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2年が始まって数ヶ月、外は雪で真っ白だった。
リリーとセブルスの手助けもあり、なんとか名無しは静かに生活している。
クリスマス休暇近くで、生徒たちは沸き立っていた。
名無しはクリスマスを学校で過ごすと決めているため、特に浮かれたりはしないが、このふわふわした雰囲気は好きだった。

外では生徒たちが雪合戦をしている。
この寒いのに元気なことだと名無しはぼんやりその様子を眺めていた。

寒さに弱い名無しは大判のマフラーを首元にぐるぐる巻いて、それに鼻まで埋まっている。
手には手袋、足元もタイツと靴下の両方を履くほどの寒がり。
冷たい風が廊下に吹いたので、名無しはぶるりと身震いした。
そろそろ寮に戻ろう、そう思い、校内に戻った。

動く階段が、がこんがこんと音を立てて動いていた。
入学して数ヶ月で見慣れたが、よくよく考えれば凄いものである。
階段が自らの意思で動くとは…魔法というものは奥深い。

ホグワーツの本塔は4階建てで、エントランスは吹き抜けになっている。
階段が3階と4階を橋渡ししていた。
4階にいた女子生徒が、その階段に乗ると、階段は3階の踊り場に彼女を届ける。
3階の踊り場には何名か生徒が居るらしく、ちらちらとローブの端か見えた。
そこで彼女はまた階段を待っていた。

エントランス付近にいるせいか、隙間風が入ってきて寒い。
ここで階段を見ていても仕方がない。
じきに外で遊んでいた生徒が雪を落とさずに入ってくるかもしれない。
その被害を受けるのはごめんだ。

階段のほうに向かうと、階段は上の階へ移動してしまっていた。
何と言うか、運がない。
仕方がなく、そこに立って階段が戻ってくるのを待つことにした。

そのときだった。

「っきゃぁあああ!!」
「…!?」

突然の叫び声に名無しは吃驚して上を見上げて、さらに吃驚した。

女子生徒が落ちてきている。
吃驚して動かなくなっていた身体だったが、それを見た瞬間、動き出す。
持っていた大判のマフラーとローブを辺りに放り投げ、それに膨張魔法をかける。
どこに落ちてくるのかピンポイントでは分からないので、広範囲にそれを敷き、魔法をかける。
所詮は2年生の膨張魔法だ、どこまで保護してくれるのか分からない。

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」

当たるかは分からないが、何度か浮遊呪文を生徒に向けて打ってみた。
当たれば御の字だ、当たらなければ下の膨張させたローブとマフラーの下に落ちるだけ。

2年生の呪文など、落下している生徒に当たるわけもなく、ローブとマフラーの敷かれたエントランスへと落ちた。
慌てて駆け寄り、安否を確認する。
気を失っているようだが、どこかを強く打ったような様子はない。

「誰か!先生を呼んでください!誰でも良いですから!お願いします!」

騒ぎを聞きつけた野次馬が廊下から顔を覗かせていたが、手伝ってくれる様子はない。
とりあえず、教員を呼ぶべきだと声を張り上げた。

名無しはローブとマフラーで女性をくるみ、浮遊魔法をかけて隅に運ぼうとしたが、思いとどまった。
できる限り動かさないほうが良いことは名無しにも分かっていた。
首やその辺りにある神経が傷ついていたとしたら大変だ。

しかし、緊急性のある怪我だったら、一刻を争うかもしれない。

「これはどういうことです!?」
「上から転落したみたいなんです…!私、下に居て、それで」
「わかりました」

運よく近くに先生が居たのか、すぐ駆けつけてくれた。
確か変身学のマグコナガル先生だ、グリフィンドールの寮監でもある。

先生がその女子生徒を丁寧に浮遊呪文で運ぶのを尻目に、名無しが呆然とその場に立ち尽くした。
ふと上を見る、廊下は先ほどと同じように動いている。
あの生徒は見た感じで自分よりも3つか4つくらい上に見えた。
そのくらいになれば、階段から振り落とされるなんてことないんじゃないのだろうか。
動くとはいえ、そうスピードがあるわけではないし、1年生でも階段から落ちたという話は聞かない。

どういうことだったのだろう、と疑問に思ったが、エントランスに吹く隙間風にはっと現実に引き戻された。
マフラーもローブも持っていかれて、名無しはセーター一枚だ。
寒い、とはいえ寮に戻ってもローブもマフラーもあの1枚だけだ。
これ以上このことに関して巻き込まれるのはごめんだが、返してもらわなければ冬を越せない。

医務室にいけばきっとマグコナガル先生がまだいるだろう。
そう考え、医務室に向かった。

医務室は普段ではありえないほどの騒々しさだった。
怒ったような男の声、騒ぐ男の声。
男ばかりのようだ、入るのにためらいがある。

しかし、廊下にいるのも辛い寒さだ、とりあえずできる限り静かに医務室の戸をあけた。
奥のほうで、プラチナブロンドの背の高い人と黒髪の人が言い争っているようだ。
黒髪の子の近くにはもう1人、くしゃくしゃの髪の子が立っていた。
…なにやら揉めているようだ、できる限り関わりたくない。

「あら、さん。どうしたの、そんな格好で!風邪を引きますよ!」

彼らの目に触れないように、そっと医務室の端をこそこそと移動していると、奥から来たマダムと鉢合わせた。
マダムはいつもよりも少々大きな声で話していた。
医務室の奥にいる彼らの声が大きいから、それに合わせたようだった。

「あの、今運び込まれた金髪の女の人をくるんでたローブ、私のなんです…マフラーも。あの、返してもらいたくて…」
「もしかして、さんがあの子を助けたの?」
「いや…あの、偶然そこに居ただけで…」

名無しは歯切れの悪い言い方をした。
先ほど揉めていたのを見て、分かった。
やはりあれは事故なんかじゃなかったようだ。
できる限り彼らと関わりたくないので、さっさとローブとマフラーを返してもらって寮に戻りたかった。

しかし、それが許されるわけもない。

「さん、申し訳ないんだけど、少し話を聞かせてもらえるかしら?さっきマグコナガル先生が貴方を探しに行ったのよ」
「…あの人たちと話すんですか?」
「ええ…大丈夫、私も傍にいるから。マグコナガル先生がいらっしゃるまでは、私の事務室にいなさい」

名無しの男性恐怖症を知るマダムは気を利かせて、事務室に入れてくれた。
事務室は暖房がよく聞いていて温かい。
名無しを落ち着かせるためか、紅茶も用意してくれた。

マダムはマグコナガル先生に当てて手紙を書いたらしい。
羊皮紙が鳥の形に折れ、扉の隙間から飛んで言った。
それを見ながら、面倒なことに巻き込まれてしまったと眉根をしかめた。


それから数分後、マグコナガル先生が医務室に到着した。
名無しはマダムに連れられて、事務室を出る。

「ああ、あれは貴方のローブとマフラーだったのですね。私も焦っていて…」
「…いえ、」
「もういい加減にしなさい、貴方たち!ここは医務室ですよ!」

一足先に医務室の奥に行ったマダムの怒声が名無しの言葉を終わらせた。
名無しが医務室に来たときに揉めていた3人がまだ揉めていたらしい。

名無しは怯えたようにその様子をマグコナガルの後ろで見ていた。

「彼女が、ナルシッサを助けてくれた子ですか」
「ええ、そうですよ、マルフォイ。…いいですか、もうここで怒鳴ったりするんじゃあありません。話し合いをするということで集まったのでしょう」

プラチナブロンドの背の高い人、マルフォイがマグコナガルの背に隠れた名無しを目ざとく見つけた。
どうも名無しも交えて話し合いをすることは決定事項だったらしい。
名無しはさらにマグコナガルの背の後ろ、3人から見えない位置に移動してしまった。

「…先に言っておきますが、決して声を荒げるようなことがないようにしてくださいね。彼女はとても繊細な子なんです」
「ふぅん、そうかよ。そんなことよりさっさと話を進めようぜ。こいつとじゃ、埒が明かない」
「ブラック、いい加減にしなさい。どうして貴方がここに呼ばれたのか分かっているのですか…!」
「マグコナガル先生まで僕らを疑うんですか?酷いなぁ…」

マダムが注意を促したが、マルフォイの隣に座る黒髪の少年がつまらなそうにそういった。
その様子を咎めるようにマグコナガルが言うが、それをくしゃくしゃの髪の少年が茶化す。
もうこの時点で名無しは帰りたくて仕方がなかったが、マルフォイの視線を感じて俯くに留まった。
居心地は最悪だ、気分も悪い。
俯いてスカートを握り締めている名無しに気づいたマダムが口を開く。

「…それで、彼女に聞きたいことはなんなのですか」
「ああ…3階の踊り場に、誰か居なかったかということを聞きたいのです。彼女が落ちてきたときのこと、その前後の事をできれば詳しく」
「はい…。彼女が4階の踊り場から、3階の踊り場に移動したところを見ていました。3階の踊り場には確かに誰かいたと思います、ローブの端がちらちらと見えていたので…私はそれしか見ていなくて、後は気づいたら彼女が落ちてきて…彼女、大丈夫だったんですか?」
「あなたの咄嗟の判断のお陰で、彼女は何の損傷もありませんよ。よくできた膨張呪文でした。落下の際に気を失って、まだ目が覚めていないだけです。明日には目覚めるでしょう」

とりあえず一気に喋って、気になっていた安否を聞いた。
どうやら呪文に問題はなかったようで、彼女には傷ひとつないらしい。
ついでに適当に放った浮遊呪文が掠り、若干落下速度が遅くなったのも幸いしたらしい。
それを聞いてほっとした、もし何か後遺症でもあったらと恐ろしかったのだが、そんなことはなかった。

名無しの証言はそれだけなので、さっさとお暇したい。

「あの、もういいでしょうか…」
「…本当ならばもう少し話を聞きたいところですが…見たのはそれだけなんですね?」
「はい」
「分かりました…いいでしょう、ありがとう」

マグコナガルは若干名無しを引きとめようとしたが、マダムの視線を感じたのか、解放してくれた。
どうやらマダムはマグコナガルに名無しのことを話してくれていたらしい。

マダムに付き添われ、医務室のドアまで向かった。
綺麗に畳まれたローブとマフラーを手渡され、それを名無しは着込んだ。

「ありがとうございました、マダム。助かりました」
「いいえ。早めに切り上げられてよかったわね。…もしかしたら、貴方のところに彼女とマルフォイくんが来るかもしれないんだけど…もしそちらに行きそうなら、一応私のほうからあなたのこと話してもいいかしら?」
「ええ…構いません」

そういえば、あの3人がどういう経緯であの場にいたのか何も聞いていなかった。
というより、どういった事件だったかも聞いていない。
しかし、関わりたくないのだし、余計に首を突っ込むこともないだろう。
疑問に残ることが多いが、何も考えたくはなかった。

せっかくの休日だというのに疲れ果てていた。
食事などどうでもよくなって、大広間には行かずそのまま寮の自室に戻り、布団に飛び込む。
なんだか色々ありすぎて、身体も頭も付いていけない。
名無しはそのままうつらうつらしているうちに、眠ってしまった。

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