CLAP
好きというたった二文字には様々な意味がある。
嗜好、親愛、そして慕情。
いずれにせよ大事なことだ。子を守り、友と語らい、恋人を愛する気持ちは美しい。それを見守るのはいい。胸にじわりと温かなものが広がっていくから。
だが、そういった「好き」をもらうのは、名前のない青年には過ぎたるものであった。
「好き……」
優しく甘い言葉が少女の唇からこぼれる。独り言なのか、青年へ向けてなのか分からない。拾っていいものか迷う。
夜の静寂とともにそれは心地よく体に染みついていく。透明で砂糖菓子のような愛情。
この少女にとって初恋だから青年をひどく特別に思うのだろう。少し冷めた頭で考えてしまう。もしかしたら別の誰かに恋をしたら思うのはその誰かなのだろうと。そんなのことは当たり前だ。時も状況も違えば自分もこうして一人の少女を思おうなどとしなかった。
己の体に寄り添っていた少女の髪を撫でる。特別まっすぐで艶やかでもないが、撫でると目を細めたので続けた。
「いつもありがとう」
小さな子供のように純粋無垢に笑うものだから青年の頬も緩む。少し子供っぽく、けれど時折ひどく大人びている少女が愛おしい。
「何だよ、急に改まって。何かあったのか?」
「言いたくなっただけ」
「ふうん?」
「うん」
もう一度唇をほころばせる。初めて会った不愛想な顔からは想像もできないほどあたたかい微笑み。
こうしているとあの日常の一部にいるように思える。青年が少女と恋をして一緒になって子を成して、慎ましやかにけれど平和に生きていたあの村のような。
青年は少女に軽く口づける。突然のキスに恥ずかしそうに頬を染めたが、すぐに目を細めた。
「好きだぜ」
自分が大事に思うものは遠くでただ幸せであれと願う。けれどこうしてすぐ傍で愛しいものがあるのは時折苦しくなるほど重く、同時に星のように瞬く美しい光が胸に灯る。
胸の内を伝えると、少女の微笑みが闇の中できらきら光った。
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