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スリザリンには決して敵に回してはいけないといわれる人がいる。
5年生のルシウス・マルフォイである。
マルフォイ家といえば、純血の旧家の中でも1,2を争う大きな家で、権力も財力もある。
楯突こうものなら、それらをたくみに使って、社会的に殺される。

彼とセブルス・スネイプはそれなりの仲だった。
入学したばかりのころになぜか彼に気にいられ、世話をしてもらった。
…しかし、こんな機嫌の悪そうなルシウスの前に呼ばれるほどの仲ではなかったはず…。

冷静に今時分の置かれている状況を省みた。
今日は休日だったので、1人図書室で本を読んでいたに過ぎない。
それ以外のことは食事などの生理的欲求くらいしか行動に移していない。
それでどうして、こんなところに呼ばれたのだろう。

「あの…なんでしょう」

不機嫌そうな先輩の顔も見飽きた。
いい加減にしていただきたいというのが本音である。
普段ならもう寝ている時間だ。

思い切って話を切り出してみた。
すると漸くセブルスがそこにいたのを思い出したように、ああと声を出した。

「お前は、名無し・さんと親しいそうだな」
「え…?ええ、幼馴染ですが…それが?」
「今日、私の身内がその子に助けられた。お礼をしたいとマダムに彼女のことを聞こうとしたら、お前のほうが詳しいからと言われたからな」
「…名無しが、ですか」

珍しいと素直にそう思った。
名無しは元々人嫌いで、そういった目立つようなことはしたがらない。
恐らく咄嗟のことで身体が反射的に動いたのだろう、反射神経だけはあの家で培われたらしい。

1年のときからマダムのところに通い詰めていたため、名無しの病状はマダムもよく知っている。
だからこそ、名無しとルシウスを2人きりにさせるわけにはいかない、とセブルスの名を出したのだろう。

「いつ、行くつもりですか」
「明日にでも、というつもりだったが、なにか問題があるか?」
「…怪我をなさったのはナルシッサ先輩ですよね?彼女も一緒に行ったほうが良いかと。むしろ、彼女の病室に名無しを呼ぶほうがいいと思います」

確かに礼は早いほうがいい…一般的には。
しかし、名無しとしては遅れても女性が一緒のほうがやりやすいだろう。
場所も医務室のほうが行きなれていて安心だ。

ルシウスは不思議そうにその言葉を聞いているようだ。
マダムはルシウスに何も説明していなかったらしい。

「名無しは男性恐怖症で、男性だけの空間には居たがりません。僕は昔からよく一緒に居たので対象外ですが…。女性が居てくれれば名無しも心強いでしょうし、医務室は名無しにとって安心できる場所の1つなので落ち着いていられると思いますから」
「…なるほど。今日も話しだけして逃げるように帰っていったのはそのせいか」

どうやらその事件の聴取に名無しも同席していたらしい。
それにしても一体どんな事件だったのか、セブルスは知らなかった。

「ところで、何があったんですか」
「…ナルシッサが3階の階段から落ちた。その際、3階の踊り場にシリウス・ブラックとジェームズ・ポッターが居たそうだ。ナルシッサが階段から落ちるというのは少々考え辛い。最近、あの2人がスリザリン生に対して悪戯を仕掛けるというのは有名な話だしな」

あの2人ならやりかねないだろう、とセブルスは眉根をしかめた。
もし、下に名無しが居なかったらどうなっていたのか、あいつらは考えていたのだろうか。
いやな気分になりつつも、セブルスは話を続けた。

「そういうことでしたか…、名無しにはマルフォイ先輩が会いたがっていたと伝えておきます。日時はナルシッサ先輩に任せるということで構いませんか?」
「ああ、構わない」

マルフォイ先輩に一礼して、部屋を出た。
明日は名無しと同じ授業があるはずだ、魔法薬学が合同だった。
その際にペアでも組んで話をすればいい。

セブルスは自室に戻り、ベッドにもぐりこんだ。
それにしても、グリフィンドールのあの2人の悪戯は度を越している。
マルフォイ先輩も、ブラック家に忠告をするだろう。
…それがシリウスにとっての打撃になるのかは疑問だが。

兎も角、ブラック、ポッター、マルフォイの3人に囲まれた名無しに同情しつつ、眠りに着いた。


「名無し、一緒に組んでもいいか?」
「あ…うん、お願い」

次の日の魔法薬学のクラスで、ペアを組めずにおろおろしている名無しを捕まえた。
名無しは魔法薬学の成績も良いので、一緒にやると楽でいい。

名無しが鍋に火を入れたのを見て、セブルスは材料を切り始めた。

「昨日は災難だったな」
「…見てたの?」
「いいや、マルフォイ先輩から聞いた。ぜひお礼をと言ってたぞ」

名無しは昨日の事件に関して、あまり良い印象を抱いていないのか眉根をしかめた。
目立つのが嫌い、人付き合いが苦手な名無しにとっては大変なことだったのだろう。

お礼といってもまだ嫌そうな顔をしていた。

「僕も同席する。ナルシッサ先輩もだ。ナルシッサ先輩が目覚め次第、日程を決めると」
「…うん。まあ、分かった」
「安心しろ、ブラックやポッターと違ってマルフォイ先輩は礼儀正しい人だ」
「それはなんとなく分かってる…私のほうが失礼しないか怖いくらい」

名無しはマルフォイ先輩に失礼をしないか不安らしい。
はぁ、と1つため息をついて鍋に材料を入れた。
そして、ぐるぐると2回左に混ぜる。

そのタイミングでもう1つの材料を名無しに手渡した。

「はぁ、ついてないな…」
「普通、そうは思わないだろうがな」
「そう?だって私マグル生まれだよ…?混血ですらないのに、純血主義の人に会うなんて」
「卑下しすぎだ。あの人は純血主義だが、礼儀は弁えてる。マグル生まれでも、あまり差別する人じゃないしな」

マルフォイは何を考えているのか分からない人だ。
純血の旧家の家の時期当主にもかかわらず、混血やマグル生まれの差別をあまりしない。
表立ってマグル生まれを非難することなく、ただ純血の頂点近くに佇んでいる。
むしろそちらのほうが怖いくらいだ。

「多分、今日中には目が覚めるだろうから、早くて今日の夕方、恐らくは明日だな。場所は医務室のほうがいいと言っておいた」
「ありがと。心の準備しておく」

神妙な面持ちで、名無しはセブルスを見た。
…そこまで肩の力を入れなくてもいいといいたいところだが、逆効果になりそうなのでやめた。


結局、ナルシッサは昼前に目が覚め、ぜひ名無しに会いたいと言ったそうだ。
おかげさまで名無しの心の準備は数時間のみになった。
夕食前に医務室に集まることになり、セブルスが名無しを呼びに言った。

レイブンクローに向かう最中に名無しを見つけ、事情を話して連れて行く。
名無しはとびきり嫌そうな顔でそれに応じた。

「あなたが助けてくれたのですか?ありがとうございました」
「いえ、偶然なので…ご無事なようでなによりです…」

医務室のカーテンの引かれた個室で、名無しは女子生徒と話していた。
その女子生徒は紛れもなく、昨日落ちてきた彼女だ。
美しい金髪に、青い瞳、まるでお人形みたいというのは彼女のためにあるように思えるほどの美貌。
おっとりとした口調に、名無しは戸惑いつつも答えた。

その後ろではセブルスとルシウスがその様子を見守っている。

「まだ2年生であれだけの魔法がとっさに使えるだなんて才能があるのね」
「ありがとうございます…」
「…私からも礼を言わせて貰おう」
「本当に、偶然なので気にしないでください…」

にこやかに言うナルシッサに名無しはたじたじである。
既にパニックになり始めているのをセブルスは感じ取っていた。
なんていって言いのか分からずにいる感じだ。
2人の会話にルシウスも加わるが、名無しのパニックを増幅させるだけだった。

早く帰りたいという思いからか、話を切り上げる方向に返事をしている。
そのせいで、話が続かず余計にやりづらい雰囲気だ。

「…名無し、とりあえず落ち着け」
「いや、あの、本当にお礼とか大丈夫です。偶然ですし…その」
「名無し…」

見かねてセブルスが声をかけるが、ずりずりと名無しは後ずさりをして逃げる態勢に入っている。
セブルスが名無しのローブを掴んでいなければ、今にだって名無しはこの病室を飛び出しているだろう。
名無し自身もわけが分からなくなってきたのか、俯いて黙り込んでしまった。

その様子を見ていたルシウスとナルシッサが困ったように顔を見合わせた。

「名無し、マダムの事務所で紅茶を淹れてきてくれるか?」
「あ…うん」

セブルスの要求は突然のものだったが、名無しははっと顔を上げてすぐに病室を出て行った。
マダムと仲のよい名無しは事務所のものがどこにあるのか大体知っている。
なので勝手に紅茶を淹れることも可能だ。
名無しが病室を出て行ったのを見届けて、セブルスは口を開いた。

「すみません。話はちょっと辛いみたいです」
「みたいね…でも、こちらの気持ちは伝わってるかしら?」
「伝わっているから、ああなんです。名無しは自分を卑下していますから、先輩たちにお礼なんて言われる必要はないと考えているんですよ」
「それはまた…ものすごい考えだな」

名無しは癖で、自虐と卑下を常日頃から無意識のうちにしてしまっている。
まるで僕妖精のごとき精神論である。

マグル生まれの自分が高貴な血の流れた人たちにお礼など、と考えているに違いなかった。
だから名無しはお礼を言われればパニックになるし、その人たちの目も見ることができない。
それが2人を不快な気持ちにしているのでは?と強迫観念に襲われて、さらに不安定になる。
なんというか、とんでもない被害妄想なのだが、当人は本気である。

「もし、名無しと落ち着いて話がしたいのであれば、手紙をお奨めします。対面していなければ、きちんとした話ができると思いますよ」
「なるほど…そうね、文通でもして見ましょうか」
「手紙であれば男女問わず受け入れてくれますから」

どうやら話は手紙で、という方向で決まりのようだ。
その対応にセブルスはほっとした。
毎回こんな場に呼ばれてはたまったものではない。

「あの、ごめんさない…私どうしても、こういうのは慣れないんです…」
「ええ、今しがたセブルスに聞いたわ。ごめんなさいね…、よければ今度お手紙を書くから、それでお話しましょう?それでどうかしら?」
「はい。それなら大丈夫だと思います」

名無しは紅茶を各々に渡した、わざわざ自分の分は淹れなかったらしい。
本当に落ち込んでしまっているようなので、ナルシッサ先輩も深くは追求せず、今日は返してあげるつもりのようだ。
名無しはそれだけ話して、席を立った。

「セブルス、送ってやってくれ」
「はい」

セブルスだけここに残っても仕方がないので、名無しと一緒に病室を出た。
そのまま無言で医務室を出て、そこで廊下の端にずるずると座り込んでしまった。

「…怒ってた?私のこと、怒ってた?」
「怒ってない。むしろ申し訳なく思ってたようだが?」
「不快な気分にさせた…絶対そう…」
「お前はもう少し自分に自身を持て。そちらのほうが気になるし、気分が悪い」

涙で目を潤ませた名無しをセブルスは見つめた。
青い瞳はゆらゆら揺れて、まるで海のようだった。

震える声で、セブルスに問いかけるのは、先ほどのこと。
名無しの中ではぐるぐると先ほどの会話がリピートされているのだろう。
自分の言った言葉の1つ1つの悪いところを、すべて洗いざらい思い出す。
そして、どんどん自己嫌悪の渦に巻き込まれていく。
辛いならば考えなければいいものを、名無しは不器用でそれすらできない。

さらに、その場にいたセブルスに気分が悪いといわれて、落ち込んだらしい。
潤んだ瞳からはぽろりと1つ涙が零れた。

「よく考えろ。お前はナルシッサ先輩を助けたのが大したことではないから、礼はいらないとそう言った。それはナルシッサ先輩の命を軽く見ているといっているも同然だ。お前にとってはナルシッサ先輩が生きていようといまいと、大したことではないと言っているんだからな」
「そ、そうじゃなくて」
「でもそう言うことだろう?屁理屈ではあるが」
「…うん」

セブルスの言っていることに名無しは納得したらしい。
理屈攻めだったが、ランには効果があった。
名無しは立ち上がって、すたすたと歩き出した。
セブルスはその後を追う。

「早く寮に帰って、先輩に手紙書く」
「そうするといい」

先ほどまで揺れていた瞳はもうしっかりと前を見ている。
立ち直りが早くなったのを嬉しく思いつつ、名無しをレイブンクローの寮の前まで送って寮に戻った。

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