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僕が先輩に会ったのは1年生のクリスマスの少し前。
人気の少ない廊下から繋がる、小さな庭で雪の中に佇んでいた。

その人は何をしているのかさっぱり分からなかった。
1人でしゃがみこんで、せっせと雪をかいていた。
気になったのだが、そのときは声もかけずに通り過ぎた。

次に見たのは、2,3日後だ。
また同じ場所で、同じ行動をしていた。
こちらにはちっとも気づかない様子で、相変わらず雪をかいていた。
手袋もせずに、素手でかいているのが見えた。
変な人だと、またその場を通りすぎた。

その次は1週間後。
1週間経っても、その人は同じことを繰り返している。
なんなのだろう、いい加減に気になった。

「…レギュラス、聞いているのか?」
「え…あ、すみません」

ふっと視界が開けた。
どうやら考え込んでしまっていたようだ、しかも先輩の前で。
上下関係の厳しいスリザリンではこのようなことは許されない。
…とはいえ、目の前の先輩は特にそれを気にする人ではないので大丈夫だとは思うが。

先輩は不思議そうにこちらを見ていた。
手元の魔法薬学の本にはたくさんの書き込みがなされている。
いつ書いたのか全く分からないから、恐らくは長いことぼんやりしていたのだ。

「どうかしたのか?」
「いえ、大したことではないのですが…気になることがあって」
「気になること?」

僕はここ最近のあの雪かきをする生徒のことを話した。
くだらない話だ、こんな話をしても時間の無駄にしかならないのに。

「すみません、くだらない話を…」
「すまないが、今日はここまでにしよう。その馬鹿が気になる」
「え?」

思った以上に素っ頓狂な声が出てしまった。
まさか、とは思ったが、先輩は本気のようで、勉強道具の片付けに取り掛かっている。
仕方がなく、僕もそれに倣って勉強道具を片付け、先輩の後を追った。

先輩は僕の告げた場所に、迷うことなくたどり着いた。
上級生でもあまり使わないような道だというのに、先輩の足取りは迷いがない。

そして、その小さな庭には、また例の人間がいた。
変わらずしゃがんで雪をかいている。
先輩は庭に降りて、その人に近寄った。

「…セブルス?」
「名無し、お前は、何をやってるんだ」

さくっという足音で、その変人は顔を上げた。
真っ赤な頬に、白い肌の女性だった。
怪訝そうな声で名無しと呼ばれたその人は、少し怯えたような引きつった笑顔を浮かべている。

雪をかいていた手には手袋が嵌められていないため、霜焼けで真っ赤になっている。
その手を痛々しそうに、先輩の手が包み込んだ。

「なんで手袋もしてないんだ…!」
「だって、手袋濡れちゃうし、汚れちゃうし…」
「大体、雪があっても大丈夫だと言っただろう!」
「だって、気になるし…あ、いや…ごめん」

だってだってと言い訳をしていたが、先輩の顔を見て素直に謝った。
ローブの裾を叩いて名無しは立ち上がった。
背は低いものの、すらりとして見えた。

「医務室に言って霜焼けを治してもらえ。あと、もう冬場はこれの面倒を見る必要はない」
「…うん、わかった」

しょんぼりとした様子で名無しは先輩に手を引かれて廊下に戻ってきた。
間近でみると、可愛らしい容姿であることに気づく。
すらりとして見えたのは長い髪のせいだろう、腰まで伸びたストレートの黒髪。
寒さのせいか真っ赤な頬、少し色の薄くなっている唇、全体的に肌は白く、よく髪に映えていた。
柔らかい光を湛えた青い瞳が、ふっとこちらを見た。

こてり、と小首をかしげて名無しは口を開いた。

「後輩?」
「ああ。裏庭に変な奴がいると教えてくれた」
「…そんなに変だった?」

廊下にいる僕に気づいたようだ、きょとんとこちらを見て、すぐに先輩に声をかけた。
先輩は少し脚色の入った表現で名無しに事情を伝えた。
名無しは困ったような恥ずかしいような、よく分からない顔をして微笑んだ。

僕は慌てて弁解をしようとした。

「…いえ、どうしてそんなことをしているのか気になって」
「ああ、えっと…」
「ここには秋に植えた薬草が眠っている。元々冬を越す習性のある植物だから雪には強いと言ったんだがな」
「…それは分かってるけど」

しょんぼりと肩をすくめて、名無しは俯いた。

どうやら雪の下に花壇があり、そこに薬草を植えてあるらしい。
越冬するタイプの薬草なので雪が積もっても問題はないのに、名無しは雪の下のそれが心配で雪をかいていたようだ。
それで毎日、あの花壇のところでしゃがみこんでいたのだ。
馬鹿としかいいようがないが、憎めきれない。

セブルス先輩も怒りきれずに、呆れた様子で先を歩き始めた。
名無しは気にしているのか、俯いたまま先輩についていく。
僕もその後を追った。

「…そう落ち込むな」
「あれ、越冬しないと効果でないんだよね…どうしようできてなかったら…」
「大丈夫だ。一日中雪かきをしてたわけじゃないだろう?」

いつまでも俯いたままの名無しに、先輩が声を掛けた。
泣きそうな声で返答をする彼女に優しく言う。
それでもまだ落ち込んでいるのか、俯いたまま名無しは先輩の後ろを歩いた。

その名無しの手を握って、先輩は早足に屋内に入った。
名無しは終始俯いたままだった。



(気にしすぎな部分があります)
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