絡めた君と僕の手
名無しさんはちょっと変わった女の子だった。

歳は僕より2つ年下で、身長は僕の胸の下辺りまでしかない。
人が苦手みたいで、いつも1人でいた。

彼女の故郷は、戦争の真っ只中で、外国の兵隊がたくさんいたという。
その人たちに昔、酷いことをされて、それ以来彼女は男がダメだった。

「…リドル先輩は、細身なので、まだいいんです…。フレッチリー先輩とか、レッグくんみたいな体躯の人がダメなんです。怖くて、近寄れません」
「あー、なるほどね」

僕は身長のわりに細身で、男としては華奢なほうだ。
力がないわけではないが、見た目の問題だろう。

話しに出てきたフレッチリーやレッグはアメフト(例えがマグルのスポーツしかできなくて嫌悪感を抱いた)の選手みたいな体つきをしている。
名無しさんでなくたって、普通の女の子が街中で彼らに声を掛けられたら怯えるだろう。

名無しさんは読んでいた本から目を離して、外を見た。
彼女は勉強しているとき、ときどきそうする。
何を見ているのかは分からないが、ただぼんやりと外を見る。

その横顔が、僕は嫌いじゃない。

「…名無しさん、何見てるの?」

今日は思い切って聞いてみた。
名無しさんは干渉されるのもあまり好きではないから、普段は決して聞かないのだけれど。
今日はなんとなく、その名無しさんの行動が気になって仕方がなかった。

外には森が広がっていて、その先には湖が見える。
新緑の綺麗な季節だ、深緑に縁取られた湖がぽつんと浮き出るように佇んでいた。

「木です。…緑は、目にいいんですよ」
「ああ…そういうこと」

名無しさんの答えは端的だった。
よく分からなくて、言葉を待っていると、名無しさんは軽く付け足してくれた。

確かに本ばかり見ていると、目が疲れてしまう。
本当に緑が目にいいのかはさておいても、目を休ませるという意味ではいいのかもしれない。

「夏、ですね」
「そうだね、大分暑くなった」

無言で外を見ていた名無しさんが、口を開いた。
名無しさんから話を始めてくれるのも珍しい、本当にちょっとした独り言のようなものだったが。
それでも、僕にはその言葉が話の断片に聞こえた。

僕は話がうまいと自負している、驕りではないが、恐らくは人並み以上にできる。
だから、名無しさんの独り言だって、僕は会話にしてしまえる。

「そういえばさ、名無しさんって夏場でも指先冷たいよね」
「え…ああ、冷え性ですから」

名無しさんは自分の手の指に触れていた。
細い名無しさんの手の指は、先に行くに連れて白さを増す。

その手を包み込むように、手を重ねる。
名無しさんは一瞬怯えたように手を震わせたが、それもすぐになくなった。
ここ1,2年で大分信頼を得ることができたらしい。

名無しさんの指先は夏場だというのに、冷え切っていた。
指先を両の手で優しく挟み温めると、名無しさんは少しほっとしたような顔をした。


「相変わらず、冷たいね」

名無しさんが眠りについてから、もう半年が経とうとしていた。
季節はあの時と同じような新緑の眩しい時期。
医務室の窓からは湖は見えないけれど、木々の緑だけは一層濃く見えた。

去年の夏と変わらない、その白い指に自分の指を絡めた。
冷たい感触が、指の間に纏わりつく。



(でも、もう、ほっとした顔は見られなくて)
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