食堂に置いたままのサイコロを見て、賀髪は先日斬島たちが賭け事をしていたのを思い出した。
「そのサイコロ、どうしたの?昨日から置きっぱなしなのよねえ」
食事を用意してくれたキリカが言う。お盆には湯気立ったビーフシチューが乗っている。
「昨日斬島さんたちが使ったみたいです。丁半で」
「あら、そうなの。斬島ちゃんたちも好きなのね。賀髪ちゃんもやっていたの?」
「いえ、通りかかっただけなので……」
「賀髪ちゃんもやればよかったのに」
「誘われたら軽いものならやりますけど、そこまで好き好んでやるほどではないです」
「まあ賀髪ちゃんならそうよね。はい、ビーフシチュー。食べ終わったら持ってきてね」
「ありがとうございます」
キリカがウインクをして目の前にビーフシチューを置いた。賀髪は軽く頭を下げた。両手を合わせて食の挨拶をし、ビーフシチューを食べる。
ふと、谷裂の姿が視界に入る。彼もまた昼食を食べに来たのだろう。自分のものではないし、どうせならサイコロを片づけてもらおう。そう思って声をかけた。
「谷裂さん」
「……なんだ」
「これ貴方たちのでしょう」
彼にサイコロを差し出せば眉間の皺がさらに深く刻まれる。そんな反応をされることは分かっていたが、賀髪は続ける。
「たち、ではない。あいつらの誰かだ」
「何にせよ片づけてもらえませんか。賭け事に使っていたのなら、片づけるべきです」
「……見ていたのか」
「通りかかっただけです」
勘違いしないでほしい、という念を込めて言う。彼は鼻を鳴らして賀髪の前に座った。賀髪の華奢な手からサイコロを掴んで机に叩きつける。適当なコップを掴んでサイコロを隠した。
「丁か半で片づけるか決める、というのはどうだ」
「……貴方、賭け事好きなんですか?」
「嫌いではない。やるか、やらんか」
「……やりましょう」
それくらいならやってもいい。賀髪は静かに谷裂を見つめた。
「では半で」
「俺は丁だな」
そこで、サイコロを振るのを誰かにやってもらわねばならないことに気付く。谷裂も賀髪もいかさまなど選択肢にはない。どうでもいいことであれ、よほどのことがなければ正々堂々とする。
「あれ、谷裂と賀髪。何してるの?」
佐疫が食堂に入って来た。涼やかな顔には驚きが満ちている。付き合ったとはいえ、以前と大して変わらぬ谷裂と賀髪が喧嘩でも仕事でもないのに共にいることに驚愕しているのだろう。
そしてサイコロに視線を移す。
「あれ、そのサイコロ」
「このサイコロが誰のか分からないので、谷裂さんに押し付けようと」
「そこで丁半で決めようと思ったんだが」
「これ、僕のだよ。ごめん、忘れてて」
沈黙。谷裂と賀髪が顔を見合わせる。同時に二人とも軽くため息をついた。
「気を付けてくださいね、佐疫さん」
「まったく……くだらん」
「本当にごめん、二人とも……」
佐疫の謝罪を聞きながら、賀髪は少し冷めてしまったビーフシチューを食べるのを再開した。
意味深なタイトルのようでいて本当に無意味でした。獄都新聞ネタ。