じさせない声が割って入った。ドアに目をやれば、任務帰りであろう賀髪がつららのような視線をこちらに向けて立っている。
「いつもは木舌だけだ。一緒にするな」
「そうですか。貴方も何だかんだ付き合っていることが多いので、同じくらいかと思っていました」
「そんなわけあるか!」
そして始まる毎度の応酬。おそらくだが、ここにいる獄卒たちの中で誰よりも二人の会話耳にしている木舌はすっかり慣れてしまっていた。最初は二人が出会ったばかりの頃、共にした任務で。次は談話室で、その次は修練場で、次の次は玄関で、……。こうしてみると仲がいいなあと微笑ましくもなってしまう。
木舌は火に油とガソリンを注ぐように賀髪へ言う。
「賀髪も飲まない?肋角さんがこのお酒くれたんだけど。美味しいよ」
「……今日は飲む気分ではないので」
「そんなこと言わずにさー」
「しつこいですよ」
「こいつを誘うことないだろう。せっかくの酒がまずくなる」
谷裂は叱責することが多いが、獄卒一倍仲間思いな男である。本人に言えば否定するだろうが。こんなひどいことを口にするのは賀髪だけだ。
谷裂の言葉に賀髪のこめかみがぴくりと動いた。ドアから一歩も動かなかった賀髪がヒールの音を立てて室内に入ってくる。
「……気が変わりました。飲みます」
「おい、人の話を聞いていたのか貴様は!」
「聞いていません。いただきます」
賀髪は空いていた木舌の隣に座る。まだ空になっていない酒を余っていたグラスに注いでいく。口につけると軽く目を開いた。
「美味しいですね」
「でしょ?」
「……これ以上の嫌がらせに全部飲むような真似をするなよ」
「木舌さんじゃありませんし、そんなことしません」
「賀髪ひどいなあ」
「本当のことでしょう」
辛辣な言葉を吐きながら、賀髪がそのままぐいっとグラスに入った酒を飲み干す。賀髪と共に飲む回数は少ないが、意外といけるクチである。どこまでいけば潰れるのか試してみたくはなるものの、結構なペースで飲んでも彼女の顔が赤らんだところを木舌は見たことがなかった。
「賀髪、貴様報告書は」
「もう作りました。夜も遅いので肋角さんもお休みですし、まだ提出していません」
「二人とも、お酒の席に仕事の話しないでよー。ほら、谷裂も賀髪も、飲んだ飲んだ」
また二人の間に火花が飛び散りそうなところで、木舌はグラスに酒を乱暴についだ。
「適当につぐな!」
「床に汚くこぼれたらキリカさんに怒られるでしょう」
温度差はあるものの、同じように激昂する谷裂と賀髪。木舌は笑いそうになるのをこらえた。そうするとまた二人が目を吊り上げて木舌を責めるだろう。それは困る、と木舌はまた酒を体にしみこませた。
谷裂と賀髪は何度も戦闘に発展しそうになったものの、どうにか木舌がなだめつつ酒の場が温まっていく。
「賀髪、注いで〜。ちょっと俺、もう自分でやれないや〜」
「酔い潰れる寸前ならもう飲まない方が良いのでは?」
「いいから、いいから〜」
完全に顔が赤に染まった木舌に、賀髪は憮然とした表情を浮かべながらも木舌のグラスに酒を注いだ。つがれた酒を木舌が飲んで大きく息を吐いた。普段よりも顔の筋肉が緩んでいる。
「うん、女の子につがれる酒もいいね〜」
「『女の子』と呼べる奴じゃないだろう」
「おや、谷裂さんもついでほしいですか?顔に」
「やめろ!瓶の口を俺に向けるな!」
「あははは」
あまりしっかりしない意識の中、木舌は両隣の男女を見比べた。
二人は真面目だ。こなされたことはきっちり成し遂げる。二人は自他共に厳しい。他人に課すことを自分にもそれ以上のものを課す。
木舌はさらに二人を観察する。美男子とは言えないが男前とは言えるであろう谷裂と、凄艶な顔つきをした賀髪。頑固な谷裂と、意外と柔軟な賀髪。現代のこの世に多少疎い谷裂と、対応している賀髪。
「……木舌さん、何にやにやしているんですか?気持ち悪いですよ」
「こいつはいつもへらへらしているだろう」
「それもそうですね」
「二人ともひどいなあ」
けれど妙なところで息は合っていて。それが何だか複雑でちぐはぐで面白い。木舌は怪訝な顔をする二人に破顔するのだった。
獄卒七人(肋角さん災藤さん除く)の中だと、木舌が一番他者の本質を見抜きやすいイメージです。あくまで一番というだけで皆そうだとは思いますが。
同じで違うけど息は合う、複雑な二人。
次は災藤さんと抹本君、どっちもかどちらかです。
タイトルは酒にも酔わないし、恋愛なんてない、みたいな二人です。付き合ってるけど。